嫌われ婚約者は恋心を捨て去りたい

マチバリ

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 波乱の卒業式と晩餐会を終えた翌日、私は何故かシュルト様と共に彼の実家に帰っていた。
 私の部屋として用意されていた部屋には実家で私が愛用していた品々が既に運び込まれていて、シュルト様のお母様には「今日から一緒に住めるのが嬉しくてしょうがない」と告げられてしまった。

 シュルト様と伯爵さまはあの騒動の後始末があるらしく、不在がちで、残された私は状況を把握できぬままの日々を過ごしていた。
 だが、夜中に帰ってきたシュルト様は必ずと言っていいほど私を抱いた。

 これまでの手酷い抱き方とはちがう。
 壊れ物でも扱うように丹念に愛撫される静かだが濃厚な交わり。中に出される欲は、溢れそうに多くて濃い。
 それを体の奥底に刷り込むように硬い欲望で擦られるだけで私は熔けてしまいそうだ。
 シュルト様がいない時でも、体の内側からシュルト様の匂いや熱が湧きあがってくるような錯覚に襲われるほどに、身体に全てを覚え込まされている。

 シュルト様のお母様はいつもどこかぼんやりしている私を気遣い、なるべく休ませようとしてくれる。
 時日、ここに連れてこられてからの私は熱に浮かされた病人のように使い物にならない。
「ゆっくりいろいろとおぼえていけばいいのよ」との優しい言葉に甘え、私は今日も夕刻から休ませてもらっていた。


 真夜中、ベッドが軋む音に目を開ければシュルト様が私に覆いかぶさってきていた。

「アルリナ」

 甘い声が私を呼ぶ。言葉を交わす間もなく唇が触れ、何度も何度も重なるだけの口付けが降りてくる。
 夜着として用意されていた薄いネグリジェはシュルト様が私を抱きやすいようにデザインされているらしく、胸のリボンひとつ解かれるだけで簡単にただの布になり下がるのだ。

「ん、あっ」

 露わになった素肌の胸をシュルト様の掌が優しく包み、ちゅう、と胸の先端を優しく吸い上げられる。
 舌の腹で先端を転がすように舐めまわされるだけで、私の下半身は熱を持ち、足の間がぬかるんでいく。
 慣らす間も惜しいというように、シュルト様の熱が押し当てられ、ゆっくりと入り込んでくる。
 貫かれる瞬間の息苦しさは一生慣れる気がしないが、最後まで受け入れられた瞬間の幸福感と支配されるような喜びは永遠に忘れたくなかった。

「しゅるとさまぁ」

 深く繋がったままの浅い律動に応えるように腕を肩に絡め、足で彼の身体を抱く。
 恋心や愛を説く勇気はとっくに捨ててしまった。きっと彼には何を言っても届かないから。






 シュルト様の宣言通り、私は月のものを迎えることなくすぐに子供を孕んだ。
 実際はこの屋敷に来た時点で孕んでいたと皆が思っているようだったが、時期的にはここで暮らし始めてからできた子だろう。
 シュルト様の行為が激しいものではなかったのは、その為だったのかと妙に納得してしまった。

 伯爵さまは何が苦いものを見るような顔をしていたが、医者が正式に告げた私の妊娠を喜んでくれた。
 血のつながりに弱いというシュルト様の言葉は事実らしく、妊婦の身体に良いものだと色々な物を届けてくれた。
 両親はいくら婚約しているからと言っても順序がおかしいと嘆いていたが、この騒動の中でも新しい命の存在は救いだとも言ってくれた。

 当然のことだが、私は学園を卒業せぬまま去る事となった。
 級友たちに別れを告げる暇さえなく、学園の私室にあった品々はまたいつの間にか私の部屋に届けられていた。
 一番の驚きだったのは、ずっと友人だとばかり思っていた彼女―あの日、私にドレスを着せてくれた彼女が私付の侍女になっていた事だろう。
 実は伯爵家の親類筋にあたる娘で、元より私が輿入れしたら身の回りの世話をする予定だったのだという。

「ずっとあなたを見守る様に仰せつかっていたのですよ」

 あの頃とは別人のように腰の低い喋り方をするかつての友人の姿に驚くばかりだったが、初めての妊娠で弱った身体では、日々の暮らしに慣れるので精いっぱいだったし、早めに正式に結婚するべきだという両家の親たちからのせっつきもあり、私は婚姻証明に署名するだけの簡単な式ををあげた。
 国内も落ち着かぬ状況では式を挙げる間もないということもあって、私達の結婚式は出産を終え、私の身体が落ち着いてからにしようという事になった。

 私はまだ、何一つとして実感を得ていない。
 まだ膨らんでもいない腹にシュルト様の子がいる事も、私が既に嫌われ続けていたと思っていた婚約者の妻になった事もだ。

「アルリナ」

 シュルト様は妊婦になった私を抱くことはないが、顔を合わせる度に私の名を愛しげに呼び口づけをしていく。
 時折、熱を抑えきれないような彼のために手や口で慰める事も増えた。
 でも、私はそれすらも夢なのではないかと受け止めきれずにいた。
 もっと道具のように手酷く抱いてくれればいいのに、と。


 私が俗世と切り離されぼんやりとしている間に、無事に国王となったギルバート様は恐ろしいほどの速さで国政を掌握し、長く諍いあっていた隣国との関係を修復させていった。

 クレア様は王妃となり、ギルバート様を支える存在として内側から国内をまとめ上げているそうで、私にも何度か状況を案じる手紙が届いている。
 ギルバート様への溢れるばかりの愛に溢れたその内容に圧倒される私に、シュルト様は「適当に相手をしておけ」と冷たく吐き捨てている。
 深くも詳しくも語ってくれない彼がいったい何を抱え、何のために彼らとともにいたのか私にはわからない。

 改革という大きなうねりの中で重要な役割を担っているシュルト様は日々忙しく国内を飛び回っている様子で、毎晩疲れ果てた様子で私の腕の中に戻ってくる。
 全てを委ねるように私の横で眠る彼の髪を撫でている時に感じる感情は恋心ではもうない事だけはわかった。

 一度捨てた心が正しい形に戻る事はない。
 きっと私の心はシュルト様への恋心と共に砕けて歪な形で癒着してしまったのかもしれない。
 恋しくて恋しくてたまらなかった彼と結ばれたはずなのに、心の底は傷だらけで冷たいままだ。

「シュルト様」

 眠る彼の額に口付ける。
 彼が起きている時にはできないことだ。
 愛を囁くことも、恋心を吐露することもできない。

 からめとられるように縫い付けられた籠の中で、私は彼の言葉を信じる事も盲信する事も出来ずにいる。



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