魔法使いの愛しの使い魔

雪音鈴

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☆ Familiar9☆ 使い魔の扱われ方

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 そのまま彼らを観察し続け、私がウトウトし始めた(おそらく十分も経っていない)頃、唐突に怒声が響いた。

「ケテル、こんな所にいたのか!?」

 声の方向を見ると、ウェーブのかかった長い紫色の髪を丁寧に後ろで束ねている男がいた。正直、イケメンはイケメンなのだが、あのつり上がった紫色の瞳に傲慢な態度は、私の嫌いなタイプだと判断できた。

「あ、兄上様! なぜここに!」

(兄上様? あ、じゃあ、アイツがケテルの兄のシリルか!)

 もう一度じっくりとシリルを見つめると、確かにあの嫌みな顔はケテルそっくりだった。ケテルはと言うと、兄の登場に顔面蒼白状態になっており、アローナはいつの間にか勉強道具をしまい、いつでも給仕できる状態になっていた。

「休暇中だから来たまでだ。それにしても――」

 シリルがアローナの肩に何気なく手を置いた。

「あの程度では堪えなかったのか……ケテルは本当に良い使い魔を持ったなあ」

 その言葉に、ケテルは張り付いた笑みを浮かべた。相変わらず顔色は悪いが、なんとか体制を立て直そうとしているようだ。その様子を見て、嫌なモヤモヤ感が募る。

「いえいえ、兄上様。アローナは何をやらせても鈍臭く、良い使い魔とは言い難いです」

「ほう、では、悪い使い魔なのか?」

「良くも悪くも、普通の使い魔なのですよ」

 ニコニコとそう言うケテルに、シリルはニタリと笑った。

「それでは、今日も罰が必要だなあ! このワーグナー家で普通の使い魔など、名を汚すだけではないかッ!?」

 シリルの言葉に反応するように彼の腕に紫の蛇が現れ、アローナの首へと巻き付く。

 店内には従業員以外に誰もいなかったが、使い魔への罰――特に貴族が行う胸くそ悪い罰は日常茶飯事に起こるため、たとえ客がいたとしても、今の従業員達と同じように見て見ぬふりをしていただろう。

 誰も、面倒なことには関わりたくないのだ。それが、人権を持たない使い魔なら、なおさら――。

 私はアローナの首が絞められそうになっているのを見過ごせず、前に飛び出し、蛇を白い煙に変えた。私の登場にシリルが素早く後ろに下がり、ケテルが驚いた声を上げる。

「お、まえは――ナタリア=クライシスッ!?」

「その鼠色のローブにクライシスというファミリーネーム……まさか、グレイス=クライシスの使い魔か?」

「ええ、その通りよ、シリル=ワーグナーさん」

「さん? ハハッ、グレイスは使い魔にどんな教育をしているんだ。【様】――だろう?」

 ギラリと光る紫の瞳に、背筋がゾクリとした。グレイスと同じ紫色の瞳だったが、シリルのは悪意で煮詰まった毒々しい色をしていた。

「それに、家族の大事な大事な語らいに水を差すなんて、何を考えているんだ? たかが、使い魔の分際で――」

 今までケテルが言っていた言葉がただのじゃれ合いでしかなかったことが、目の前のシリルのおかげで分かる。彼は、使い魔を人として見ていない。私が他人の【物】だから、下手に壊すことが出来ないというのが今の彼の心境だろう。

 そこで初めて私がどれだけぬくぬくと育ってきたのかが分かり、体がカタカタと震えた。魔法使いと使い魔の溝は、こんなにも深いのだと突きつけられた気がして、身動きがとれない。

「ど、どこが家族の大事な語らいよ! アローナに罰を与えようとしたくせに!」

 自分を奮い立たせるために大きな声を張り上げる。まだ喉が完治していないため、少々痛んだが、その痛みのおかげで恐怖がほんの少しだけ薄れた。

「これは我が家の教育方針でねぇ。部外者に口出しされる筋合いはないなあ」

 ニタニタと笑う彼の顔を今すぐにぶん殴りたい気持ちになったが、ここで彼を殴れば間違いなく訴えられるのは私だ。それも分かっているので、私はフルフルと拳を握りしめたまま彼を睨んだ。

 私の後ろにいたアローナが何かしようと動いた瞬間、突然空間が歪み、私を背に庇うような形でグレイスが現れた。

「ナタリアが迷惑をかけたようで悪いな、シリル」

「ああ、これはこれは、グレイス自らお出ましとは、本当に驚いたよ。やはり、君が使い魔を溺愛しているっていう、あの酔狂な噂は本当なのか?」

 シリルは哀れみを込めた瞳でグレイスを見つめたが、グレイスは別段気にした様子はないようだ。いつも通り、いや、いつもよりもずっと冷たい眼差しで彼のアメジスト色の瞳が光った。

「シリル、先程、お前がやってる使い魔の暴走研究が正式に取り下げられたぞ。こんなところで油を売ってて良いのか?」

「は――?」

「お前の研究は危険が伴うだけでなく、膨大な資金が必要だ。度重なる失敗で政府は見込みなしとみなしたらしいぞ」

 今までの余裕はどこへやら、シリルが噛みつきそうな勢いでグレイスの胸ぐらを掴んだ。

「貴様だろう――貴様が原因だなッ!?」

「ああ、そうだろうな。代わりに、俺の研究案が通った」

 グレイスは研究案が書かれた紙をこれ見よがしにちらつかせ、ニヤリと笑った。

(うっわあぁぁ、なんかすっっごく悪い顔――)

 グレイスの挑発に、シリルは真っ赤になって拳を握りしめたが、ギリギリのところで押し留まり、グレイスを乱暴に離してキッとこちらを睨んだ。

「覚えてろ――」

 低く吠えるようにそう吐き捨て、シリルはその場を去った。

「なんていうか、最後まで小者臭半端なかったわね」

 シリルが去った先を見つめてポツリとこぼすと、ケテルがわざとらしくため息をついた。

「人の兄を捕まえて小物臭とは、言ってくれるじゃないか。あんなんでも、政府お抱えの研究者だぞ、チンチクリン」

「あんただって『あんなんでも』とか言っちゃってんじゃん……ていうか、チンチクリンだなんて、ずいぶんと失礼――って! ななな、何、頭なんて下げてんの!」

「ナタリアにグレイス、礼を言う。僕では兄に敵わなかった。先程の兄の状況を見る限り、しばらくの間は忙しくて、いつものように家にも寄りつかないだろう」

 アローナもケテルの隣に並び、彼と同じように頭を下げる。

「私からも、感謝を……」

「え、いやいや、顔あげてよ、二人とも! 正直、研究のこととかはまぐれだし!」

「それでもだ……ありがとう」

 ケテルの真摯なお礼の言葉に、少々照れくさくなりながら頬を掻く。

「昔はあんな兄ではなく、僕の憧れだったんだけどな……」

 寂しげに笑うケテルの姿は、いつもの傲慢で我儘な印象とはまるで違い、儚げな美少年という言葉がピッタリで、妙に落ち着かない。

 彼には先程からなんだか終始ペースを崩されまくりだが、なんとなく、良い友人になれそうな気がした。

 ちなみに、面倒事になる前にグレイスを呼ばなかった私は、案の定、後でグレイスに叱られたのだった……。
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