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深まる謎――こうでなくっちゃ、つまんないよね
しおりを挟む「ねぇ、レイ? 致死……何とか不眠症っていったい何なの?」
最上の研究室を後にした僕達は、一旦、魔鏡棟の外に出てきている。
そこでふと、先ほどうやむやになってしまった病名を口に出す。
「致死性家族不眠症……簡単に言うと、眠れなくなって最後には死んじゃう病気。珍しい病気で、日本でこの病気にかかっているのは数家系のみ。そして、それに対する根本的な治療法は……まだない」
淡々と説明していくレイにいつもながら感心する。レイは、医学・薬学関係の知識が豊富にある為、こういう時、すごく頼もしい。
「この病気の怖いところは、遺伝子的なものだということ。つまり……親から子へと渡る可能性が高い」
(最上さんのあの動揺ぶりからして……もしかして家族にそんな人がいるのかも?)
レイの言葉に、そんなことを思案していると、「ここに何か跡があるぞ!」というアルの元気な声が聞こえた。アルの紅い瞳の先を見ると、魔鏡棟の壁近くの地面に、大きなへこみがあった。
「何か大きな物や重い物が落ちた跡っぽいね」
僕の言葉に、奈央が上を見て指をさす。
「あ! 屋上の所に何か大きくて丸っぽい出っ張りがあるよ! あれは――もしかして、滑車? ああ、うーん、じゃあ、小瀬さんが見た七不思議の一つ、『屋上の飛び降りの霊』はこれが原因かも……。あそこの研究室って、小瀬さんの所だよね? さっき小瀬さんが言ってた白い何かって、滑車の先に取り付けられた運送用の箱に、白い布でも被せてたんじゃないかな?」
奈央が言うように、滑車の綱があったであろう場所は、三階にある小瀬さんの研究室の窓枠と、二階にある最上さんの研究室の窓枠あたりを通過するような位置である。
「でも、運送用の箱がないなあ。この地面のへこみから考えて……ここに落として誰かが持って行ったってことなのかな?」
「うーん、そうなるのかな――って、あれ? 待って、この方向!! さっき最上さんの所にいた時、なんかカラカラって何かが回るような音がした後に、ドスンッって何か重そうな物が落ちたような音が聞こえたから、もしかしたら、運送用の箱が落ちた音だったのかも!!!」
「――ってことは、誰かが持って行ったのはさっきか……余計に謎が深まるね」
(いったい、何のために?)
僕達が考え込んでいると、しびれを切らしたようにアルが叫ぶ。
「おい! いつまでそこで無意味な時を過ごすつもりだ。もうここに手掛かりがないのなら、屋上に行くぞ!」
馬鹿と何とかは高い所が好きとはよく言ったもので、アルはウキウキしながら歩き出していた。
「学内で一番高い屋上! 高貴な私になんてぴったりの場所なのだ!」
もう心は屋上に行ってしまっているらしい……。まあ、どちらにせよ屋上には行くつもりだったし、アルの言い分も、もっともである。
(ここにいてもこれ以上の収穫は――)
「ん? これは……」
突然そう呟き、アルが木の幹を凝視する。
「五芒星……?」
いつの間にか僕の隣に来ていたレイが、ふと呟く。
そう、レイが言ったように、その幹には丸の中に五芒星が刻まれていた。五芒星……まあ、平たく言えば、一筆書きの星印である。
その言葉に、奈央が目を輝かせる。
「誰かのイタズラかな? それとも、七不思議の影響もあって、魔除けみたいな感じで描いたのかな?」
面白そうに言う奈央に対し、アルが口を開く。
「陰陽道では魔除けの呪符として伝えられているから、その考えも一理あるかもしれないな。しかし、ウィッカンの象徴である可能性もはずせない。ただのイタズラ……なのか?」
彼にしては珍しく、真剣な表情である。
その言葉の中に聞きなれない単語を耳にし、僕は思わず聞き返した。
「ウィッカン?」
「ああ、ウィッカンとは、簡単に言うと魔女の事だな! ウィッカという宗教的なものを信仰している人間達の事で、自然と神、主に女神を崇拝していたと記憶しているぞ! 民俗療法の為、ハーブを重要視する傾向もあったはずだ!」
「へぇ。魔女っていうから、召喚とか呪術とかそっち系を想像しちゃったけど、そういう魔女もいるんだね」
僕の質問にいちいち大げさな動きを付けて説明してくるアルが、正直かなりウザかったが、素直に感心する。アルは僕やレイよりも長く生きているだけあって、いろんな知識を持っている。
まあ、かなり偏りはあるみたいだけど……。
「そうだろう! そうだろう! 私は博識なのだ! さあ、鳴海! 遠慮せず私を敬え!」
「……よし、屋上に行こうか」
(アルを調子に乗せるのはやめよう)
僕はそう思いながらまだうるさく何か言っているアルを残し、木々の間を抜ける。
「わっ!」
開けた通路に出た瞬間、誰かとぶつかりそうになり、とっさに後ろへ飛び退く。僕とぶつかりそうになった(ちょっとぽっちゃりした体形の)女子大生は、軽く悲鳴を上げ、持っていたファイルを落としてしまった。
僕は慌てて謝りながら散らばってしまった紙を拾い上げる。
(ん? アロマテラピー?)
複雑な数式が並ぶレポート用紙に混じり、明らかに場違いな資料の言葉が目に留まる。その資料には、たくさんのマーカー線が引かれていた。
「こ、こちらこそすみません」
僕が見ていた資料を勢いよく奪った彼女は、もごもごとそう言いながら資料をきつく握りしめた。
「あ、その……アロマテラピー、好きなんですね」
何となく居心地が悪くなり、僕は彼女にそんな話を振ってみる。
「え? いや、その……これは、あの……」
僕の切り返しがあまり良くなかったらしい。
彼女は支離滅裂な事を言い、真っ赤な顔で俯いてしまった。
(ど、どうしよう……)
僕が対応に困っていると、後ろから奈央の声が聞こえた。
「あれ? 優衣ちゃん?」
(え? それじゃあ、この子が……依頼人?)
奈央の言葉に、思わずまじまじと彼女を見つめ直す。顔の輪郭に合わせてセットされた柔らかな栗色の髪はふんわりと広がっていて、長さは顎まで。瞳の色は髪と同じく柔らかな栗色。優しそうな顔立ちで、全体的にほんわかした感じかな?
僕の隣へとやってきた奈央が、橘に優しく質問する。
「こんな所でどうしたの? 確か一限目は必修の授業だったよね?」
「あ、あのね、ちょっと早く終わったの。それで、今日提出のレポートを出そうと思って……」
橘は奈央の言葉に答えながらも、僕達の事が気になるようでチラチラと視線を送ってきた。その後、視線の先に気付いた奈央が、互いの紹介を始めるのだった。
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