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サブイベントep1
第31変 彼女は知らない
しおりを挟むこれは彼女が知らない彼らの一コマ。
~シアン視点~
透き通るような滑らかな白い肌に、長く美しい黒い髪。ややつり目がちの瞳に宿っているのは鮮やかなマゼンタ色。スラリと伸びた手足に、豊満な胸。そのしなやかな体運びから繰り出されるのは、度肝を抜くほどの威力を発揮する蹴り――
今日も今日とてルチアーノは例の変態さんを吹っ飛ばしていた。
新世校は校舎全体に魔力が込められているため、一度壊れた壁も二、三時間も経てば勝手に修復する。しかし、彼女と変態さんのやり取りが最近多いせいか、彼女が歩いた道筋に転々と壁の大きな穴(いくつかはフルパワーだったのか、変態さんが真っ直ぐ通り抜けたであろう楕円形の穴が綺麗に残っている)や地面が不自然に抉れてる(微妙に土が赤黒い)場所がある。
「ええと、これってなんて言うんだっけ……惨状?」
彼女がどこを歩いたのかがひと目で分かる状態に思わず苦笑が漏れたが、その直後、スッと感覚が冷える。だって、この状況はつまり、彼女がそれだけ変態さんと関わっているっていうこと……。彼女の手が足が、変態さんに触れているということ……。
「やっぱり――邪魔だな」
ボソリと低い呟きが自分から漏れたことに驚く。
(危ない危ない。独り言の癖が抜けてない……誰にも聞かれてないよね?)
思わずキョロキョロと辺りを見るが、誰も僕には気付かず、各々の授業へと急いでいるようだった。研究室に籠ってばかりで、ついつい独り言を呟いてしまう癖がついてしまったことが悔やまれる。
(ルチアーノには特に聞かれたくないし、見せられないからね)
黒いポーチをサラリとなでると、カチャリと鳴る硬質な音……。
「今日こそは仕留めてやる――って、いけないいけない。また声に出ちゃってたよ……」
ボソボソと一人で呟く癖がやはり抜けず、爆弾発言をそこらじゅうに投下させながら、僕は気配を消してこの間見つけたポイントへと移動した。
★ ★ ★
裏庭の大樹の後ろで、僕は水色の花々に囲まれながら気配を消し続ける。やがて、特大のコッペパンに大盛りミートソーススパゲッティを挟んである西の購買名物【デカスパンミート】とイチゴミルクを片手にルチアーノが現れた。彼女は落ち着かない様子で辺りに微量な魔力を散布させている。自身の魔力の散布はセンサーの役割を担う。身体能力だけでは変態さんに太刀打ち出来なかった彼女が、最近試みようと頑張っている探知方法だ。
ただ、彼女は魔力の扱いが苦手らしく、なかなか上手く出来ていないのが現状だ。もともと僕が気配や魔力を消すのが得意ということもあり、ここにいることをいとも簡単に隠せてしまう。
(ルチアーノってば、今日も必死になってキョロキョロしてるのに、やっぱり僕がここにいることに気付いてないみたい……ああ、もう、本当に可愛いなあ)
彼女の様子を眺め、表情を緩める。もちろん、気を抜いて気配がばれるようなヘマはしない。
(今回こそ、成功させなくっちゃダメだからね……)
前に一度だけ、魔薬の匂いで隠れているのがバレてしまったことがあったので、今回は匂い消しの魔薬も使い、バッチリの対策をしてきた。待機場所も彼女の行動をシミュレートして絶好のポイントを確保できた。
(うん、今日はやれる気がする)
思わずニヤリと黒い笑みを出してしまった僕に全く気付く様子のない彼女が、頬を緩ませて口いっぱいにパンを頬張り始める。
(ああ、ルチアーノ……口元にいっぱいミートソースが付いてるよ)
思わず今すぐに飛び出して行って口元を拭ってやりたい衝動に駆られるが、グッと我慢する。彼女が口の周りを器用にペロリと舌で舐めとった時、僕の視界に変態さんが入り込んできた。
(……ターゲット、確認)
ルチアーノの傍でハアハアと何かを言っている長い金髪の青年を見つけ、ギリリと奥歯を噛み締める。
(今は――我慢、ガマン、がまん……うん、殺気も出さないようにしないとね)
じっと時を待っていると、ルチアーノが変態さんに渾身の一撃をお見舞いし、その場を後にした。変態さんは土にめり込んだ状態で気持ち悪いほどに悶えている。僕は変態さんにしっかりと狙いを定め、大きく息を吸い込む。変態さんが一番気を抜く瞬間……
(今だッ――)
フッと大きく息を吐き出すと、変態さんの首の後ろめがけて20cm程の長さの針が飛ぶ。変態さんはその場から動く気配もなく、針は見事に命中した。
(よし……)
様子を見ていると、変態さんはむくりと起き上がり、面倒くさそうに溶けかけている針と周りの肉を剥ぎ取った。
(――って、えええぇぇぇ!!! いきなりのスプラッタ!?)
予想だにしない行動に、目を白黒させていると、首の後ろにあった金髪を赤く染めながら彼はこちらに視線をよこした。右頬が急に熱くなり、ついで感じた痛みにサアッと血の気が引く。何の予備動作もなく、彼は僕が放った針を投げ返したのだ。それが分かったのは、後ろの大樹が倒れ、少し酸味の効いた独特の刺激臭が辺りに充満していたからだ。見えないけれど、分かる。今、後ろの大樹は青紫色の気体を出している。
そう、僕が作った毒の効果で大樹は倒れたのだ。
むろん、証拠隠滅のため、中にある毒が針からすべて抜ければ空気と反応し、針も青紫色の気体となり消えるよう設計した。その毒針はしっかりと彼めがけて放たれたはずだ……。僕は毒への耐性が強いため、頬をかすってもこの毒が自分に効かないのは分かっている。でも……それじゃあ、なんで彼は立っていられる?
(えっと……? 当たった――よね?)
思わず、彼の赤く染まった首元の髪を見つめる。
(うん。当たったよ? 当たったはずなのに……なんで変態さんはピンピンしてるの!?)
致死量には達していないが、ニ、三日は動けない量の毒を調合したはずだ。それなのに、彼は元気そうにこちらを見下している。彼はフッと僕を馬鹿にしたように笑い、ルチアーノの後を追った。彼の首の後ろの傷は、いつの間にかもう完全に塞がっていた……。
★ ★ ★
「……今回は絶対いけるって思ったのに」
変態さんをなんとかできなかったのが悔しくて、まだ先程の場所から動けていない僕は、体育座りになり、ギュッと膝を抱え込んだ。
「というかさ、いつもいつもいつも、僕の渾身の毒針をかわしまくるのって酷くない? 今日は初めて当たったけどさ……僕、これでも隠密スキルはすごく高いはずなのに……暗殺学の授業ではトップクラスだったのに……」
ボソボソと恨みを込めて呟いた後、ふうっとため息をつく。
「とにかく、今度は毒を改良――」
「おい、ここで飯にしよーぜ」
突然聞こえてきたガラの悪そうな低い男の声に驚き、息と気配を潜める。二本向こうの大樹の下に、浅黒い肌に黒いバンダナを巻き、銀髪をツンツンに立てている学生がいた。
「えぇ、僕は水辺がいいな~」
間延びしたやや高めの声は、どうも別の男のようだ。大樹に隠れて上手く見えないが、どうやら黄緑色の髪で、髪型はおかっぱのようだ。
「てめぇは俺様の取・り・巻・きだろうがッ! なんで俺様に意見すんねん!?」
「ああ、うん、ここでもいいけどね~別に。僕には関係ないし~」
銀髪ツンツンくんは僕にとって非常に狙いやすい位置で黄緑おかっぱくんにギャーギャーと喚いている。その時、ふと、思う。
(そういえば、この毒、生き物での実験はしてなかったな……植物ならしたけど、もしかして、無精霊植物にしか効かない毒だった?)
チラリと後ろで倒れている木を確認したが、やはりこの木も無精霊植物のようだ。裏庭の木は寿命が終わっているものが多く、その根元から現在新しい有精霊植物が芽吹いているところだ。おそらく、ちょうど世代交代――いや、生え変わり(?)の時期なのだろう。
「はあ!? てめぇに関係大アリやろッ! 俺様がここで食べるって言や『そらええな~ここは空気もええし、ご飯には最適やで~』ぐらい言えやッ!!!」
「えぇ、なんで~?」
「てめぇが俺様の取り巻きやからやッ!!!」
僕は掌に握ったままだった黒塗りの吹き針用の筒と銀髪ツンツンくんを交互に見つめる。
「それよりも~早く食べないとご飯冷めるよ~?」
「それよりも~じゃねーよッ! つーか、なんでてめぇが俺様より先に飯食ってるんやッ!!!」
僕はおもむろに筒に次の毒針を仕込んだ。
「話が長いから~?」
「ダアアアァァァッ!!! てんめぇはグッ――」
毒針を受けた銀髪ツンツンくんは刺さった瞬間に即効で倒れた。
(やっぱり、毒の効果はしっかりあるみたいだ……無精霊植物限定の毒反応なんかじゃなく、やっぱり変態さんが特殊なだけか……)
パリポリ――モグモグ――パリポリ――
隣で銀髪ツンツンくんが青紫色の煙を出しながら倒れているのに、黄緑おかっぱくんはひたすら何かを食べているようだった。
(うん……別に二、三日経てば起きる毒だし、放置していいよね……)
僕はそのままそっとその場を後にする。
こうして僕は、今度こそ邪魔な変態さんを討ち滅ぼす――じゃなかった……少しばかり動けなくするような毒薬を作るべく、再び研究室で実験を重ねるのだった……。
~シアン視点END~
★ ★ ★
「ほらね~だから、水辺がいいって言ったのに~」
黄緑髪のおかっぱ頭の青年が、キュウリに【秘伝】と書かれた緑色のタッパー内の何かをつけて食べながら眉毛をハの字にした。
「助けん――かいッ!」
銀髪の青年がギロリと殺気を込めた目でおかっぱ頭の青年を睨むが、彼はまったく動じていないようだ。瞳の色が分からないほどの糸目を隣で倒れて動けないでいる銀髪の青年へと向けた彼は、軽快な音を立てながら変わらぬスピードでキュウリを食べ続ける。
「うーん、命には別段問題ないだろうし~」
パリポリ――モグモグ――
「ご飯食べ終わったらね~?」
ゆったりと流れる温かい風に目をより一層細め、おかっぱ頭の青年は微笑む。銀髪の青年は顔を真っ赤にしたり、真っ青にしたりを繰り返しながら、暴言を吐き続けるのだった。
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