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番外編
初恋の墓標③
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「母上!!!」
泣き叫ぶ少年の声が自分の悲鳴でないのが不思議でならなかった。
細い体はぐったりと力なく少年の腕に沈んで動く様子はない。
真っ白なドレスは彼女が吐き出した血で赤く染まってしまっている。
「誰か! 誰か助けてくれ!」
少年の呼びかけにカイゼルはようやく体を動かすことができた。
周囲を見渡せば、お茶会の最中だというのに誰もが冷たい視線で彼女と少年を見つめている。誰も動かず、ただじっと傍観している。
その異常さにカイゼルが感じたのは恐怖よりも怒りだった。
年端のいかぬ少年と、求められ少年を産むしかなかった彼女に何の罪があったというのだろうか。
カイゼルは踵を返し、この場所に入室を許されず扉の前で控えている父を呼びに向かった。
幼い自分には何の力もないことが歯がゆくてたまらなかった。
扉に向かうカイゼルを止めようとする者もいたが、カイゼルは足を止めなかった。大人に殴り飛ばされてもそれを跳ねのけ扉を開け叫んだ。
「父上! 姫様が!!!」
顔色を変えた父が兵士たちの静止を振り切り入室した時、彼女の体と少年の体は引き離されようとしていた。
見たこともない服を着た恐ろしい顔をした男たちが少年をどこかに連れて行こうとしているのがわかった。支えを亡くした彼女の体が床に沈む。不格好に倒れた体からはひどく嫌な音がした。
「やめろぉぉ!!」
カイゼルは床を蹴り、少年を捕えていた男たちに殴りかかった。
だが所詮は子供。大人の男には敵わない。だが、時間を稼ぐことはできた。カイゼルが作り出したわずかな時間の間に、父が己の部下を指揮し少年と彼女を回収したのだ。
文字通り、異様な空気に包まれた場所から逃げ出し、カイゼルたちは白い離宮に戻ってくることができた。
「母上……母上……」
清められ自室のベッドに横たわる彼女の横で泣きじゃくる少年の姿に、カイゼルも一緒になって泣きたくてたまらなかった。
彼女がもう二度と笑うことも自分を撫でてくれることもないことを、苦しいほどに理解してしまっていたから。
「どうしてだ……どうしてなんだ……! 俺は、俺は皇位など望んでいないのに!!」
悲痛な少年の声が胸を刺す。
「兄上たちが亡くなったからと言って、どうして俺が皇位を狙うと思うんだ? 俺は、ここで母上と……カイゼルたちと静かに暮らしていければそれでよかったのに……」
赤い瞳から涙を流す少年の顔に滲むのは怒りと憤りだ。
「どうして……どうしてなんだ!!」
カイゼルも同じ気持ちだった。
ほんの数か月前までは平和だと信じていたこの白い離宮でさえ、もうカイゼルたちを守ってはくれない。
メイドが減り、兵士が増え、笑顔が消えた。
ほんの少しの油断が命取りになるからと、カイゼルもこの離宮で寝泊まりしていた。
なのに。
「あいつが……あいつが母上を!!」
絞り出される言葉に滲む怨嗟に、カイゼルは咄嗟に少年の口を覆っていた。
「いけません殿下。姫様が聞いています」
「……!」
少年の気持ちは痛いほどわかる。カイゼルだって許されるならば、この蛮行の犯人を八つ裂きにしてやりたい。地獄の果てまで追い詰めて生きていることを後悔させてやりたかった。
だが、そんな思いを抱いていることを彼女に聞かせたくはなかった。
これ以上、この美しい人を汚したくなかった。
少年にも染まってほしくなかった。
そんな思いが通じたのだろう。
カイゼルを見上げる少年の瞳には新たな涙が浮かび上がる。
宝石のように美しい涙が溢れ、カイゼルの手を濡らした。
「カイゼル……!」
幼いころと同じようにしがみついてくる身体を抱きしめ、カイゼルは少年と共に嘆き涙で頬を濡らすことしかできなかった。
泣き叫ぶ少年の声が自分の悲鳴でないのが不思議でならなかった。
細い体はぐったりと力なく少年の腕に沈んで動く様子はない。
真っ白なドレスは彼女が吐き出した血で赤く染まってしまっている。
「誰か! 誰か助けてくれ!」
少年の呼びかけにカイゼルはようやく体を動かすことができた。
周囲を見渡せば、お茶会の最中だというのに誰もが冷たい視線で彼女と少年を見つめている。誰も動かず、ただじっと傍観している。
その異常さにカイゼルが感じたのは恐怖よりも怒りだった。
年端のいかぬ少年と、求められ少年を産むしかなかった彼女に何の罪があったというのだろうか。
カイゼルは踵を返し、この場所に入室を許されず扉の前で控えている父を呼びに向かった。
幼い自分には何の力もないことが歯がゆくてたまらなかった。
扉に向かうカイゼルを止めようとする者もいたが、カイゼルは足を止めなかった。大人に殴り飛ばされてもそれを跳ねのけ扉を開け叫んだ。
「父上! 姫様が!!!」
顔色を変えた父が兵士たちの静止を振り切り入室した時、彼女の体と少年の体は引き離されようとしていた。
見たこともない服を着た恐ろしい顔をした男たちが少年をどこかに連れて行こうとしているのがわかった。支えを亡くした彼女の体が床に沈む。不格好に倒れた体からはひどく嫌な音がした。
「やめろぉぉ!!」
カイゼルは床を蹴り、少年を捕えていた男たちに殴りかかった。
だが所詮は子供。大人の男には敵わない。だが、時間を稼ぐことはできた。カイゼルが作り出したわずかな時間の間に、父が己の部下を指揮し少年と彼女を回収したのだ。
文字通り、異様な空気に包まれた場所から逃げ出し、カイゼルたちは白い離宮に戻ってくることができた。
「母上……母上……」
清められ自室のベッドに横たわる彼女の横で泣きじゃくる少年の姿に、カイゼルも一緒になって泣きたくてたまらなかった。
彼女がもう二度と笑うことも自分を撫でてくれることもないことを、苦しいほどに理解してしまっていたから。
「どうしてだ……どうしてなんだ……! 俺は、俺は皇位など望んでいないのに!!」
悲痛な少年の声が胸を刺す。
「兄上たちが亡くなったからと言って、どうして俺が皇位を狙うと思うんだ? 俺は、ここで母上と……カイゼルたちと静かに暮らしていければそれでよかったのに……」
赤い瞳から涙を流す少年の顔に滲むのは怒りと憤りだ。
「どうして……どうしてなんだ!!」
カイゼルも同じ気持ちだった。
ほんの数か月前までは平和だと信じていたこの白い離宮でさえ、もうカイゼルたちを守ってはくれない。
メイドが減り、兵士が増え、笑顔が消えた。
ほんの少しの油断が命取りになるからと、カイゼルもこの離宮で寝泊まりしていた。
なのに。
「あいつが……あいつが母上を!!」
絞り出される言葉に滲む怨嗟に、カイゼルは咄嗟に少年の口を覆っていた。
「いけません殿下。姫様が聞いています」
「……!」
少年の気持ちは痛いほどわかる。カイゼルだって許されるならば、この蛮行の犯人を八つ裂きにしてやりたい。地獄の果てまで追い詰めて生きていることを後悔させてやりたかった。
だが、そんな思いを抱いていることを彼女に聞かせたくはなかった。
これ以上、この美しい人を汚したくなかった。
少年にも染まってほしくなかった。
そんな思いが通じたのだろう。
カイゼルを見上げる少年の瞳には新たな涙が浮かび上がる。
宝石のように美しい涙が溢れ、カイゼルの手を濡らした。
「カイゼル……!」
幼いころと同じようにしがみついてくる身体を抱きしめ、カイゼルは少年と共に嘆き涙で頬を濡らすことしかできなかった。
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