オネェな東宮に襲われるなんて聞いてないっ!

鳩子

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85.わたくし、危機的状況・・かしら

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 わたくしは……茫然と、なった。


『東宮に、速やかな死を』


 わたくしは、手の中にあるおぞましい文言を記した紙を、思わず握りつぶす。

 甘ったるい香のかおりが、あたりに広がった。

高陽かや? どうしたの。それを貸しなさい」

 主上が仰せになるけれど、こういう穢れたものを渡して良いものかと、悩む。悩んでいる内に、主上が身を屈めてわたくしの方に近づくと、すっと、紙を抜き取ってしまった。

「主上っ!」

「……ふむ。東宮には、死か……」

 別段驚いたご様子でもないので、わたくしはかえって驚いてしまうけれど。それでも、高貴な方が持って良いようなものではないわ。

「主上……その紙をお返し下さいませ」

「いや、これは大切な証拠だ……あなたが持っているのも、不安だろう。私が持っているよ」

 口調はお優しいのに、どこかひんやりとした印象を受ける。それを、わたくしは不思議に思いつつ、「けれど……」と口ごもる。

「けれど?」

「もし、主上の御身になにかありましたら……」

 呪いが降りかかるようなことがあっては困る。わたくしは、主上の手から(ご無礼を承知で)紙を取ろうとする。すると、身体が平衡を失って、大きく傾ぐ。

「きゃっ……っ!」

 小さなわたくしの悲鳴。そして、わたくしは、てっきり床にしたたかに打ち付けられるとばかり思って居たのに、主上に抱き留められてしまった。

「ご、ご無礼を……」

 あわてて、身を引こうとするわたくしの耳許に、主上が問い掛ける。

「……東宮は、一体なにをどこまで調べているのだい? そして、どうして、こんな呪いを受ける? ……あなたは、なにか知って居るね?」

 身を引こうとしたのに、主上に、強く腕を掴まれていた。

 わたくし……ちょっと、危機的状況のような気がしてきた。

「東宮殿下は……、命を狙われていると……」

 これくらいなら、言っても良いだろう。あとで怒られるかも知れないけれど。とりあえず、この辺は、口止めはされていなかったと思う。

「命を? それは、穏やかではないね」

 主上のお声は冷ややかで、わたくしを抱き寄せる腕は、酷く温かいのに、裏腹にこえは氷のようだった。



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