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しおりを挟む今日は体調が優れないからと部屋にこもってラウルスとの面会をやり過ごそうとしたプリムラだったが、何故か彼は部屋まで押しかけてきた。
正確には妙に訳知り顔の執事がラウルスをプリムラの自室に案内してきたのだ。
未婚の娘の部屋に近衛騎士とはいえ男性を入れるとはどうことだと、幼い頃から慣れ親しんだ執事に視線で訴えたが「旦那様たちも承知ですから、ごゆっくり」と死刑宣告されてしまった。
両親は紳士的なラウルスに絶大な信頼を置いているらしい。
監視のメイドすらいない状況で、プリムラとラウルスは対面することになった。
「体調が悪いと聞いたが、どうした?」
鋭くもどこか不安げな色を含んだ声で尋ねられ、プリムラは唇を噛む。
仮病を使ったことはとっくにバレている気がした。この質問は、どうして仮病を使ったのかという問いなのだろう。
意を決して顔を上げれば、心配そうに眉を寄せるラウルスと目が合う。
その表情に、半分ほどは本気でプリムラのことを案じてくれていたのがわかる。
(ああ……)
この人の時間をこれ以上奪ってはいけないし、甘えてはいけない。
推しに出会えたことに浮かれて流されるのはここまでにしなければ。
「ラウルス様。私はもう大丈夫です。スフィカ様についてお伝えすることもありませんし……監視は続けていただいてもいいですが、もうわざわざここまで来ていだく必要はないと思うのです」
一息に、ずっと伝えたかったことを口にする。
「それは、本心か?」
これまで聞いたことのないような鋭い声に、プリムラははっと顔を上げる。
先ほどまでは適切な距離があったはずなのに、すぐ目の前にラウルスが立っていた。
しかもその瞳にはどこか獰猛な光が宿っている。
「あ、あの」
「どうして俺を拒む? やはり何か後ろめたい事実でもあるのか?」
「そんな! ちがいます! ただ、私はこれ以上ラウルス様のご迷惑になるのが嫌で……」
「誰がいつ、迷惑だと言った?」
「それは……」
そう言われたことも感じたこともない。
ラウルスは役目でここに来ている以上、本人の意思が関係ないのかもしれない。
でも、これ以上ラウルスと一緒に居るのにプリムラは耐えられそうにない。
「私、ラウルス様に何も返せません。優しくしていただきすぎて、申し訳ないんです」
スフィカを救えなかった自分には過分の待遇だ。
たとえ監視目的だとしても、ずっと憧れていた人に毎日会えて抱きしめてもらえる。
喜びと罪悪感がない交ぜになって、どうにかなりそうだった。
「……君は俺に何か返したいと思っているのか?」
先ほどまでの鋭い声とは違う、どこか優しい声で問われてプリムラは濡れた目をラウルスに向けた。
「だってこんなに優しくしていただく理由が見つからないのです。何かお礼がしたくても、私が用意できるようなものはすべて持っていらっしゃるでしょうし、きっとご迷惑でしょう? だから、もうこれ以上は……」
そこまで言ったプリムラは、ラウルスに抱きしめられていた。
これまでのような包み込む抱擁ではなく、逃がさないとでも言うような強い抱擁。
「あの、ラウルス、さま?」
いつもは柔らかくプリムラを受け入れてくれるラウルスの胸元が、今日に限っては何故かそこが熱くて硬い。
「君はなんて……」
ラウルスが何かを呟いたが、強く抱きしめられているプリムラはよく聞き取れなかった。
逃げ出すべきなのだろうが、拘束している腕の力は強くどうすることもできない。
せめてもの抵抗に、ラウルスの背中を手のひらでパタパタと叩いてみる。
「はぁ……」
頭上から聞こえたどこか熱っぽいため息に、プリムラはびくりと体をすくませる。
ようやく腕の力が緩んで抱擁からは解放されたが、今度は両肩を掴まれており逃げることはできそうにない。
「プリムラ。俺がここに来ることに、君が負い目を感じたり何らかの返礼をしようなんて考える必要なんてない。君は巻き込まれただけだということはもうわかってる。だからこそ、俺は……」
真剣な光をたたえる黒曜石の瞳に見つめられ、声が喉につっかえる。
どう伝えればわかってもらえるのだろう。
ラウルスが来てくれることが嬉しくてたまらないこと。
それと同じくらい、後ろめたくて苦しいこと。
言葉にならない想いが溢れて、涙が溢れてしまった。
「プリムラ? どうして泣くんだ……」
途方に暮れた声に、ますます申し訳なくなってプリムラは首を振る。
「ちがうんですラウルス様。私、私が悪いんです……」
スフィカの人生を歪めてしまった。身勝手な願いで、物語の形を変えてしまった。
それなのに、自分だけは勝手に願いを叶えて。
「私、悪い子なんです」
震える声でそう告げれば、肩を掴んでいたラウルスの手が緩む。
ようやく解放されたという安堵と、きっと嫌われてしまったという絶望が折り重なって、プリムラの心臓が悲鳴を上がる。
「君が悪い子なのだとしたら、仕置きが必要だな」
「……え?」
仕置き? と問いかけようとするより先に、プリムラの体が宙に浮く。
正確にはラウルスによってまるで荷物のように抱き上げられていた。
「きゃぁ!」
「喋ると舌を噛むぞ」
叫ぼうとしたのを物騒な言葉で阻まれて、プリムラは慌てて口を手で押さえる。
ラウルスは乱暴な足取りで部屋を横切ると、部屋の奥にある寝台に向かった。
そしてプリムラの体を抱え上げたときとは真逆に丁重な手つきでおろしてくれる。
体に馴染んだ寝台の感触にほっと息を吐いたのもつかの間、ラウルスがプリムラを押し倒すようにしてのしかかってきた。
「えっ……!?」
勢いに負けてシーツに背中を落としたプリムラは、ラウルスを真上に見上げ何度も瞬く。
「プリムラ。君はどんな悪い子なんだ?」
「それ、は」
「俺に言えないようなことをしているのか」
言い淀んだプリムラにラウルスが口の端をきゅっとつり上げる。
その表情から漂ってくる壮絶な色気に、プリムラはつばを飲み込んだ。
(か、かっこい……!)
こんな状況になってもときめきを禁じ得ない自分のたくましさを感じながら、プリムラがラウルスを見つめていれば、何故かその距離がどんどん近寄ってくる。
そして、息がかかるほど近づいた。
「プリムラ」
「え、んぅう!」
柔らかくて温かいものがプリムラの唇に触れる。
それがラウルスの唇だとわかったときには、角度を変えてもう一度触れられた。
触れては離れ、離れては触れ。
合間に声を発することができないほどの素早さで、何度も唇をついばまれる。
そのうちに、わざと音を立てながらチュッチュと吸い上げられ、プリムラはこらえきれずに「だめ」と呟いていた。
「だめじゃない、これはお仕置きだ」
熱い吐息が濡れた唇をくすぐる。
どうして、と言うために開いた唇にぬるりとしたものが入り込んできた。
厚みのある長くて濡れたそれはラウルスの舌で、プリムラの口内を容赦なく蹂躙していく。敏感な粘膜を舐めあげられ、逃げようとする舌を捕まえ絡め取る。
歯列をなぞり、でこぼことした上顎を強くさすられると、全身に電気が走ったような痺れが包んだ。
「んぅぅん!」
苦しさと未知の感覚に身をよじりながら、プリムラは助けを求めて手を伸ばした。
掴めたのは、今まさにプリムラを追い詰めているラウルスのシャツ。皺になるほどの強い力でしがみつく。
「かわいいことをしてくれる」
「あ、やぁ……!」
散々貪られてようやく解放されたときには、呼吸もままならないほど乱されていた。
顔が火照り、視界は溢れた涙のせいでぬかるんで見えた。
「プリムラ、君は何を知っている? 何に怯えているんだ」
「う……」
すべてを告白したら楽になれるのだろうか。
でも信じてもらえる気がしない。
この世界は前世の記憶にあるゲームの世界そっくりで、スフィカは悪役でプリムラはその取り巻きで。何より、ラウルスがモブだったなんてことを言えるわけがない。
「言えないの」
気味が悪いと、どうかしていると思われたくない。
「なるほど……なら、尋問しないとな」
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