オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ!

鳩子

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105.わたくし、完全に、侮っていましたわ

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 香散見かざみさんは……、わたくしのつまとなる人は……、そして、東宮殿下は……。

「似合う?」

 と自慢げに、わたくしに、ご自身のお姿を見せつけた。

 つまり……、八枚はちまいかさね五衣いつつぎぬなんかをお召しになったお姿で。

「アタシもアンタもよく似合うわよ。こうしてると、姉妹みたいじゃない?」

 うふふ、と笑っておいでで、わたくし、頭が痛くなって、眩暈が致しました。

 本当に、この方は、どうしようもない。

 たしかに、以前に仰せになっておりました。


『アタシも女装束を着て、結婚するのっ! 一回で良いからやってみたかったのよ!』


 ええ、目をきらきらとさせて……、そんなことを仰せになったのが、はるか昔のことのように、頭が、くらくらと揺れております。

「……なによ、文句ある?」

 香散見さんが、睨み付けてくるので、わたくしは、溜息を隠して、

「いいえ、何もありませんわ」と誤魔化した。

 この世の中に、幾ら奇異なことが多かろうとも、夫となる人が、女装束で現るなんて……わたくしくらいじゃないかしら。わたくし、きっと、一生、この方に翻弄されるのだわ……と、それだけは、今、この場所で、覚悟しなければならないことだと悟りました。

高紀子たかきこ

「はい?」

「……逃げないでね。ちゃんと、アタシの所まで、通ってくるのよ?」

 女装束の香散見さんに言われると、なんだか、変な感じがする。

 普通ならば、公達きんだちが、女の所を通うのが、現代の常識だけれど、常識なんてモノが通用しないのが、宮中という場所。宮中では、お召しがあった時に、御前に出て、お仕えしなければならない。

 勿論、女が部屋を賜った場合なんかは、東宮殿下なり主上おかみなりが、お通い遊ばされることもあるのだけれど、それはそれ。

 少なくとも、婚礼初夜の今夜は、わたくしが、通わなければならない。

 まぁ、香散見さんとは、いろいろ……済ませているから、そっち方向での心配はないけれど。

 それにしても、香散見さんも、妙な仰有りよう。

 だって、今更、わたくしが、逃げるはずもないのに。どうして、こんなことを仰せになるのか、よく解らない。

「どうして、香散見さんは、わたくしが逃げると、思し召しまして?」

「だって」

 と、香散見さんは、頬を膨らませた。うんと年嵩のはずなのに、童が拗ねたみたいで、ちょっと可愛らしい。そのまま、わたくしの機嫌を窺うように、チラチラと見遣りながら、

「……まだ、アイツに未練があるとは思ってないけど……、土壇場で、アタシより、あっちが良い……とか言ったらどうしようか……とか、思うのよ! アタシの、男心なんて、アンタには解らないわよーっ!」

「男心……」

 この方に、これほど似合わない言葉はないと思います。

「そうよっ! こう見えても、アタシ、結構純情なのよっ?」

 とりあえず、わたくしは、何も言わずに、ギャーギャーとひとりで大騒ぎをしている香散見さんを無視して、仕度に向かいました。

 だって、一生に一度の婚礼初夜は、今夜なのですもの。

 それは、ちゃんと、万事、ぬかりなく、進めなければ!



 ―――けれど、わたくしは、不吉な予感が胸に広がるばかりで、とても、不安でたまらなかった。

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