お助けキャラは変態ストーカー!?

雪音鈴

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第2章 深海の檻が軋む時

第22変 人魚の猛毒は全身に(中編)

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 咄嗟に手を伸ばして触った彼の頬はとてもスベスベしていて羨ましいほど手触りが良かった。彼の白くてきめ細やかな肌が赤く色付くさまは、本当に愛らしく、思わずその気持ちのいい手触りを堪能しつくして彼を困らせてみたいなあ……なんていうイタズラ心まで湧いてきてしまいそうだ。

「え、な、ななな、何かな!?」

(うん、そういう反応を返されると余計にイタズラ心が刺激される……まあ、今はやらないけど――)

 私はイタズラ心を心の奥へと押しやり、彼の頬に手を伸ばしてしまった理由を頭の中で整理する。とりあえず、やってしまった行動というのは収集がつかないので、正直な言葉を彼にぶつけるのが良いだろうと結論付け、私はそっと口を開いた。

「……あのね、シアン。シアンの目は綺麗だからさ、顔、あげた方が良いよ。目が見えないと話してて不安になるし――」

 その言葉に、シアンはしばしの沈黙の後、魚のように口をパクパクさせながら顔を青くしたり赤くしたりしている。

(??? もともと、人魚だし、関係あるのかな?)

 あまりに不思議で面白い行動にじぃっとその様子を見ていると、彼の瞳がうるうると涙の膜を張り始めた。

「わっ! ご、ごめんね! 急に捕まえて!」

 急いで彼の頬から手を離すと、彼は緩く首を振りぼそりと何かを呟いた。いくら耳の良い獣人と言えど、言葉半分に飲み込まれた言葉は聞き取れない。何やら『君は本当に――』などと言っていたようだが、後半は分からない。

「ごめん、やっぱり嫌だったよね……」

「ううん、ぜ、全然嫌じゃないから!!」

 少しばかり肩を落とした私に、顔を真っ赤にしながら必死にそう言ってくれる彼にホッとする。

(てか――シアンって本当にいい子だよね……この子のどこがネガティブヤンデレなんだろう?)

 ふと、シアンの可愛らしい反応からそんなことが頭をよぎり、ゲームの内容と現在目の前にいる彼との違いを考えてしまう。その時、不意にゲームでも見慣れていたネガティブの要因――彼の目の下にあるくまが心配になってきてしまう。きっと、日々の研究のせいであまり寝ていないのだろう。ついつい、お母さんのような世話焼きの心が出てきてしまい、眉が下がる。

(まあ、くまはあるのに肌スベスベとか――ズルイと思わなくもないけど……。だってさ、前世の私なら夜ふかししたらもれなく『肌の調子は絶不調☆』が付いてきたんだよ?)

 やっぱりこの世界はイケメン養育所かなにかだ――などという思いをなんとか意識の端に追いやり、私はシアンの綺麗な顔に浮かび上がる隈を見つめる。

「……ねぇ、シアン――あの後ちゃんと寝た?」

「え、ああ、うん。寝たけど……どうして?」

「隈がひどいから……体は大事にしてね――」

 シアンの体調を考えて優しくそう言うが――どうもその言葉が彼が持っていた何らかの琴線に触れてしまったらしい。その群青色の綺麗な目を大きく見開き、とうとう、その瞳からポロポロと綺麗な結晶が零れ落ちてしまった。ギョッとして辺りを見渡すが、周囲には私とシアンと崩れた外壁の破片の中でハアハア頬を上気させている変態さんシェロンしかいない。

 私は瞬時に戦闘服たいそうぎの黒い上着を脱ぎ、彼の頭からかぶせる。もちろん、戦闘服たいそうぎの下にはちゃんと黒いTシャツを来ている。あ、黒いTシャツには推しキャラのイラストとかショタ最高なんていう変な言葉とかないからね! 普通の無地のヤツだからね!!!

 え、それじゃあ、前世では持ってたのかって?
 ほ、ほら、そういう情報別にいらないよね?
 今、関係ないからな、それ!!

 シアンよりも私の方が大慌てだが、とりあえず、シアンの顔を周囲から隠すようにしっかりと上着を被せる。人魚はこの世界で絶滅寸前の種族だ。その涙である結晶もその血肉も非常に高価で、下手をすればこの学校の中でさえ、売りさばかれる危険性がある。それに、もし、シアンの特殊な体質が知られれば、それはそれで実験体として扱われてしまうかもしれない。

「シアン、とりあえず、ちょい汗臭いかもだけど、しっかり被っててね」

 ちなみに、着替え用に持ってきていた軍服せいふくはシェロンが持つと言ってきかなかった(駄々をこねた)ので、面倒臭くなり、預けてしまっている……つまり、それが入った袋は彼の異空間の中――自分の意思で咄嗟に取り出せないため、やはり自身で異空間収納ができないのは本当に面倒だと思う。

(……うん、今、ものすごく更衣室で着替えてこなかったことと着替えを変態さんシェロンに預けちゃったことを後悔してる。ほんと、何が悲しくて講義で汗だくになった後の上着を攻略対象に被せなきゃならないんだ……男女が逆ならまだときめきポイントがあったかもしれないけど――乙女なのに汗臭いってのはかなり切ない……。とりあえず、シアン、君のためだ。少しの間その汗臭さを我慢して、その後はこのことを忘れてね!!!)

 私が少し乙女としての尊厳を意識の端にやっていると、シアンが上着の中から声をあげる。

「そ、そそそ、そんなことないよ! ルチアーノの良い香りが染み付いててちょっと落ち着かないけど、むしろ嬉しいというか、ずっとこうしてたいっていうか、あ、でも、僕にはちょっとまだ刺激が強いというか――じゃなくて、ご、ごごご、ごめん――その、僕……!」

「謝るのは後! とりあえずは――うん、シアンの研究室に行こう!」

 シアンの反応からどうもそこまで汗臭くはなかったようだと分かったので、少々ホッとしながらも、たぶん、現状を見ていないだろうシェロンをその場に置き去りにし、私達はシアンの研究室へと向かうべく早足で歩きだしたのだった……。
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