平穏な日常に悪魔はいらない

雪音鈴

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10魔 ☆ 悪魔の甘言②

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 乾いた音が鳴り、悪魔は口角を上げて恭しくこうべを垂れた。

 緩急の激しさとその演技力に引き込まれ、舞台上の俳優よろしく流れるようにその手を取ってしまいそうになったが、俺はミカゲの手を振り張った。

「ーー悪いが……」

 思ったよりもかすれた声が出た。
 潮風のせいもあってか、口内がカラカラになっている。

「俺はこの世界に君臨する魔王になるつもりも、世界平和を願う救世主や英雄になるつもりも、異世界旅行や新世界の神になるつもりもまったくない。この世界の常識を塗り替える? 俺はこの世界で充分だ。そして、俺はこの世界で普通に生きて、普通に幸せを手に入れたい」

「フッ――貴様、やはり人間の中でも相当な変わり者だと思うぞ」

「どうとでも言え。悪魔にそんなことを言われても痛くも痒くもないからな」

 朝日が完全に登りきり、イルカもどこかへと行ってしまった。俺はイルカが去っていった方向を見ながら、この悪魔のことを――少しだけ恐ろしいと感じていた。

(俺はこの悪魔に惑わされず、自分の意思を貫けるのか――?)

 そんな疑問が浮かび、ひやりと背筋が凍る。
 そもそも、そんな考えが出てくる時点でかなり危ない状況だ。

(俺は普通に生きたい。だから――絶対に普通以外の願いなんか言わない)

 心の中でそう呟き、俺はにっこりとミカゲに微笑んだ。
 そう、言っておかなければいけないことがあったのだ。

「ところでミカゲ、俺の今日の予定を勝手に決められても困るんだが?」

「?」

「俺は今日もやることがいっぱいだ。こんなところまで連れてこられて、どうしろって言うんだ?」

「なんだ、そんなことか、それならば、貴様以外の時間を止めればいい。そうすれば好きなだけ時間が作れるぞ? むろん、その間は年も取らん」

「そんなの全然普通じゃないのは分かってるよな? 俺がそんなこと望むと思うのか?」

「永、心なしか貴様からどす黒い感情が溢れ出ている気がするのだが――?」

「ああ、感じ取ってくれて良かったよ。それなら俺が言いたいことも分かるだろ?」

 俺はすうっと大きく息を吸い込むと、大きな声を張り上げた。

「さっさと――俺を屋敷に帰せえええぇぇぇぇ!!!」

 確かにミカゲはすごい悪魔なのかもしれない。
 でも、俺はそんなものには頼らない。
 俺は俺で、好きに生きさせてもらうよ――。
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