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虫襲来
しおりを挟む~とある辺境の畑side~
「はぁ~今日もいい天気だべなぁ」
「だべぇ」
照りつける太陽と澄み渡る青空の下で、今日も齷齪働く農家たちがいた。
彼らはこの国の特産品である向日葵と麦を王の勅命を受けて育てていた。
毎日欠かさず水をやり、枯らさないように調節し、美味しくなるようにと呪いを掛けていた。
その甲斐あってか、大陸の向日葵の生産数約98%をこの国が占めるようになり、麦の生産数の方も約95%を占めていた。
農家達はその事に誇りを持っていた。
「いやぁ、あんなに小さかった芽が、今や5mにまで成長した姿を見ることが出来るってのは、感慨深いものがあるべなぁ」
「我が子の成長を見守ってるような感じだべなぁ」
平和だった。
今日という日が訪れるまでは。
…ブゥン
「何だ?音が聞こえねぇべか?」
微かな羽音が聞こえてきた。
その音は死を運ぶ者の羽音。
先程まで澄んでいた青空に影が差した。
空が次第に黒に染まっていく。
「な…なんだべ!?」
原因を見分けずにはいられない。
逃げようにも好奇心が勝ってしまい、足が地に抜いついたように離れようとしない。
羽音が近づいてくる。
徐々に羽音の正体が見えてきた。
ーモスキーバエト
その正体を知った瞬間、農家達の脳裏にある昔話が蘇った。
《むかーし昔、あるところに、平和な国がありました。
その国は、多くの笑顔と多くの花に包まれていました。
国の名は、「シナンティシ」。
平和で平和で、それはもう平和でした。
平和すぎて、彼国は武器を捨て、闘うことを忘れてしまっていました。
住人達は信じていました。
この平和は永遠に続くだろうと。
ですが、ある時、その永遠は失われてしまいました。
何故なら、青き空を、希望の太陽を覆い隠しながら、黒き者達が進軍してきたからです。
襲われ始めたのは周りの村からでした。
黒き者達は、村を壊滅させながらジワリジワリと国に進行を開始しました。
襲われた村は死体すら残っていませんでした。
黒きものたちは3日とかからずに国に辿り着きました。
城壁をいとも容易く崩し、住民達に襲いかかります。
そして、国はあっという間に壊滅の危機に陥りました。
誰も戦おうとする者がいなかったのですから。
どんどんと住人達はいなくなっていきます。
もうダメだと王が嘆いた時、アドラーと呼ばれる不死者が現れました。
彼らは瞬く間に黒きものたちを殲滅し、国に平和と安寧をもたらしました。
人々は歓喜します。
そんな中、誰かがふと呟きました。
「こんなに黒きものはいたか?」
と。
また誰かが呟きます。
「そもそも、黒きものたちは何処からやって来たのだ?」
と。
それを知るものはいません。
人々はアドラーに感謝し、国が壊滅の危機に陥っ
た最悪の日を「虫襲来」と命名しました。
いなくなった人々には多くの花が手向けられ、国を挙げての葬儀を行いました。
めでたし、めでたし》
「に…逃げるべ!!」
「そ、そうだべ!み…皆に知らせ…っ」
動こうとするも、恐怖で足が笑ってしまい動けない。
村には守るべき家族がいる。
知らせなければ。
足が使えないなら手で地を這って移動するしかない。
必死に這い、隣にいる友人に激を飛ばす。
「あ…アドラーがいれば、どうにかなるべっ!!」
隣にいるはずの友人から返事は返ってこない。
振り向いてはいけない。
そう、長年付き添ってきた直感が警鐘を鳴らす。
だが、またもや好奇心が勝ち、振り向いてしまう。
ー友人はモスキーバエトに上から押さえつけられていた。
針のような細長い足を友人の手、足を貫き、逃がさないようにガッチリと捕えられていた。
モスキーバエトはストロー状の口を友人の背中にズブリと差し込んだ。
「ぐ…ぁぁぁああっ!!…っに…にげろぉぉ!!」
友人の叫びに弾かれたように身体が走り出した。
「ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”…」
今度はもう振り向きはしない。
振り向けない。
友人の無残な死に方を見たくはなかった。
一心不乱に走る。
耳元に羽音が聞こえる。
走る。
走る。
生きようと。
死にたくないと。
彼はそう思って走った。
…気づけば悪魔の羽音から遠ざかっていた。
恐らくは人の多い近くの村を襲いに行ったのだろう。
視界が揺れる。
安堵が広がる。
目からは涙が零れ落ちる。
鼻水が止まらない。
嗚咽が留まる事を知らず、流れ続ける。
1人の農民はまだ走る。
最悪の襲来を彼国、「シナンティシ」に告げるために。
かつて追い出された故郷に告げるために。
ただただ走り続ける。
村にいる娘を残して。
妻を残して。
友人を残して。
巨大な向日葵畑を駆ける。
眠らずにひたすら走り続ける。
瞼の裏には友人の死ぬ瞬間が映っていた。
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