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そうこうしていると、私の到着を知った子どもたちが押しかけてきて暖炉の周りはあっというまに大所帯になった。
せっかくだから賛美歌の練習をしようと誰かが言い出したが、私は青年の前で下手くそな歌を披露する勇気が持てずまごついてしまった。
それに気が付いた青年が、子どもたちに何ごとかを尋ね、すぐに訳知り顔で頷いた。
「僕はちょっとだけ音楽に自信があるんだ。よければ君の歌を指導してあげるよ」
嬉しいが大変恥ずかしい申し出に、私は頷くほかなかった。
何度も楽譜を読んで完璧に覚えた賛美歌を、青年の前で披露する。やはり音程はめちゃくちゃだし音の強弱も最低な表現になってしまった。
そんな姿を青年は笑うことも呆れることもなく、真剣な瞳で見つめてくれる。
「……なるほど」
噛みしめるような声だった。
きっとあまりに下手くそで呆れられてしまったに違いない。
だが、次に青年が発した言葉は意外なものだった。
「とても素晴らしいね。君は音楽をわかっている気がする」
「えっ……こんなに下手なのに」
「確かに音程はめちゃくちゃだけど……なんだろう、君の歌はずっと聴いていたくなるんだ」
どこか熱っぽい視線に恥ずかしくなって視線を逸らせば、焼き菓子が入ったバスケットが目に入る。
「あ!」
私はようやく自分が家をこっそり出てきていることを思い出した。
「もう帰らないと。みんな、このお菓子食べてね」
子どもたちにバスケットを預け、私は慌てて家に帰ろうとする。
だがその腕を青年が掴んで引き留める。腕の鎖がシャランと音を立てた。
「まってくれ。君の名は? いつまた会える?」
「あ、わ、私、は」
「お姉ちゃんはグラス家のメイドさんだよ。ね、ポーニーお姉ちゃん」
子どものひとりが何気なくそういった瞬間、青年がざっと顔色を変えた。
腕を掴んでいる手の力が僅かに増す。
「ポーニー……君は、ポーニーというのか?」
「え、ええ」
「そうか、そう、だったのか……この鎖……そうか……」
「あの?」
「あ、ああすまない。怖がらせたね」
「いえ」
腕を放してもらったのが何故か少しだけ残念に思えた。
そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしく、私は再び青年に頭を下げるとそのまま教会を飛び出したのだった。
「勝手に出歩くなと言っていただろう!」
「きゃあ」
帰宅した私の頬をお父様が思いきり叩く。その衝撃に、私は床に倒れ込んだ。
はずみでポケットに入っていたハンカチが出てしまう。
それを拾ったのは叩かれている私を眺めていたお兄様だった。
「なんだこれ? 男物じゃないか」
「あっ、それは」
「まさか外で男をたらし込んでいたのか? 最低だな。見た目だけじゃなく、性根まで醜いんだな、お前」
「お姉様って汚らわしい」
家族の言葉に胸が苦しくなる。
さっき、青年の前で泣いたせいか、再び涙がこぼれそうだった。
だが泣きたくなかった。泣き顔を見せたくなかった。
「屋根裏に閉じ込めろ。しばらく部屋から出すな」
お父様はそう使用人に言いつけて去って行った。
お兄様はハンカチを床に落とすと、わざと踏みつけていった。
足跡のくっきりと残った真っ白なハンカチを慌てて拾い上げる。
(ああ……)
せっかくの優しさまで汚されてしまった。
悲しみで心がずんと重くなる。
そのまま私は使用人たちの手によって屋根裏の自室に閉じ込められた。
食事は届けられたが食べる気になれず、私はハンカチと冷え切った灰を抱きしめたまま何日も眠っていた。
このまま消えてしまえればいいのに、と。
せっかくだから賛美歌の練習をしようと誰かが言い出したが、私は青年の前で下手くそな歌を披露する勇気が持てずまごついてしまった。
それに気が付いた青年が、子どもたちに何ごとかを尋ね、すぐに訳知り顔で頷いた。
「僕はちょっとだけ音楽に自信があるんだ。よければ君の歌を指導してあげるよ」
嬉しいが大変恥ずかしい申し出に、私は頷くほかなかった。
何度も楽譜を読んで完璧に覚えた賛美歌を、青年の前で披露する。やはり音程はめちゃくちゃだし音の強弱も最低な表現になってしまった。
そんな姿を青年は笑うことも呆れることもなく、真剣な瞳で見つめてくれる。
「……なるほど」
噛みしめるような声だった。
きっとあまりに下手くそで呆れられてしまったに違いない。
だが、次に青年が発した言葉は意外なものだった。
「とても素晴らしいね。君は音楽をわかっている気がする」
「えっ……こんなに下手なのに」
「確かに音程はめちゃくちゃだけど……なんだろう、君の歌はずっと聴いていたくなるんだ」
どこか熱っぽい視線に恥ずかしくなって視線を逸らせば、焼き菓子が入ったバスケットが目に入る。
「あ!」
私はようやく自分が家をこっそり出てきていることを思い出した。
「もう帰らないと。みんな、このお菓子食べてね」
子どもたちにバスケットを預け、私は慌てて家に帰ろうとする。
だがその腕を青年が掴んで引き留める。腕の鎖がシャランと音を立てた。
「まってくれ。君の名は? いつまた会える?」
「あ、わ、私、は」
「お姉ちゃんはグラス家のメイドさんだよ。ね、ポーニーお姉ちゃん」
子どものひとりが何気なくそういった瞬間、青年がざっと顔色を変えた。
腕を掴んでいる手の力が僅かに増す。
「ポーニー……君は、ポーニーというのか?」
「え、ええ」
「そうか、そう、だったのか……この鎖……そうか……」
「あの?」
「あ、ああすまない。怖がらせたね」
「いえ」
腕を放してもらったのが何故か少しだけ残念に思えた。
そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしく、私は再び青年に頭を下げるとそのまま教会を飛び出したのだった。
「勝手に出歩くなと言っていただろう!」
「きゃあ」
帰宅した私の頬をお父様が思いきり叩く。その衝撃に、私は床に倒れ込んだ。
はずみでポケットに入っていたハンカチが出てしまう。
それを拾ったのは叩かれている私を眺めていたお兄様だった。
「なんだこれ? 男物じゃないか」
「あっ、それは」
「まさか外で男をたらし込んでいたのか? 最低だな。見た目だけじゃなく、性根まで醜いんだな、お前」
「お姉様って汚らわしい」
家族の言葉に胸が苦しくなる。
さっき、青年の前で泣いたせいか、再び涙がこぼれそうだった。
だが泣きたくなかった。泣き顔を見せたくなかった。
「屋根裏に閉じ込めろ。しばらく部屋から出すな」
お父様はそう使用人に言いつけて去って行った。
お兄様はハンカチを床に落とすと、わざと踏みつけていった。
足跡のくっきりと残った真っ白なハンカチを慌てて拾い上げる。
(ああ……)
せっかくの優しさまで汚されてしまった。
悲しみで心がずんと重くなる。
そのまま私は使用人たちの手によって屋根裏の自室に閉じ込められた。
食事は届けられたが食べる気になれず、私はハンカチと冷え切った灰を抱きしめたまま何日も眠っていた。
このまま消えてしまえればいいのに、と。
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