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田辺先生って案外策士なんだよね……

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(どうしよう、まさか小瀬さんが……?)

 僕は先程の事を考えながら、他の三人と共に研究棟の階段を登っていく。

 その時、微かな絵の具の匂いと共に、「ああ、日の光が……」という呟きが聞こえてきた。
 見ると、二階と三階の間にある踊り場に飾られた一つの大きな絵画の前に、背の高い男が立っていた。
 男に向かい、奈央がニヤニヤとからかうように言う。

「あれ? 田辺先生! こんな所でサボりですか?」

「誰がサボりだ! 今は休憩中なんだよ」

 缶コーヒーを軽く見せ、田辺が休憩中をアピールする。

「この絵……」

 おもむろに発せられたレイの言葉により、一気に田辺の後ろの絵画へと興味がいく。

「ほう、この絵画の製作者にはかなり好感がもてるな。無垢な少女が纏う血のような色のドレス! 美しい!」

 僕は変に芝居がかったアルの賞賛を無視し、壁一面に広がる大きな絵を眺める。

 虹の橋が青空に大きくかかり、色とりどりの花々が柔らかな風に揺れている中、可愛らしい少女がこちらに笑いかけている。全体的に古ぼけていて、少し色あせてしまってはいたが、童話の挿絵にでも使われていそうな絵であった。

「なんか、大学内にあるにしては可愛い絵だね」

 『大学内にあるにしては』というのは偏見かもしれないが、僕は思った事をそのまま言ってみた。

「『未知』と言う題名の作品だよ。その名の通り、未知数の希望にあふれた学生に向けての絵画ってところだな」

 田辺が缶コーヒーを飲みながら説明を加えてくれた。

「質の良い品だし、この絵画の本質も分かっているつもりだが、こんなに直射日光が当たる位置じゃあなあ」

 そんな言葉をこぼしながら、彼は忌々しそうに雲間から差し込んだ光に目をやっていた。

「ええと、田辺先生は絵がお好きなんですか?」

「ああ。好きだね。趣味でもあり、仕事でも――って、ああ……残念ながらそろそろ講義の準備があるから、休憩は終了だな」

 僕の問いの答えもそこそこに、田辺はまた後でなという言葉を残し、階段を下りて行った。
 先生が消えた先を見ながら、レイが首をひねる。

「あの先生、変な感じがする……ような?」

 その言葉を聞き、僕も首を傾げる。

「え? うーん……レイが何か感じたって事は、田辺先生が何か鍵を握ってる可能性が高いのかな?」

 僕達の中で一番気配に敏感だという事もあってか、こういう時のレイの勘はほとんどが当たる。

(これなら思ったより早く解決するかも?)

「わかんない。ただ、嫌な感じは……あんまりしない? というよりも、どこかで……」

 レイは珍しく難しい顔をしながら考え込んでしまう。

「そっか……まあ、そう簡単にはいかないよね」





 ◇ ◆ ◇





 研究棟の三階にある冷凍室。現在は物置と化してしまったその一室の前に到着するなり、奈央が七不思議の一つである『実験動物の鳴き声』の話を語りだす。

「昔、この部屋では鶏やモルモットなんかが飼われていて、毎日毎日残酷な実験が行われていたらしいんだ。だからかな? この部屋からは時折、その『実験動物の鳴き声』が聞こえるんだって。その声は本当に悲痛で……だけど、そこで同情をしてはいけないんだ」

「な、なぜだ?」

「それはね、そう思ってしまったが最後、実験動物達が囁くんだ……」

 アルの言葉を受け、奈央がゆっくりとそう語る。
 そして、その言葉を引き継ぐようにレイがそっと囁いた。

「じゃあ、代わってよ…………ボクタチト」

「のわあああああぁぁぁ!!! ――って、レエェェイ!!! 気配を消して後ろから出てくるなああああぁぁ!!!」

(まったく、怖いなら聞かなきゃいいのに……)

 アルの騒ぎっぷりを横目に見ながら僕がそんな事を思っていると、戸口に何やら小さな傷がついているのを発見した。そして、そこには何やら紅いモノが擦りついていたのだった。

 これ……と言う僕の言葉に反応し、皆がその痕を見つめる。

「まさか、血!」

「いや、血ではないな。まあ、この優秀なヴァンパイアの私が言うのだから、間違いはない!」

 目を輝かせた奈央の言葉に、アルがそう答える。

(……二人の反応は気にしない方向性でいこう)

「じゃあ、これは何なの?」

 不満そうに言う奈央に対し、僕は鼻をひくつかせながら答える。

「うーん……匂いが薄すぎてわかんないな……」

「そっか……残念だけど、わからないなら仕方ないよね。それじゃあ、さっそく中に入ろう!」

 奈央は気を取り直してそう言い、扉を開けた。

「う……何だろうこの匂い……頭がくらくらする」

 思わず両手で鼻を押さえた僕のことを、奈央が不思議そうに見てくる。

「え? そう? 別に何も感じないけど……」

「なんだ? この大量のブルーシートは?」

「ああ、アル! 乱暴に扱わない方が良いよ。大切な実験用品かもしれないし――」

 アルが引っ張ったブルーシートを息を止めながら元の位置に戻し、僕は再び鼻を押さえながら周囲の様子へと目を向けた。

「大きな物にだけかけられてるね。物置だから?」

「あれ? 言ってなかったっけ? 今日はここの物を魔鏡棟一階にある物置に運ぶんだよ」

 奈央の言葉で、僕はようやく思い出した。

「ああ、僕達が運ぶ予定の物か…………これ、全部――」

「そう、田辺隆介先生との交換条件で……ね」

 奈央が嫌そうな顔をする。七不思議についての交渉時、奈央にしては珍しく面倒事を押し付けられたのだそうだ。もちろん、僕達も強制的に労働に駆り出される予定だ。

「ねぇ、鳴海の感じた匂い……どこからする?」

 レイが小首をかしげて聞いてきた為、僕は渋々鼻を覆っていた手を退ける。

「うーんと……ここら辺かな?」

 匂いの源を辿ると、一つの小さな木箱に行き着いた。

「えっと……開けてみる?」

 僕の言葉に、全員が興味津津という感じで頷いた。
 僕はその反応を確認した後、さっそく木箱を開けてみた。

「え!!! これ……は…………」

 箱を開けた瞬間、先ほどから漂っていた匂いの濃度が増し、勢いよくそれを吸い込んでしまった僕は、意識を手放してしまったのだった……
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