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ポジションチェンジ
しおりを挟むベリトは気絶し地に伏している るしを抱き抱える。首にしっかりと刻み込まれた痛々しい指の跡は、変色し、青くなっている。
それを見たベリトは舌打ちをし、その原因を作った「デュラハン」を睨んだ。
ベリトは、本来ならばユニオンハウスにて待機している筈だった。
全く、と悪態をつき、ほんの数分前を思い出す。
金の林檎から抽出したオリジナルブレンドのオリジナルティーを飲んでいたベリトは、自室の部屋で寛いでいた。
自室というのも、この部屋は彼の部屋ではない。
元の部屋主は、るしである。
るしは、観葉植物などを置いて、緑を楽しんでいたのだが、今やこの部屋に緑はない。
床には深紅のカーペットが敷かれ、観葉植物は宝石の実をつける何かへと等価交換され、元の部屋の面影は全くと言っても過言ではない程、無くなっていた。
ゆったりと豪奢な椅子に腰掛け、錬金にて作った、金で装飾された深紅のカップにオリジナルティーをよそい、ほんのりと香る林檎の匂いを堪能しながら、普段は浮かべることは無い優しい笑みで、カップの中で波紋を広げるセピア色のオリジナルティーを見つめた。
だが、次の瞬間には眉間に皺がよっていた。
ー視えたからである。
ベリトは深い深い溜息をつく。
折角の安らぎの時間が奪い取られることに、不快感が募った。
数秒後に開けられる扉からは、45柱であるヴィネが、慌ただしく入ってきていた。
これ以上視続けるのも面白くない為、【千里眼】を止める。
バンッ
勢いよく開いた扉から、ヴィネが入ってきた。かなりの焦りよう。これは、面白そうだ。不快感は薄れ、好奇心が頭を擡げる。
ベリトは基本的に、人が困るような話は大好きなだ。よって、ヴィネの動向を逃さないよう深紅の目をキラリと輝かせた。
「28柱。るしの未来を覗け。話はそこからだ」
「はんっ!!何かと思えば、そんなもの、見なくてもわかるわっ!!その貴様の死んだような顔を見ればな。多方、あの家畜がヘマをやらかすのだろう?」
「そうだ。だから、汝に向かってほしい」
ヴィネの言葉にベリトは違和感を感じた。
向かうな、と散々口を酸っぱくしているあのヴィネが、向かって欲しいだと?
オリジナルティーを一口含み、るしの未来を視る。
視界が暗転し、次に見えたのは、るしの首が飛ぶ瞬間だった。
やはり、首を切るにはギロチンが一番だな。あの粗末な剣では綺麗に首を狩れまい。
「ふむ、28柱よ。今しがた、未来を視た。彼奴が死ぬというのは分かったが、何故、我が行かなければならないのだ?貴様が行けばいいであろうに」
訝しげにヴィネを見やる。表情は変わらなくとも、纏う空気が変化した。
ヴィネは、頬をかきながらバツが悪そうに笑った。
「実は、前にモノを建てるために、世界樹から溢れる魔力を使いすぎてギムレットに怒らてな、ここ1週間は無闇に魔力を使えぬ誓約を立てさせられたのだ。世界樹の魔力は無限だと言うのにな。全く、ケチな精霊だよ。流石はBBa…」
もし、残り魔力が0になった場合、ヴィネは強制的に魔術書に収納される。
それは別にいいのだが、そこから出てくるには決して少なくはない魔力をるしから奪う事になる。
大事な場面で魔力をごっそり奪ってしまうと申し訳ない、とヴィネは呟いた。
嘘。
見え透いた嘘にベリトはわざとらしく天を仰いだ。
「…はぁ。では、28柱、等価交換だ。我に貴様は何を差し出す?まさか我が無償で助けに行くとは思ってはおるまい?」
嘘を言っているのだ、それを踏まえて何かあるだろ?と、ベリトは目でヴィネに問いかける。
ヴィネはベリトの反応を予期していたのか、アイテムボックスからルビーが埋まった金色の指輪を取り出した。
「これはっ…貴様、まさか!!」
「あぁ。ソロモンの指輪シリーズNo.2憤怒だ」
「何故貴様がこれを持っている!?」
ソロモンの指輪は、本来は一つだけだ。真珠と鉄で作られており、表面は黄金で覆われている。平らに形成された部分には八芒星と、神にしか読めない文字が入っている。
ソロモンは強大な力を秘めるその指輪を、七つに分解した。
そのうちの一つが、今ヴィネの手の中にある「憤怒」だ。
「るしと一緒にソロモンの所を訪れただろ?あの時に、ちょちょっと、な?二つ程盗ま…借りたのだ。なに、奴のことだ。許してくれるだろうさ。それでだ、28柱。改めて、行ってくれるか?」
随分と45柱は丸くなったものだ、とベリトは思う。
ソロモンに仕えていたあの時代、奴はかつて「不動」と言われていた。決して動かない心は、その二つ名と合致していた。
それがどうして、と緩む口を抑えるベリト。
今の45柱からは行動の一つ一つに人間らしさが溢れ出ている。
小刻みに揺れる肩を見て、ヴィネは苦々しい表情を浮かべた。目を凝らせば青筋が立っている。
「28柱、答えよ。時間が惜しい」
ベリトはさらに目を細めた。これを口実にさらに面白いことか出来るだろう。
「分かった。貴様に指図されるのは好かぬが、報酬がそれだ。やらぬ訳がなかろう?」
長い足を組み直し、再びオリジナルティーを口に運ぶ。
ヴィネは急かすように指で「憤怒」を弾き、ベリトに飛ばす。ーー部屋の明かりに反射して、ルビーが煌めく。それをキャッチしたベリトは、直ぐにアイテムボックスに放り込んだ。
「早く行け。るしが危ない」
「分かっておるわ!!貴様はそう急かすでない!!家畜如きが我に苦労を掛けおって…。後で存分に働いてもらうとしよう。して、45柱。今回だけだ。…嘘に乗せられるのは少々、いや、かなり不敬だ。だが、今回ばかりは乗せられてやろう。有難く思えよ?」
ベリトは豪奢な椅子から立ち上がり、【テレポート】を使った。
姿が消える瞬間、
「次はない」
地も凍る様な低い声で、その場を震わせた。
それを軽く受け流し、ヴィネはベリトが消えた場所を見ながらくつくつと笑う。
「汝も随分と人間らしくなったものだ」
ヴィネは、先程ベリトが座っていた椅子に、腰を下ろす。
28柱が愛用しているのだから、座り心地はどのようなのかと好奇心がが湧き、座ったのである。
直後、椅子の脚と手を置く場所からロープが伸び、グルグルとヴィネの手足を拘束する。
カチッとスイッチを押す音がし、ヴィネの身体に電流が走った。
「うぐぁ!!がぁぁ!!」
数秒後、再びカチッと音が鳴り、ヴィネは椅子から解放された。
転げ落ちるように椅子から離れ、床に突っ伏す。
焼け焦げになった服が、ボロボロと崩れていく。
「うぐっ…クソッ!!28柱!!我がこの椅子に座ることを視ていたなぁ!!アイタタタッ」
大悪魔の電気椅子は、超高圧電流によって、一瞬で人を灰に変える。
それを昔自慢げに話していたベリトを思い出し、ヴィネは失神した。
ヴィネが気絶したのを視たベリトは、先程まで不機嫌だった顔をほんの少し和らげた。
我の椅子に座るからそうなるのだ、と不敵に笑う。
ペーターはそんな男から目を外し、抱き抱えられている好敵手を見た。
「私は再度問う。君は誰だ?」
「貴様、不敬であろう?我に対しての口の利き方がなっておらぬ。が、我が家畜をここまで追いやったことは素直に賞賛を送ろう。よって、貴様に我が名を知る権利を与える。よく聞け。そしてその目を大きく見開いて我を見よ!!我はソロモン72柱が1柱、序列第28位、ベリト!!貴様に死を届ける者だ」
「そうか。では、好敵手を私に渡してくれないか?私はその首が欲しいんだ。私は、その首だけが欲しい。身体は引き取ってもらってもいい。だから、首をくれ」
ペーターは、ベリトに圧倒されることなく、淡々と用件を言った。ベリトのことを一切気に留めることなく、ただただ好敵手たる者の首だけを見つめる。
ベリトは自分が蔑ろにされている事に、純粋に怒りと驚きを感じた。だが、プライドの高いベリトは、驚きを怒りで塗り潰した。
「そこの屍。我を侮辱するとはどういう了見だ?ん?返答次第では、消滅を免れぬぞ?いや、貴様は既に我のものに手を出したゆえに、消滅は決まったも同然だ。慈悲はない」
深紅の瞳には絶対零度の光が宿り、肉体を失ったペーターに悪寒を走らせた。震えるはずの無い鎧はカタカタと揺れ、微々たる不協和音を漏らし、翡翠色の炎は小さく萎んた。
暖かさを感じ、ゆるゆると目を開けると、ベリトがいた。冷たい目をしているところを見ると、関わらない方がいいだろう。
「夢か。怖いわ」
と呟くと、深紅の瞳が私を見た。
「夢だと?ふっ、貴様の頭には花でも詰まっておるのではないか?」
そう言いながら、ベリトは私を地面に立たせた。
夢じゃないなら、何故ここにベリトが?
「やっぱり夢」
「夢ではないと言うておるだろうが」
大きいベリトの手に頬を強く引っ張られ、痛みが走る。
痛みがあるということは、夢ではないということだ。ということは、ペーターはどうなったのだろう。
物思いにふける前にグイグイと頬を引っ張るベリトをどうにかしなければ
「いひゃい、いひゃい」
ニヤニヤと笑うベリトの頬に手を伸ばし、お返しだと言わんばかりに強く引っ張る。
あ、プニプニしてる。
「何をふる!!家畜のくへに、ほの手をどけほ!!」
「ベヒトも!!はなへ!!」
お互いに1歩も引かず、グイグイと引っ張りあう。
それを少し離れた所で見ているものが1人。…ペーターだ。
「首を…首をくれ、好敵手」
「うるはい!!」
「黙ってほれ!!しかはへ!!」
2人に一喝され、ペーターは萎縮した。
立場が逆転した。
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