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 手首を固定する革紐がきつく食い込む痛みを耐えるように、レナは唇を噛み締める。

「吊るされているというのに悲鳴一つ上げないとは強情だな。それともこうされるのがいいのか?」
「ああっ!」

 長く容のいい指が痛みだけではないものを与え始める。
 我慢できずに口からこぼれてしまう甘く熱を持った自分の声をどこか遠くに聞きながら、射殺さんばかりに鋭い瞳で自分を見つめてくるローガンを涙の滲んだ瞳で見つめたのだった。


***


「レナ、喜ぶがいい。春祝祭でお前のお披露目が決まった。必ずや王太子をその魅力で籠絡するのだぞ」
「わかりました、おとうさま」

 下種に笑う義父を見つめながら、レナは眉ひとつ動かさずに静かな返事を返す。
 透き通るようなプラチナブロンドに蕩けたはちみつ色の瞳。小柄ながらも自信に満ちたようにすっと背を伸ばし立っているレナは、領主である義父の自慢の娘《人形》であった。

「今日までお前を大事に育ててやったのはこのためだ。私の期待にしっかりと応えろ」

 唇を歪めながら、自らの欲望を隠そうともしないその表情は醜悪そのもの。
 気持ち悪い、と吐き捨てそうになるのを必死でこらえながらレナは深く頭を下げ、義父の部屋を出た。

「……本当に私を王太子に差し出すつもりなのね。うまくいくと思っているのかしら」

 重い気持ちを引きずるように廊下を歩きながらレナは深いため息を零す。
 特に力のない領主の娘。しかも養女である自分が王太子妃になれるなどと夢見ている養父は愚かだと思いながらも、レナはそれを口にはできない立場だった。

 レナは領主の子どもではない。
 かつては孤児院で暮らしていたみなしごの一人だった。
 幼い頃は確かに両親がいたが、気が付いた時にはいなかった。捨てられたのか、死んだのか。家族を恋しいと思った記憶がないわけではなかったが、孤児院には似たような境遇の子ども達が居て寂しいと思う間はなかった。
 特に、同じころに孤児院にいた二つ年上の幼馴染はいつもレナを励ましてくれて、いつか大人になった時も彼と一緒に生きてくのだと信じていたくらいだ。
 そんな幼い思いは、大人の都合で簡単に踏みにじられてしまう。

『その娘を渡さなければ、孤児院への支援は打ち切りだ』

 突然現れた領主は、青ざめる孤児院の院長にそう告げた。
 成長するにつれて美しさを増すレナの噂を聞きつけ、自分の道具になる養女にしたいとやってきた領主。
 彼は自らの懐を肥やす事ばかりに熱心で、領民の生活の事など何も考えていないような存在。
 そんな相手に子供を差し出す事を躊躇っていた院長だったが、支援の打ち切りという最終手段を取られては断りようがなかったのだろう。
 救いを求めるような顔をして、幼いレナを見つめていた。
 何もかもままならない、と思いながらレナは孤児院の子ども達への手厚い支援を条件に、さながら生贄のように養女となる道を選んだ。

 ともすれば虐待同然の厳しい教育に、レナはへこたれなかった。
 もし自分が逆らえば、孤児院の彼らが窮地に立たされてしまうと、必死だった。
 あの場所だけは守りたかった。



 それから十数年の時が過ぎ、レナは十八歳になっていた。

 本来ならばとっくにデビュタントをすませているべき年齢ではあったが、いまだに社交界に顔出しすらしていない。
 病弱な王太子が婚約者さがしの壇上に立つまでは、レナの美しさを隠しておきたいという領主の浅はかな目論見により、半ば屋敷に幽閉されるような生活を送らされていた。
 だが、適齢期を過ぎてしまえばいくら美しいとはいえ王太子の相手にはなれない。
 このまま王太子が婚約者探しをしないのならば、王家に次いで力のある貴族相手の政略結婚をさせられるか、あるいは。

「レナ、こんなところにいたのか。俺の部屋に来いと言ったはずだ」
「お義兄さま……」

 うんざりした顔を隠そうともせず、レナは自分に話しかける義兄に視線を向けた。
 義兄は、美しく成長したレナに目をつけ、あわよくば自分の妻にしたいという欲を隠そうともしていない。
 父親である領主も何度もかけ合っているのを何度も聞いた。
 そのせいで、養女の存在を嫌っている義母や義姉達から更に目の仇にされる事が増え、レナは頭が痛かった。
 こうやって話しているところを見られたら、また酷い嫌がらせをされてしまうと、警戒しながら周りを見回す。

「おとうさまに呼ばれていたのです。次の春祝祭に出る事が決まったそうです」
「……なんだと!!」

 義兄の顔色が変わる。聞かされていなかったのだろう。
 領主は手間暇をかけて育てた道具《レナ》をいくら可愛くとも息子に与えるべきか迷っていた。
 その矢先、この話が出たのかもしれない。

「父上め……!!」

 吐き捨てるように呟くと、義兄は踵を返し乱暴な足取りで去って行く。

 その背中を冷めた気持ちで見送るレナは、相手が誰であれ自分にはなんの自由もないのだと、諦めの表情を浮かべていた。
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