婚約破棄されたら推しに「大丈夫か?雄っぱい揉むか?」と言われてしまいました

マチバリ

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 スフィカが完全に眠ったことを確認してプリムラは休憩室の外に出る。

 公爵家に連絡を取り、スフィカを迎えに来てもらわなければならない。



 執事かメイドを捕まえなければと廊下でキョロキョロしていると、誰かの足音が近づいてくるのがわかった。



「あの」



 助けを求めようと足音の方に駆け寄れば、なんとそこに立っていたのは先ほど逃げたブラッタだった。

 ブラッタは目の前にプリムラが現れたことに本気で驚いているらしく、ぎょっと目を丸くしている。

 その表情に先ほど裏切られた記憶がよみがえり、プリムラは眉をつり上げた。



「ブラッタ! あなたさっきはどうして無視したのよ!!」



 プリムラの追求にブラッタは一瞬気まずそうに視線を逸らすが、すぐにぎゅっと唇を噛みしめ苛立たしげな表情で睨み付けてきた。



「どうしたもこうしたもあるか! スフィカ嬢はルカーノ王子の機嫌を損ねたんだぞ!? 手を貸せるわけがないだろう」

「なっ……!」



 完全に開き直ったブラッタの発言にプリムラも目を剥く。



「だ、だからって倒れかけている女性を助けないなんてどうかしているわ!」

「うるさい! だいたい、お前こそどうしてスフィカ嬢を助けたりしたんだ。もし王家に睨まれたりしたらどうなるかわかってるのか」

「知らないわよそんなこと! 私は何があってもスフィカ様の味方よ」

「……!」



 ブラッタは信じられないとでも言いたげな顔でプリムラの顔を見ていた。



「なるほどな。何かあればスフィカ様、スフィカ様と……結局、君の一番はスフィカ嬢なんだな」



 表情の抜け落ちたブラッタに、プリムラは嫌な予感を抱いて一歩後ずさる。



 ブラッタとプリムラは親同士が決めた婚約者だ。

 男爵家の次男であるブラッタと伯爵家の三女であるプリムラ。余り者同士の婚約は両家が持参金を節約するために結ばれたおざなりなもの。

 ブラッタはプリムラが伯爵令嬢なのが気に食わないのか、何かにつけて卑屈な発言や態度が多い。プリムラのすべてにケチをつけ、もっと地味で目立たなくするようにと小言が絶えなかったし、どこかに連れて行ってくれても、友人たちの前でプリムラをこきおろすような立ち回りをする。

 だから余計にプリムラはブラッタとは距離を置き、スフィカの傍に侍っていたのだ。

 最近では良くない噂がある人たちとの付き合いがあると小耳に挟んでいたことを思い出し、警戒を強める。



「もういい。元々俺はお前みたいなうるさい女は嫌だったんだ。お前がスフィカ嬢の味方をするというのならば俺たちの婚約も破棄しよう」

「……は!?」



 突然何を言い出すのだとプリムラが固まっていると、ブラッタは意地の悪い笑みを浮かべ見下ろしてくる。



「実は内々にだが俺を養子に欲しいと言ってくれている家があってな。そちらに行けばもっといい条件の結婚ができそうなんだ」



 どうやらブラッタは本気らしい。むしろこのときを待っていたと言わんばかりの態度で、腰に両手を当てふんぞり返っている。



「まあ、せいぜいでかい魚を逃がしたと思って悔しがるんだな」



 言いたいことは全部言ったとばかりにブラッタはプリムラに背を向けスタスタとその場を去っていった。

 残されたプリムラはしばらくあっけにとられていたが、ブラッタの姿が完全に見えなくなったところでようやく我に返れた。



「なんなのよ!!」



 ようやく沸いてきた怒りにプリムラは地団駄を踏む。

 どうせ婚約破棄するなら自分から言ってやりたかったのに、最悪のタイミングで最低の発言で婚約破棄されてしまった。完全なる敗北感に頭をかきむしりたくなった。



「もう……!! ああ、でもいまはスフィカ様をなんとかしなくっちゃ!!」



 自分のことは後回しだとプリムラは人を探すべく床を蹴ったのだった。





「つ、つかれた……」



 なんとかメイドを探しだし公爵家の馬車を呼び寄せられた。

 ぐったりと気を失ったままのスフィカを公爵家の従僕に預け馬車を見送ったときには、全身を疲労が包んでいた。



 再びパーティー会場に戻る気にはなれず、とぼとぼと庭園へと向かう。

 茜色に染まった庭園はとても美しい。流石は王家が管理する庭だ。隅々まで手入れが行き届いており、春らしい明るい色どりの花々が咲き乱れている。

 曇っていた心が少しだけ晴れるような、気がしなくもない。



 木陰に置かれたベンチに淑女らしからぬ仕草で乱暴に腰掛けたプリムラは、はぁ、と大きなため息を零した。



(どうしてこんなことになったんだろう)



 振り返ってみても、プリムラはよく頑張ったと思う。

 ゲーム中の歴史では、ゲーム開始時点でスフィカとルカーノの関係は最悪だった。そこにゲームヒロインである少女が現れたことで物語が動きはじめるのだ。



(ベーテリン、って言ったっけあの子。あの子が来てから全部おかしくなったのよ)



 ゲームではヒロインには特定の名前はなく、プレイヤーが自由に命名できる設定だった。プリムラは本名プレイ派だったので自分の名前を入れて遊んでいたが、この世界に現れたヒロインには自らをベーテリンと名乗っていた。

 見た目こそゲームのスチルそのものだが、その言動はプリムラの記憶するヒロインとは大きく異なる。

 コツコツと好感度を上げることなく、攻略対象である男子たちに馴れ馴れしく近づき甘え無理やりおねだりを口にする。女子に対しては自分より上か下かだけで判断し、下ならば下僕のように扱い上ならば便利に扱う。口先だけの言動が多く、些細なことでもすぐに大きく騒ぎ立てるため一部の女子には蛇蝎のごとく嫌われていた。



 冷静に考えれば、そんな行動をする貴族令嬢はすぐに爪弾きになる、はずだった。



 しかしどうしたことかベーテリンは男性たちに受け入れられ、まるでお姫様のような扱いを受けるようになる。

 幸いなことにルカーノはベーテリンと特別親密な態度を取ることはなかった。だが、邪険に扱うこともない。その曖昧な態度がプリムラは気になってしょうがなかった。そしてその不安は的中することになる。



 ルカーノがベーテリンと二人きりで会っているという噂が流れたのだ。



 プリムラは誤解だろうから落ち着くようにとスフィカをなだめたが、ルカーノ一筋だったスフィカは我慢できずに突撃してしまった。よりにもよってベーテリンに。

 ベーテリンはスフィカに詰め寄られたことを涙ながらにルカーノに訴え、ルカーノはあろうことかベーテリンを庇った。



 それからの展開はまるで絵に描いたように早かった。

 嫉妬に狂ったスフィカと王子に愛される少女ベーテリンという最悪の構図が生まれ、ゲーム中の設定同様にスフィカは悪役令嬢に祭り上げられてしまったのだった。



 そして今日、ゲームのエンディングとまったく同じ構図でスフィカは婚約破棄された。

 そしてつい先ほど、そのついでのようにプリムラも婚約破棄されてしまった。



「最悪だわ」



 乾いた笑いをこぼし、プリムラはぐったりとベンチの背にもたれかかる。

 スフィカを救えなかった無力さに打ちのめされていた。

 ブラッタへの未練はまったくない。むしろ、スフィカとルカーノが無事に結婚できたら何かしらの理由をつけて婚約を解消しようと考えていたくらいだ。あんな嫌な男と結婚する気など、さらさらなかった。

 早くそうしなかったのは、変な騒ぎを起こしてスフィカの傍に居られなくなることを懸念したから。



『結局、君の一番はスフィカ嬢なんだな』



 ブラッタに突きつけられた言葉が、耳の奥でこだまする。

 その言葉をプリムラは否定できなかった。転生者として記憶がよみがえったその日から、プリムラはスフィカを幸せにすることを一番の目標にして走り続けてきた。そのことをブラッタが苦々しく思っていたとしたならば。



「……別に、私だってスフィカ様が一番ってわけじゃないわ」



 誰に言い訳するでもなくプリムラは呟く。



 そう、別にプリムラはスフィカ至上主義というわけではない。それなりに欲望に忠実な打算があった。

 スフィカがルカーノと無事に結婚し、未来の王妃になれば。

 プリムラを一番の友人にしてくれて、王妃になったあとも縁が続いていれば。

 もしかしたら、あの人と会うことぐらいはできるかもしれない。



(私が、身勝手な欲を抱いたのが悪かったのかな)



 シナリオ通りにスフィカが悪役令嬢だったのなら、あそこで倒れたりはしなかったはずだ。ゲームでのスフィカは悪びれもせず自分の悪事を認め、言いたいことを言いまくってゲームから退場する。その悪役らしい態度に自分は惹かれていたのに。

 なまじルカーノとの関係が良かっただけに、スフィカが受けたショックは計り知れないだろう。

 余計なことをしてしまった。スフィカの人生を狂わせてしまった。

 申し訳なさと情けなさに今更ながらに涙がこみあげてきた。



「ここで何をしている」

「!?」



 突然聞こえた声に涙が引っ込む。

 驚いて顔を上がれば、いつから居たのか目の前に一人の男性が立っていた。



「……!!」



 プリムラは瞳を限界まで見開き、ついでに口まであんぐり開けた。

 淑女としてあるまじき態度だったが、関係ない。



(嘘、嘘、なんで……!)



 闇夜を思わせる漆黒の黒髪に黒曜石のような瞳をたたえる精悍な顔つきをした、たくましい体躯を灰色の騎士装束に包んだ長身の男性がそこにいた。

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