上 下
4 / 6

04

しおりを挟む

 その日も、夜遅くローガンはレナの寝台に入り込んできた。

 てっきりいつものように抱かれるのかと思ったが、ローガンはレナの身体を腕の中に閉じ込めるとすぐに眠ってしまった。
 抱きしめられるだけの夜は初めてだった。

 鼻に付く酒の匂いに、彼がかなり酔っていると気が付く。
 規則正しい寝息を立てる腕の中で身をよじって隙間を開け、眠るローガンの顔を見上げれば鼻先と目元が酷く赤かった。
 もしかしたら泣いていたのかもしれない。

 手を伸ばし、レナはローガンの頭を撫でていた。
 硬そうに見える髪は触れてみれば柔らかく、心地よい感触だった。本当に大きな獣を撫でているような気分になる。
 苦しそうに皺を寄せた眉間に指を滑らせて何度か撫でれば、険しい表情が少しだけ緩んだ気がした。

「レナ……」
「っ……!」

 眠っているはずなのに名前を呼ばれ、レナは自分の心臓が大きく跳ねるのを感じた。
 淡い期待が頭をもたげる。もしかしたら、自分はただの囚人ではなくなりかけているのかもしれない、と。
 身体を気に入ってくれているだけかもしれない。ほんの一時の遊びなのかもしれない。
 それでもいいと思えるほどにローガンの腕の中はただ暖かかった。

 レナの心が変ったからなのか、他の理由があるのか、ローガンはその夜からレナを手酷く抱くことはなくなった。
 口汚く領主たちの横暴を暴き立て、居場所を問い詰める事も減った。

 その代り、レナの理性をぐずぐずに溶かすような執拗で甘い行為を繰り返す。

 まるで愛されていると錯覚するような行為の中で、レナはずっとこんな生活が続けばいいと思っていた。

 王の命令で数日砦を空けると知らされたレナは、不安と心細さから初めて自らローガンの身体にすがりつく。
 何も願うことも伝える事も出来ないレナに、宥めるような優しいくちづけが落された。
 物言いたげなローガンの片目を見つめ、レナはその腕にもたれかかって別れを惜しんだ。

 ローガンが不在になってもレナが部屋から出る事を許されたわけではなく、顔を合わせるのは世話を焼いてくれるメイドひとり。
 だが、主が居ない気安さからか彼女はようやく口をきいてくれるようになり、しきりにレナの事を案じてくれた。
 そしてどうか、ローガンを恨まないで上げてほしいと訴えた。

「将軍様もお可哀相な方なのです。彼もかつてあの領主が治める土地に住んでいた際、家族や大切なものを全て奪われたそうです。あの髪や片目も、本来ならば薬で治るような病だったのにろくな治療も受けられずあのような……必死に努力なさって今の地位を手入れられたのです。そして、あの領主に必ず報いることを目標にされていました」
「そう……なの」

 ローガンの過去を知ったレナは、彼がなぜあそこまで自分を執拗に攻め立てたのかを理解できた気がした。
 同じように虐げられる立場だったレナが、領主の傍でぬくぬくと生きてきた事が許せないのだ。
 そんな思いを抱える彼に愛されるわけなどないと気が付いたことで、自分がローガンを深く愛し始めていた事を思い知らされた。
 身体から始まったとはいえ、あそこまで誰かに必死に求められた事などなかったレナは、ローガンに心を奪われていたのだ。

(私が領主たちの事を知らないと言い続けていれば、その間はローガンさまの傍にいられる……?)

 ほの暗い感情に苛まれながら、一人ローガンの帰りを待っていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれ変わったら極道の娘になっていた

白湯子
恋愛
職業専業主婦の私は、車に轢かれそうになってた子どもを守ろうとして死んでしまった。しかし、目を開けたら私は極道の娘になっていた!強面のおじさん達にビクビクしながら過ごしていたら今度は天使(義理の弟)が舞い降りた。やっふぅー!と喜んだつかの間、嫌われた。何故だ!構い倒したからだ!!そして、何だかんだで結婚に焦る今日この頃……………。 昔、なろう様で投稿したものです。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

貴方とはここでお別れです

下菊みこと
恋愛
ざまぁはまあまあ盛ってます。 ご都合主義のハッピーエンド…ハッピーエンド? ヤンデレさんがお相手役。 小説家になろう様でも投稿しています。

【本編完結】副団長様に愛されすぎてヤンデレられるモブは私です。

白霧雪。
恋愛
 王国騎士団副団長直属秘書官――それが、サーシャの肩書きだった。上官で、幼馴染のラインハルトに淡い恋をするサーシャ。だが、ラインハルトに聖女からの釣書が届き、恋を諦めるために辞表を提出する。――が、辞表は目の前で破かれ、ラインハルトの凶悪なまでの愛を知る。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

ずっと温めてきた恋心が一瞬で砕け散った話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレのリハビリ。 小説家になろう様でも投稿しています。

内気な貧乏男爵令嬢はヤンデレ殿下の寵妃となる

下菊みこと
恋愛
ヤンデレが愛しい人を搦めとるだけ。

処理中です...