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しおりを挟むプリムラは自室のソファでクッションを抱きしめ、体を丸めていた。
「はぁぁ……」
切なげなため息をつきながら思い出すのは、抱きしめてくれたラウルスの胸の感触と背中を撫でてくれた腕の感触だ。
あれから数日経ったというのに、また夢の中にいるような気さえしている。
運命のあの日。
ラウルスは本当にプリムラを屋敷まで送り届け、両親に挨拶までしていったのだ。
スフィカの婚約破棄と、ついでのように行われたプリムラの婚約破棄に両親はとても驚いていたが、予想に反して怒ったり責めてくることはなかった。
「いいのよプリムラ。ブラッタがあなたに辛く当たっていたのは気がついていたから」
「お母様? いいの?」
「本当はもっと早くに解消すべきだったんだろうが、お前が平気そうだったから甘えていたんだ。男爵家には私たちから連絡しておくから心配するな。ブラッタが言ったことが本当なら、そう揉めないだろう」
「お父様……」
両親の優しさが胸に染みて、ちょっとだけ泣いた。
スフィカの婚約破棄については何も言わなかったが、付き合いを止めるようにとも言われなかったのでプリムラは胸をなで下ろしていた。
翌日になって公爵家から届いた知らせによれば、スフィカは無事に帰り着いて屋敷で療養しているらしい。だが王家から監視がついているので、しばらく外出はできないし直接の手紙のやりとりもできないという状況だった。
「まあ、しょうがないわよね……」
これまで王子の婚約者として様々な教育を施されたスフィカは、色々な情報を持っているだろうし婚約破棄されたとはいえ公爵家令嬢としての価値もある。
いずれは自由になるだろうが、その処遇が正式に決定するまで仕方がない。
唯一納得できないのは、プリムラも同じ状況だということだ。
「どうして私まで監視対象なんだろう?」
プリムラはクッションを抱く手に力を込めて、ふう、ともう一度ため息を零した。
スフィカの友人という立場から疑いがかかるのはわかる。だとしても監視されるほどまでのいわれはない。一介の伯爵令嬢に何ができるというのだ。
しかも。
「どうしてラウルス様が毎日来るのよぉ」
情けない声で呟いて、プリムラはクッションに顔を埋める。
なんとあれから毎日、ラウルスはプリムラを訪ねてきていた。
てっきり尋問めいた受け答えをすることになるのだと覚悟していたが、スフィカの行動やベーテリンとの関係について質問されたのは最初だけ。
ラウルスはプリムラの体調を気遣ったり、何かわかったことがないかを尋ねたり、好きな食べ物や趣味など、おおよそスフィカの婚約破棄には何の関係のないことばかり聞いてくる。
それだけならまだいい。きっと義務として監視に来たついでにプリムラを気遣って場を和ませようとしてくれているのだろうから。
だが。
「さ、おいで」
「うう……」
帰り際。何故からラウルスは必ずプリムラを抱きしめていく。
もう落ち込んでいないと何度伝えても止めてくれない。
「強いショックや悲しみは乗り越えたと思っても心に深い傷を残すことがある。それが数年後に噴出して心だけでもなく体を蝕み今以上に苦しみを与えてくることがあるんだ。だから、直後のケアというのはとても大事なんだよ」
そう、とても真面目に語られてしまってはプリムラに反論の余地がなかった。
何よりラウルスの胸は最高の感触で誘惑にあらがえない。
おいでと言われたら体が勝手にふらふらと引き寄せられてしまう。
ふっくらとした魅惑的な胸元に顔を埋め、たくましい腕に抱きしめられて。
「プリムラ」
いつの間にか敬称が抜けた呼び方に、背中がぞくりと震える。
推しと毎日会えるだけでも死にそうなのに、毎回抱きしめられて、正直頭がどうにかなりそうだ。
プリムラが知るラウルスはゲーム中の立ち絵と、本当に少ない義務的なセリフだけ。
だから、この世界で生きて動いて喋っているラウルスの姿を見ることができれば十分だったのに。
生きた人間として接するラウルスは想像の百倍素敵な人だった。
話題も豊富で、決して人を不快にさせるようなしゃべり方はしない。所作も騎士とは思えないほどに優雅で、まるで貴公子のようだ。
プリムラの家族相手だけではなく、執事やメイドにも礼儀を欠かさず、いつだって優しい笑顔を絶やさない。
不意に見せる真面目な表情は凜々しく、横顔を眺めているだけで寿命が延びそうな気がする。
推しへの萌心が、恋心に変わるのなんてあっという間だった。
そう、プリムラはラウルスに恋をしていた。
ラウルスが訪ねてきてくれる度に嬉しくてたまらなくて、抱きしめられている間は天にも昇る心地になる。
そして、ラウルスが帰宅したあとはいつだって罪悪感に打ちのめされるのだ。
(スフィカ様……ごめんなさい……)
ずっと好きだったルカーノに婚約破棄され、一人泣いて居るであろうスフィカを思うと胸が痛い。
自分だけこんないい思いをしていて許されるのだろうか。
「はぁ……」
何度目かになるかわからないため息を零しながら、プリムラはクッションに顔を埋めたのだった。
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