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壱
しおりを挟むその茶屋に立ち寄ったのは偶然だった。
気ままな旅に出て数か月を過ぎ、路銀も底が見えてきた。そろそろ潮時かと考えていたところに目についたのだ。
小さな店構えだが掃除も行き届いているし、何より人の出入りが多く繁盛している様子が気に入った。
昔から考え事をするときは静かなところより騒がしいところのほうが向いている性質だ。
「おじゃまするよ」
「へい、いらっしゃいまし」
出迎えてくれたのは初老の男主人で奥の席に通された。
客商売の勘なのか長居すると察せられたような気がする。
しかし座って茶が飲めるのはありがたい。
温かい茶と団子を頼んでから荷物を置くとふうと安堵の息がこぼれた。一人旅はどうしても気が張ってしまうのだ。
「お疲れのご様子で」
茶を運んできた主人が人好きする笑みを浮かべながら話しかけてくる。
あたたかな湯気と一息つけた心地よさから、つい口が軽くなる。
「ああ、長旅でね」
「なにかのご用事で?」
「いや、あてのない一人旅だ。こう見えても物書きでね。何か話のタネがないかとあちこちとまわってみたのさ」
「へぇ。さようでございますか」
素直に驚いた様子の主人が、ふ、と一瞬考え込んでから何やら含みのある笑みを向けてきた。
「それならば御仁、その奥の座敷をお貸ししましょう。面白い話がきけるかもしれませんよ?」
「面白い話?」
道中に何度も聞いた台詞だ。
大概はどこかで聞いたような話だったり、明らかに語り部の意向が散りばめられた下手な作り話だった。
それでもいくつかは手を加えれば物語になりそうなものもあり、無駄足ではなかったと思っている。
主人の申し出はもしかしたら最後の機会かもしれない。
ちょうど帰ろうと考えていた所だ、ここで節目ときりを付けるのも悪くない。
「そいつはどんな話だい?」
「へえ、話すのは私ではなく、この奥におります婆が話します」
「婆?」
「ええ、私の先代が世話になったことがあるらしく、奥の座敷を貸しております。絵を描く婆でございます」
「絵だって?」
「案外上手に描きましてね、旅の土産にと買っていく人もおるくらいで。絵を買うといえば、面白い話をしてくれるはずです」
いい話かと思ったが、どうやら商売事に巻き込まれてしまったようだ。
おそらくは主人と婆は結託しており、目星をつけた客を奥に通し絵を買わせる算段になっているのだろう。
話をするというのは蛇足でしかない。
しかしこれで最後だと思えば惜しくもない。
こうみえて物書きの端くれだ、それなりに経験を積んできた。
素人が描いたものに高い銭を払う気はない。せいぜい一文か二文で話をつけよう。
面白い話が聞ければ儲け。
そうでなければ最後の勉強賃だと思えばいい。
「おう、じゃあ会わせてもらおうか、その婆に」
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