記憶の中にある輝きで、僕は忘れられない出会いをした。

秋風賢人

文字の大きさ
上 下
4 / 12

再会と異変の前兆

しおりを挟む
 温かな日差しの眩しさに耐えられず目を覚ます。ほんわかと温かな日差しの下で毛布や布団を体に纏いながら、縁側で寝ていた僕。

 僕の記憶が正しければ、僕は昨日凪沙と電話した後に急に眠気がきて、そのままここで寝落ちした記憶しかないのだが...

 色々と体にかけられていたもののおかげで、風邪はひいていないどころか、むしろ最高に調子が良い。

「おや、起きたのかい?」

「おはよう、ばあちゃん。これ、ばあちゃんがかけてくれたの?」

「こんなところで寝たら、風邪ひくに決まっとるからね。翔也は結局、昨日は私より早く寝たな~。どっちが年寄りかわからんのう」

「ほんとそうだよね。ありがとう、ばあちゃん!」

「さ、ご飯にしますよ。翔也じいさんや」

「ま、まだ十七歳だよ~!」

「はいはい。それだけ元気があれば、心配はいらないね。きっと天国にいるおじいちゃんも笑ってるよ」

「元気にあっちでもやってるかな~?」

「どうやろうね?意外とあっちの世界を満喫してそうやね。あの人なら。そうであってほしいと思うよ」

「そうだね・・・」

 "じいちゃん、待っててね。もうすぐ会えるから"と、ばあちゃんに聞かれては絶対にいけない内容なので心の中でそっと呟く。

 この言葉だけを聞いたら、自殺したがっているようにしか聞こえないのだから。

「翔也は今日何か予定はあるのかい?」

「うん。少し海を散歩しようかと思ってる」

「そうかい、気をつけるんだよ」

 半分嘘で半分ほんと。海には行くが、目的は散歩のためではない。今日は、土曜日で学校も休み。やることは一つ、あの懐中時計の力を使うと昨日の夜からずっと思っていた。

 まだ最初は誰に会うか決まってはいなかったが。ついさっき決まった。一番最初は、じいちゃんに会うと。

 まだ僕の記憶の中では新しいのがじいちゃんだから。世間一般からすると、半年しか経っていないかと思われるが、僕からするとじいちゃんが亡くなってもう半年も経ってしまった。

 じいちゃんと過ごした日々が思い出として、記憶から薄れていってしまう前に話したいんだ。死者と共有できるのは、互いの中に存在する思い出だけ。

 その思い出を僕は、一時間という限られた時間の中で思い返し、泣き、笑い、そしてちゃんとあの日伝えることができなかった想いや別れを体現したいんだ。

 机の上に丁寧に置かれている例の懐中時計を手にして、僕は足を踏み出した。一切の迷いなどあらずに。

 今朝は雨が降ったのだろうか。庭に咲いている緑の葉っぱや花たちに水滴が付着している。そこまで激しい雨ではなかったようだが、庭の土がぬかるむくらいには降ったらしい。

 地面を踏むたびにぬちゃっとした感覚が足を伝って感じ取れる。せっかくの白の新品のスニーカーを履いたのは間違いだったかもしれない。

 玄関まではすぐそこなので、靴を変えようか迷ったが、そのままにすることにした。せっかくじいちゃんに会うのなら新しい綺麗な靴で会いたいと思ったから。

 今は晴れたようで、カラッとした太陽が僕の頭上高くに咲き誇っている。まるで、夏に咲く黄色の代名詞的なあの花のように。

 庭に倒れたまま放置された自転車を普段置いている場所に立て掛けて、今日はなんとなく歩いて行くことにする。

 いつもながらに穏やかな海を眺めつつ、僕の内心はドキドキバクバクしていた。あと数分後に、じいちゃんに会えると思うと心臓の鼓動が速くなったまま落ち着かない。

 胸に手を当ててもわかるほど、僕の心臓は普段の二倍くらいの速さで鼓動している。歩いているはずなのに、走っているのと同じくらいに。

 海までは歩いて一分もかからないので、心の準備も兼ねてあえて反対の道から海へと向かう。こちらの道だと歩くと十分はかかるだろう。

 心を落ち着かせるにはちょうど良い猶予。懐中時計が入っているポケットの反対からワイヤレスイヤホンを取り出す。

 僕の日常生活で必須のアイテムとなってしまったワイヤレスイヤホン。ケースからイヤホンを取り出して、耳に装着する。ピタッとフィットした感覚が耳から感じ取れる。

 携帯と接続された音がイヤホン越しに聞こえたのを確認し、携帯のプレイリストをスクロールして選曲を始めていく。お気に入りの曲にしようか、ランダムに再生しようか悩ましいところ。

 結局、ランダム再生にして久々に聴く音楽に懐かしさを覚えつつ干渉に浸る。最近は空前の昔の曲ブームで、自分の親世代の曲が流行っているらしい。

 確かに昔の曲の歌詞はどれも言葉や想いが、ストレートに伝わってくるのがまたいいのかもしれない。現代の曲ももちろんいいのだが、難しい言い回しが多い印象もある。

 最近の曲は表現力が凄まじいのだ。ストレートに想いが伝わる感じもいいけれど、僕はやっぱり隠されたメッセージを探したり、感じ取ったりする方が好きかもしれない。

 アーティストが何を想って曲を作って、どんな意図を人々に伝えたいのか。それが分かった時の幸福感、興奮感と言ったら凄まじいもの。

 そう考える僕は、やはり現代を生きる若者なのかもしれないな。ストレートな表現よりも、曖昧な独特の世界観を好むのは、時代の流れも関係しているのだろう。

 これがいいことなのか悪いことなのかはわからない。ただ、どちらの良さも存在するのは確か。

 耳から流れくる軽快な音楽に気持ちが弾む。耳に装着しているワイヤレスイヤホンをタッチして、ノイズキャンセリングという周りの音を遮断する機能から、外部音を取り込むモードに変更する。

 音楽が流れている後ろから、現実の波の音が微かに聴こえてくる。バックサウンドに波のザザーッとした音が聴こえるのはなんとも優雅で心地のいいものだ。

 音楽を台無しにしてしまうと思いきや、むしろいい感じにバランスが取れていていいかもしれない。これが、もっと落ち着いた感じの曲なら、もっといい味が出そうだが...生憎、今はK-POPが流れてしまっている。

 そうしている間に、目的の浜辺まで来ていたようだ。アスファルトの道路とは違って、歩くたびに砂が靴の中に侵入してくる。

 靴下の中まで入ってくるのは気持ちが悪いが、ここで脱いで砂を取り除いたとしてもすぐさま入り込んでくるので、諦めて歩くことを選択する。

 数分歩くと、初めは違和感が残っていたが、諦めてからはさほど気にならなくなった。相変わらず、ジャリっとはしているが。

「この辺でいいかな・・・」

 辺りを見回し、誰もいないことを確認してからポケットに忍ばせておいた銀色に光る懐中時計を取り出す。太陽の光が懐中時計に集中するように差し込むせいで、肝心の時計が見えない。

 角度を変えて覗き込むと、今度ははっきりと数字の羅列が視界に浮かび上がってくる。時計の長針は魔女にもらって、手にした時と同じように数字の4に示されたまま。

「うん、回数は減ってはいない・・・そりゃそうか、使ってないから。減ってた方が大問題だよな」

「ねぇ、ママあのお兄ちゃん、一人で話してるよ!どうして?」

「見てはダメよ。そっとしておきましょ!あ、そうだ。アイス買ってあげる」

「ほんとに!はやく行こー」

「・・・・・」

 さっき確認した時は、誰もいなかったはずなのに運が悪い。完全に母親の人に不審者扱いを受けた気がする。彼女の目は明らかに危ない人だと認識している敵意のある目だった。

 他人とはいえ不審者扱いされてしまうのは、なかなか傷ついてしまうものだ。

 もう今さら人の目を気にしても意味がないと思い、懐中時計を握りしめて目を瞑る。魔女からは大雑把な使い方しか聞いていないが、多分念じれば大丈夫なはず。

 瞼を閉じてじいちゃんが生きていた頃を頭の中で思い出す。見えはしないが、ポーッと温かみのある何かが僕の前に現れる。

「じいちゃん・・・?」

 恐る恐る目を開けると、そこには。いないけれど、僕にはわかる。目の前に何かがいることだけは...

 手を伸ばしてみても触れることができない何か。僕の右手は簡単に宙に放り出されてしまう。

 その間に今、目の前にいた気配が、完全に消え去ってしまう。

 左手に持っている懐中時計を確認してみても、数字の変動はない。依然として4のまま動くことのない長針。

 もしかして、騙されたのか...と嫌なことが頭をよぎる。本当は死者に会えるなんてただのハッタリだったのではないか。

 期待していた分、ショックがデカすぎるが、勝手に信じ込んでいたのは、自分だったので言ってしまえば自業自得。

 もう頼りにならない懐中時計を見つめ、長針を0にして持って帰ろうと思い、時計の横についているリューズを回す。

 ん...?どんなに回しても長針が0になることがない。むしろ、長針は3に止まったまま動かなくなってしまった。とうとう壊れてしまったのかと思い、投げやりな気持ちでポケットに仕舞い込む。

「帰るか・・・」

「帰るのか?」

 僕の背後から声が聞こえる。低音のハスキーボイスが...僕はこの声をよく知っている。間違いない、振り向かなくてもわかるんだ。

 後ろにいるのはきっと、じいちゃん...

 半年ぶりに聞く声は何も変わっていない。あの時と同じように安心感のある包み込んでくれるような声。

 振り向きたい。でも、視界が潤んでいて振り返ることができない。まだ泣くには早いと分かってはいるが、僕の体は言うことを聞いてくれないみたいだ。

「背・・・伸びたな、翔也。一緒に住み始めた時は、じいちゃんよりも小さかったのにいつからか見上げていたなぁ。嬉しかったけど、少し寂しかったんだなぁあの時は」

 懐かしい記憶が込み上げてくる。何気ない幸せだった三人で生活していた毎日の記憶が。

 じいちゃんよりも背が低かった僕だったけれど、気がつけばいつの間にかじいちゃんを追い越していたんだ。

「そうだったね。懐かしいな・・・抜かしたことに気づいた時は嬉しかったんだよ」

 ゆっくりと振り向きそこにいるはずであろう祖父をこの目でしっかり確認しようと、目を大きく見開く。

「元気にしとったか? なんじゃ、泣いとるのか?」

 亡くなった日の服装のままのじいちゃんがはっきりと僕の前に立っている。あの日の朝見た、じいちゃんがここに存在している。それだけで僕の心は締め付けられる。

 できるならこのままじいちゃんの手を取って、家でゆっくり語り尽くしたい。でも、それは...叶わぬ願いだろう。

「元気元気!ばあちゃんも元気だよ。二人で仲良く暮らしてるよ。あと、これ泣いてるんじゃないから潮風が目に沁みてね。あー、痛い痛い」

「そうかい。ばあさんも元気かい。翔也も上手いことが言えるようになったんじゃのう」

 ケラケラと笑うじいちゃんは、あの頃と何も変わってはいない。まるで、本当に今も生きているかのようにごく普通に話している姿はじいちゃんらしい。

「じいちゃん・・・そっちでも元気にしてた?」

「あぁ元気にしとるよ。あまり詳しいことは言えない決まりになっとるんでね。こちらの世界のことは話すことはできないけど、わしも十分楽しんどるよ」

 知らなかった。あっちにも世界が存在すること、生きている人間にはそのことを話してはいけないということも。

 きっとあっちの世界のことを生きている人間に話すと、現実世界に大きな影響を与えかねないからかもしれない。

 あの世が楽しい場所とわかってしまったら、死にたがる人が急増してしまうからとかそんな簡易の理由だろう。僕の憶測でしかないが、多分間違ってはいないはず。

 現に、僕がじいちゃんとばあちゃんに引き取られる前にそのことを知っていたら、家族を失った悲しみでためらうことなく自殺を図っていただろう。

 そうなってしまっては大変に違いないから、話すことを禁じているんだ。ただでさえ、日本は世界で自殺者ナンバーワンの国なのだから尚更。

「ねぇ、じいちゃん」

「なんじゃい?」

「少し浜辺を一緒に歩かない?」

「それはいいのぉ~。じゃが、そこまで遠くには行けないようじゃ。見えない何かに縛り付けられとるみたいな感覚があるのう」

「うん。その辺りを歩くだけだからさ」

「よし、それでは行こうかの」

 周りの人たちから見たら、僕は一人で浜辺を歩いているだけに見えるだろう。でも、僕の目にはしっかり映っている。隣にじいちゃんが歩いているのが僕には...僕だけが唯一見えることができる。

 本当に会うことができた嬉しさと、あの頃と何も変わっていないじいちゃんに感動すら覚えてしまう。

 ただ...考えたくはないが、どうしても考えてしまう。じいちゃんと過ごすことができる残り時間のことを。

 浜辺に足跡が残る僕と、足跡が残らないじいちゃん。確かに歩いているはずなのに、一向に砂に足跡がつくことはない。それがなぜだか、無性に寂しい。

 生きてはいないということをこの世界からも強く実感させられている気がする。

 そういう僕の足跡も波にさらわれて、数秒後には綺麗さっぱり跡形もなく無くなってしまっているのだけれど。

「じいちゃんはさ、幸せだった?」

「どうしたんじゃ?急にそんなこと聞きおって」

「いやさ、じいちゃんは突然・・・この世を去っちゃったじゃん?だから、未練はないのかなって思ってさ」

「未練などわしはないぞ!」

 自慢するかのように声を上げる祖父に、思わず驚いて波の中に少し足を踏み入れてしまう。左足は完全にくるぶしあたりまで浸水してしまったようだ。

 せっかく新品の靴もこれで台無しだが、家を出た瞬間から諦めてはいたので仕方がない。

「どうして未練がないって言い切れるの?」

「そんなの簡単じゃよ」

「なに?」

「わしは毎日後悔しないように生きてきたからな」

「えっ・・・」

 それ以上言葉が出てこなかった。僕が予想していた回答の遥か斜め上をいく回答に、思わず息をするのすら忘れてしまいそうになる。

「いつ死んでもいいと言ったら、少し意味合いは変わってしまうが、わしは八十年近く生きてきて分かったんじゃよ。人は常に前を向き続けなければいけない生き物なんだと」

「どういうこと?」

「簡単にいうとじゃな、後悔や過去ばかり考えていては人として成長できないってことじゃよ。誰にだって後悔することはもちろんある。わしだって若い頃は数えきれないほど、後悔してきた。でもな、後悔したところで現状は何も変わってはくれないんじゃ」

「それじゃ、どうしたらいいの?」

「わしにも昔は、親がいた。ある日、わしの父親が亡くなったんじゃ。翔也からするとひいおじいさんだな。癌だった・・・わしは父親に何もしてやることができなかった。父はわしに癌で弱っている姿を一切見せなかったんじゃよ。だから、わしも突然の死についていけなかった。どうして、気がつくことができなかったのか。探せばいくらでも異変はあったはずなのに・・・」

 じいちゃんの足が止まり、その目は海の遥か彼方にある何かを見ているようだった。懐かしむような、どこか悲しげな憂いを含んでいるような...

「・・・・・」

 口を挟んではいけないと思い、僕も足を止めじいちゃんと向き合う。

「後悔した・・・何度も何度も父が亡くなった後、なかなか立ち直れず後悔し続けた。寝ても覚めても思い出すのは、父が生きていた頃の記憶ばかり。でもな、父が死んだ半年後に、わし宛の手紙を見つけたんじゃ。父からだった。あまり昔のことで内容は詳しくは覚えてはいないが、唯一覚え続けている言葉があるんじゃよ」

「聞いてもいい?」

「あぁ、もちろん。翔也にこの言葉を授けたくて、この話をしたのじゃから。手紙にはこう書いてあったんじゃ。『後悔に未来はない。常に前を見据えて進むことが、明日への希望に繋がる』と。わしはずっとこの言葉を信じて生きてきたんじゃよ。この言葉や父に教えてもらったあるもののおかげで、気づけなかったことにも気がつくことができたしな」

「じいちゃんはひいじいちゃんに何かもらったの?」

「あぁ、もらったとも。大切なものをな。翔也も気づいていないだけで持っとるはずじゃよ。わしやばあちゃん、それにお前さんの両親もきっと翔也にたくさん・・・教えられるのはここまでじゃ。あとは自分で見つけなさい。まだ、翔也は若いのだから、迷い、悩み、考え・・・そして自分の答えを見つけなさい。そしたらきっと、翔也もわしたちのように未練なく生きられるわい」

「僕にその答えが見つけられるかな・・・」

「見つけられるに決まっとるよ。わしの孫なんだからのう」

 その言葉が聞けて、なぜだか胸の奥のわだかまりが少しだけ軽くなった気がした。

 再び目的もなく、ただ彷徨うように歩くだけの僕ら。携帯の画面で今の時刻を確認しようとする。

「あと三十分もない・・・」

 体感ではまだ十分くらいの気持ちでいたが、どうやら時の流れというものは思っているよりも数倍早いらしい。

 退屈な時間を過ごしている時は、尋常じゃないほど時の流れは遅いのに、楽しい時、まだこの時間を過ごしていたいと思う時ほど時間は待ってはくれない。

「翔也よ。お前さんはこの不思議な力を使って家族にも会うつもりかい?」

 不意に先ほどまで笑っていた祖父の目がキリッとした真剣なものへと変わっていく。

「う、うん。そのつもりだけど・・・」

 祖父の放つ気迫に少々怖気付いてしまう僕。こんなに怖い表情をしている祖父を僕はこれまで一度も見たことがないかもしれない。

「悪いことは言わない。あまりその力を使うのは、よした方がいいかもしれんよ。すごく不吉なオーラを感じる」

「その力って・・・この時計のこと?」

 徐にポケットに手を入れ、懐中時計を取り出す。まだ誰にも見せてはいない不思議な代物を。

「これが、わしを再びこの世界に呼び寄せたものなのか・・・普通の懐中時計にしか見えなくて、にわかに信じ難いな。でも、こうして死んだのに翔也と会えているからには真実なんだろう」

「僕も最初は嘘だと思ったんだ。だけど・・・こうしてじいちゃんに会うことができたってことは・・・本物ってことだよね」

「あぁ、間違いなさそうじゃな。これからわしが話すことは軽く聞き流すだけでいい。今の翔也には、そこまで意味のない話かもしれないからな」

「分かった」

「わしはこの力を使うべきではないと思う。これだけのことをして代償がないはずがないんじゃ。きっと徐々に翔也の中で何かが変化し始めるかもしれないし、周りの人間に影響を及ぼすかもしれん。わしとしてはそうなる前にやめておいてほしいのじゃが、翔也の気持ちは変わらんのじゃろ?」

「うん」

 僕の気持ちは例え、じいちゃんに止められたとしても決して変わることはないと言い切れる。僕は、例え自分が死に至ってしまうと分かっていても、間違いなく家族と会う方を取ってしまうから。

 もしかしたら、天国で数十年後に再会できるかもしれない。でも、それではダメなんだ。きっと何年も過ごしているうちに僕も大人になり、それなりに心も成長していくだろう。

 そうなる前に、僕は今胸に抱いている未熟すぎる気持ちをぶつけたいんだ。だから、今じゃないと...

「まぁ、翔也ならそういうと思ったわい。無理のない程度に頑張りんさい。後悔だけはするなよ。自分が選んだ道を信じて責任を持ちんさい」

「ありがとう、じいちゃん」

「なぁに、わしは何もしとらんよ。そろそろ時間になりそうじゃのう。意識が徐々に薄れてきとるのを感じるわい」

「そんな・・・もう少しだけ側にいてよ、じいちゃん」

「わしのしてやれることはもうやった。あとは翔也だけでも大丈夫さ。それにまだお前さんには、ばあさんもいるだろう?ばあさんのこと頼んだぞ」

「うん・・・」

「あとしばらくこっちには来るんじゃないって伝えておいてくれ!わしは元気にやっとるよと」

「うん」

「なんじゃい、翔也また潮風が目に染みるんか?」

「うん、そうみたい」

 真剣な面持ちだった祖父の顔に再び朗らかな笑顔が咲き乱れる。

「最後はわしに笑った顔を見せてくれ。あの事故に遭った日、わしは記憶の中で翔也の笑顔を思い出してこの世を去ったから、今回こそは本物の笑顔でわしを見送ってくれんか?」

 そうだよな...いつまでもじいちゃんに頼っていては、じいちゃんも安心してあの世に戻っていくことはできないよな。

 目元から溢れ出てくる涙をワイシャツの袖で豪快に拭いて、今の自分にできる最大限の笑顔をじいちゃんに向ける。

 今にも消えかかりそうなじいちゃんの体。徐々に透明がかっていく姿が、じいちゃんの後ろに広がっている海をより幻想的に映している。

 まるで、じいちゃんが海の一部として同化していくみたい。そんなじいちゃんを笑顔で見送りたいが為に、光を反射してキラキラと光っている海に負けないくらいの笑顔を咲かせる。

「ありがとな・・・翔也。最後にいいもんが見れたわい。元気でな我が孫よ」

 カチッという音を合図に、僕の視界から完全に姿を消してしまうじいちゃん。

「またね、じいちゃん。空から僕たちのことを見守っていてね」

 じいちゃんの気配は完全に消滅してしまったが、僕が生きている限りはじいちゃんが生きていたということが忘れられることはないだろう。

 こんな貴重な体験をしたのを忘れるわけがないよな...

 手に握っている懐中時計を見てみると、長針は3を指している。

 じいちゃんに会ったことで、回数も一回減少してしまったようだ。そうなると、僕が使える回数は残り三回に絞られてしまうわけだ。

 使う相手は決まってはいるのだが...不自然な点が一つある。それは、短針までもがある数字を指しているということ。

 じいちゃんに会う前までは、短針は確か0の位置に固定されていたはず。それなのに...今は短針が数字の9を指して止まっているではないか。

 これが何を意味しているのか、僕にはさっぱりわからないけれど良いことではなさそうな気がする。じいちゃんが言っていた通り、代償までのカウントダウンかもしれない。

 怖くないといえば嘘になるが、なんのリスクもなしに使えるとは初めから思ってもいない。目に見える形で減っていくのは、なかなか神経がやられてしまうが、そんなことに臆する僕ではない。

 それよりも今は、一刻も早く帰宅して体に異変がないか確認しておきたいところ。

 太陽に熱せられた砂浜の砂たちの熱が靴越しにじわじわと伝わってきている気がする。砂に足を掬われそうになりながらも家の方向へと歩みを進める。

 何度か転びそうになったが、なんとか浜辺を脱出することができた僕は、一直線に伸びるアスファルトの上を歩いて家を目指す。

 水分不足だろうか。一瞬視界がぼやけて、足元がふらつく。この程度なら、まだ日常生活にもあることなので、そこまで注意深くなる必要もないだろう。

 しかし、その甘い考えは数秒後に打ち砕かれることになる。

 凄まじいほどの頭痛が僕を突如襲ってくる。頭を常にトンカチで殴られているかのような途轍もない衝撃が頭を駆け巡る。

 視界が白くぼやけ、遠くの景色が霞んで見える。立っていることすらもしんどくなり始め、とうとうアスファルトに手をつく形でしゃがみ込んでしまう。

 手が焼けるように熱い。太陽光を満遍なく吸収したアスファルトが、僕の手を刺激してくる。まるで、フライパンの上で焼かれている食べ物みたい。

 食べ物はこんな感じなのかと、馬鹿なことをつい考えてしまう。一刻も早くこの状況をなんとかしないといけないはずなのに、肝心の体は全く動こうとしてくれない。

「翔ちゃん!!!」

 誰かの声が近づいてくる。焦っているのか、息遣いが実に荒々しい。意識が薄れていくのが、怖いくらいに分かってしまう。

「今助けを呼ぶからね!」

 僕の視界には黒いアスファルトしか見えていないので、この声が誰から発せられているのか確かめることさえできない。

 ただ、一つだけ確信していることがある。僕のことをと呼ぶのは...ここで僕は倒れてしまったらしい。

 後日聞いた話だが、原因不明の高熱に見舞われていたそうだ。

 僕は知らなかった。この時から、が現れ始めていたことに...

 もし、僕が気付けていたら未来は変わったのだろうか。僕は家族に会うことを止めることができたのか。いや、きっと僕は...

 こうして、僕の初めての不思議な体験は幕を下ろした。得られたものも大きかったが、僕の体に伴うダメージもなかなか大きなものだった。




















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...