平穏な日常に悪魔はいらない

雪音鈴

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1魔 ☆ 俺様、何様、ミカゲ様!?①

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「ふ、へ、ふぇっっっくしょんッッッッッッ!!!」



 止めきれなかった大きなくしゃみが、昼間なのにどこか薄暗い森の中にこだまする。

(なんか寒気がする……くしゃみまで出るなんて……風邪かな?)

 鼻をすすりながらそんなことを考えたが、風邪と考えるよりはむしろ、この薄気味悪い森の空気がやけに冷たいという事を考えた方が良いかもしれない。

 今更ながら何か羽織ってくるべきだったなあと後悔する。

 俺が何故こんな気味の悪い森の中をわりと軽装備で歩いているのかと言うと、それはほんの2、3日前の出来事のせい――ひいては、俺の両親のせいだ。

 俺は深いため息をつきながら、あの時の光景を思い出した。





 ◇ ◆ ◇





「……は?」

 俺の呆けた視線の先には、父と母が笑顔でたたずんでいた。
 俺の様子を見かねた父が大袈裟に両手を広げ、俺と同じ明るめの茶髪をふわりと揺らす。

「だからな、ひさし~。父さんは母さんと一緒に世界一周旅行をしようと思ってるんだ!!」

「いや、それさっきも聞いたから。思考停止したのは別に言葉の意味が分かんなかったわけじゃないから。父さん達の突拍子のない発言に驚いただけだから」

 オーバーリアクションの父に対し、俺はジトリとした眼差しだけを返し、努めて坦々と話す。激情などで返してもこの両親に対しては疲れるだけであることはこの15年程を通じて察した。

「ひーちゃんも、もう高校生でしょう? そう手が掛かる年頃じゃないしぃ……」

 『ひーちゃん』などとふざけたニックネームで俺を呼び、可愛らしく頬に人差し指を添えて小首を傾げる我が母は、今年45歳になるとは思えないほどにロリ顔のため、その言葉と動作が似合ってしまうのが悔しいところだ。

「はあ……まあ、そりゃそうだけどな。問題はそこじゃないんだよ、母さん」

 そう、問題はそこではないのだ。俺だってこの両親の相手をただしてきたわけではない。高卒ですぐに両親から離れて暮らせるよう、準備は始めている。もう、すでに両親を当てにしてはいない。

 だが、それはあくまでも高卒後……。

「父さんだって、かわいい一人息子を日本に置いていくのは忍びないと思ってる。でも、お前はまだ高校があるし、連れてはいけないだろ?」

「そうそう。それに~、世界一周なんて老後の楽しみにはハードでしょ? まだ体力が有り余ってる今のうちにやんなくっちゃ!」

「母さん……そっちが本音だろ」

「あれ? ばれたちゃった?」

「可愛く言えば何でも許されると思うな!」

 少し強めに言うと、ひーちゃん怖いなどと父に抱き付いていた。

「とりあえず……百歩譲って、一人息子を置いて世界一周旅行に行くのは良しとする。でも、だからって――住み慣れた我が家ごと全部売る事ないでしょっ!?」

 そう、今一番の問題はこれだ。これなのだ。周囲では家具一式を綺麗に包装して手際良く大きなトラックへと運び出していく業者達がせっせと動いている。この両親ときたら、息子を残して日本を旅立つばかりか、息子が住む予定の家すら売り払ったのだ。

 中学校の卒業式から帰ってきたらこの状態だった我が家に、少しセンチだった気分も全部何処かへ飛んでしまった。今はただただ頭が痛い。

「だって~、資金が足りなかったんだもん♪」

「だもんじゃない!」

 悪びれもせずそんな事を言う母に、頭痛が酷くなった気がした。
 常識はずれの両親の相手をしているせいでだいぶ疲れてはきたが、筋は通して話さなくては……。

(そう、俺の今後がかかっているのだから……)

 怒りを抑える為に、俺は深いため息をつく。

「母さんや父さんは旅行に行くから良いとしても、俺はどうするんだよ? ホームレスの身で高校に通うなんて嫌だからな!?」

「それなら安心しろ。ちゃーんと頼んであるから」

 俺の言葉にニコニコと笑う父。







 そして……父が頼んだ俺の下宿先というのが、父の弟の家。つまり、俺にとっては叔父にあたる人の家である。ただ、その家には1つ大きな問題があった。そう、それはもう大きな問題が――

 叔父は現在、新婚生活満喫中の身である。そんな叔父にとって、俺は相当邪魔者……。そりゃ、新婚さん。嫁さんとラブラブしたいのに俺なんかがいたら――ね。そんな訳で、俺は叔父の私有地の山の上にある洋館に住まわせてもらうことになった。







 そう、洋館――通称『化け物屋敷』である。







 呼び名からも分かるように、この近辺では、嫌な意味ですごく有名な建物である。

 『あの洋館からは、夜な夜な苦しむような男のうなり声が聞こえる』だとか、『あの洋館の周りで、黒い塊のようなものが動いているのが見えた』だとか……まあ、いろんな話を聞く。

 一応洋館の所有者である叔父(気味が悪いからと周りに押し付けられただけらしい)に洋館を壊さないのかと尋ねた事はあったが、叔父に『壊すのにお金がかかるし、面白いからそのままで良いじゃないか』と言う反応をされたのを覚えている。

 まさかその『化け物屋敷』が俺の住処になるとは、その時露ほども思ってはいなかった……。

 まあ、今更どうこう言えた事じゃないが、正直、きついことこの上ない。

 俺は化け物――まあ、幽霊などの類のものが苦手な訳ではないから、そこに住むのを絶対拒否するとまでは思わないが、『化け物屋敷』に住んでいると言う理由で噂の的になるのだけは避けたい。

 そう、俺は目立たず、普通に、平穏な生活を送りたいと思っている。それはもう切実に願っている。





 俺は……両親のように異常な人にはなりたくない。





 『化け物屋敷』は、俺が通う高校の真正面の山にある。つまり、最短ルートで学校に通うと、必然的に家がばれてしまうのだ。しかも、最短ルートとは言っても、山道を四十分弱も歩かなくてはいけない。回り道をしようものなら、登校するだけでいったいどれほどの時間と体力が消費されるのだろうか……考えたくもない。

 とりあえず、俺にとって最悪の家になる事だけは明らかである。

(でも、両親も叔父もあんな有様だし、家があるだけマシだと思おう……)

 非常に不本意だが、俺はそう思う事にした。





 ◇ ◆ ◇





 そんな訳で、早々に世界旅行へと旅立ってしまった両親を恨みつつ、これから住む事になる化け物屋敷、もとい、洋館に、必要最低限の荷物だけをまとめてやってきたのだった。もちろん、今後ここに住むにあたり必要な他の物は、洋館の様子を見てから買い足す算段だ。

(それにしても――)

「まだ着かないのか……」

 荷物を抱えての山道、全然着く気配がない洋館、山の上に行くほど冷たくなる外気、まだ日が高いのに薄暗い森……疲労と背筋が凍るような雰囲気に思わずぼやいてしまう。

 普通、山の上に行く程神聖な空気になるというのに、ここは上に行く程重く暗い空気になってゆく。

(化け物屋敷という噂が流れるだけあるな……)

 休憩するために木の根元に座り込みながら、そんな風に思う。

「ふう……疲れた……」

 座り込んだことで、思っていた以上にこの山道が体に堪えている事に気づく。

(入学式までには体力をつけなきゃな……)

 などとしみじみ思いながら、持ってきたペットボトルのお茶に口をつける。





――ニンゲンダ……ニンゲン――





(……ん?)

 何か、雑音のようなものが聞こえた気がする。





――キョウカイヲコエタニンゲンガイル――





 木々がざわざわと不気味な音を立てる。

(……気のせい?)

 きっと変な噂の影響で、木々の音が声のように聞こえたのだろう。

(うん。きっとそうに違いな――)





――ウマソウ……クイタイ…………――
――クイタイ、クイタイ!!!――





 ただならぬ雰囲気に身の危険を感じ、咄嗟に荷物を捨てて全力で駆け出す。

(勘違いじゃないのか!? 何なんだよいったい!?)

 さっきまで近くで聞こえていた声は遠のいた気がしたが、森のあちこちで似たような声が複数聞こえてくる……。

「本当に何なんだよ!!!」

 叫びながらも無我夢中で走る。さっきまで疲れたと思っていたのだが、生命の危機を感じた体は意外と動いてくれた。

(まだ、若くて良かった……)

 などとどうでも良い事を考えていると、森のあちこちから黒くてウネウネした塊が、湧き出るようにこちらに向かってくるのが見えてきた。

(あの噂ホントかよっ!?)

 息が上がり苦しいため、心の中でそう叫ぶ。

 黒い塊の動きは遅いが、行く手を阻まれてしまったらおしまいだ。
 自分が黒い塊に捕まったあとどうなるかなんて想像もしたくない……。

(父さん、母さん! お前らを恨んでやる!!!)

 歯を食いしばりながら必死で山を駆け上がると、フッと視界が開けた。そして、そこにはいかにも何かが出そうな洋館が建っていたのだった……
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