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第6羽
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~あれから数年後~
宮野と杉森は、バーで酒を酌み交わしていた。
「いやあ、宮野、人手不足でただのかり上げだった交番勤務のお前が、よもや昇進とはな! 時が経つのは早いなあ」
「そうですねぇ。あ、でも、最初はどうなることかと思ってました」
宮野の苦い顔に、杉森も真剣な表情になった。
「――お前と俺が最初に担当した事件のことか?」
「はい……未だに呪いの青い鳥事件なんて言われて、解決していないそうですね」
「お前も運が悪いよなあ。最初にそんな事件当たっちまって……ありゃあ、俺でも後味が悪かった」
「呪い――なんて言われてましたけど、明らかに人為的なものでしたからね。そう、すぐそこに犯人はいたはずなんです。それなのに……」
宮野は自身のお猪口に残っていた日本酒を一気に飲み干した後、熱い息を吐いた。
「はあ、おかげで未だに事件の被害者達を忘れられませんよ」
「同感だ。ええと、第一被害者は浅井久美子って言ったか?確か、水筒内のスポーツドリンクに毒が入ってて――」
「そう、トリカブトです。体育館で一人居残り練習中に、なんて可哀想です。助けを呼ぼうとなんとか携帯に手を伸ばしたみたいですが、犯人に壊されていて……」
「おい、宮野泣くな。みっともないぞ」
「そうですよね。俺が泣いたって被害者は報われません。あの青い羽で犯人を割り出せたら……」
宮野は新しい日本酒を注文した。今日はとことん、飲むつもりのようだ。
「宮野、それはもう失敗しただろ? 海外製ってことは分かったが、そんなもんどこでも――ん? ああ、そういやあ、浅井の携帯が入ってたバックのポケット、あれにも結構な数の青い羽が入ってたな。おかげで被害者も壊れた携帯じゃなく、最後にはあの羽を握り締めて――」
「やっぱり……」
「?」
「やっぱり……復讐、だったんでしょうか?」
宮野が新しく注いだお酒を眺めながら聞いてくる。
「青い羽は〝幸せの青い鳥″っていうチャットからきてると思えばそうなんだろう。ただ、それなら、犯人はあの姉しかいねぇだろうなあ」
「……あの人が犯人には見えません。あの時、あんなに震えてたんですよ! それよりも、ほら、彼氏の――」
「ああ、亡くなった野本妹の彼氏か? 確か、チャットで野本妹が叩かれた理由はそいつだったな」
「はい、その彼氏さんが犯行を――」
「そりゃないだろ。たかが二週間やそこらしか恋人じゃなかったんだろ? そんなの他人と大差ないじゃねぇか。もともと、野本妹の方からアタックしてたらしいし……その前からほとんど接点なかったんだろ?」
「いや、まあ、そうなんですが……でも、同じクラスってだけでも何かこう……運命的なものとか――」
「ねぇだろ」
「決め付けないで下さいよ。ないとは言い切れないんですから」
宮野がふてくされながら、おでんをつつく。
「でも、奴にはアリバイがあっただろ? 携帯が壊され、毒が盛られたと思われる時間、奴は部活の先輩達とファミレスだった。しかも、ばっちり監視カメラに映ってる。だから、やっぱりアリバイがなく、学校に残っていた野本姉が――」
「でも、あの人が犯人だなんて……」
「ありえないってか? 怯える演技なんて誰でもできるだろ」
「あれが演技だったなんて……思えません」
宮野の真剣な瞳が杉森へと向く。
「はあ……そんなもん、分かんねぇだろ。まあ、証拠が不十分だから決め付けることもできねぇけどな。そもそも、不特定多数が殺害できそうな場所の犯行が多いんだ。特定は難しいだろう」
「不特定多数……そう言えば、梶原慶さんは帰宅途中で亡くなったんでしたっけ?」
「第二の被害者か。ああ、そういやあ、バス内で友達と別れたのが最後の目撃情報だったな」
「はい、彼女の携帯、バスに落ちてましたから、助けも呼べず……」
「それもおかしな話だよな。落ちたら普通気付くだろ?」
「その日は土砂降りだったらしく、バスの中が混雑してたんですよ」
「だから気づかなかったって? はあ、出来過ぎた話だ。携帯の代わりに青い羽が入れられていたってことは、犯人がやったんだろうが――自分のバックを漁られたら誰でも気付くだろ」
「すし詰め状態だったらしいので、気付かない場合もあるんじゃないですか? 彼女、友達とおしゃべりしていたみたいですし……」
「危機感ないにも程があるだろ」
「うーん、彼女、一つのことに集中すると周りが見えないタイプだったらしいですよ?」
「……はた迷惑なタイプだな」
「あ、そう言えば、彼女でしたよね? 帰宅前に彼氏さんと会う予定だったの」
「ああ、彼氏は別れ話を切り出す予定だったらしいが、そんなこと知らねぇ被害者は化粧を直し――そのせいでぽっくり逝っちまった。滑稽な話だ」
「まさか口紅にトリカブトの毒が仕込まれてたなんて思いませんからね」
「そういやあ、あれのせいで事件が変な方向に向いちまって大変だったんだよな」
杉本が苦笑いしながら酒をあおった。
「はい、第一発見者が被害者と別れたがっていた恋人――しかも、その人の家がお花屋さんで、観賞用ではあるけどトリカブトを扱っているって言うから……ああ、思い出しただけで疲れます」
「結局は白だったからなあ。ただのくたびれ損だ。まあ、担当したのは俺達じゃなく、他の刑事だが……その分、こっちに人員をまわしてくれやあ――って、こんなこと言っても過ぎちまったもんは仕方ねぇか」
「そういえば、あの時ですね。菅野夏樹が野本真紀に殴りかかっていったの」
「そうだな……あの時は驚いたが、よくよく考えたらあの菅野って奴、凶器も持ってなかったし、人を使って何かするでもなく、単身で殴りに来たんだよな? ただ単に馬鹿だっただけなのか、自分なりのケジメだったのか……」
杉森は新しくハイボールを注文しながら、少しそれてしまった流れを正すため、第三の被害者の話題へと変えた。
「野本姉が入院中に殺されたのが城之内蓮見だったな。死因はまたもやトリカブト、しかも、お嬢様が普段飲んでいる薬に仕込まれていたなんてな」
「一時は権力争いのせいで殺されただのなんだの騒がれていたやつですよね? 確か、被害者はクラスメイトの何人かと料亭飛山に言ってご飯を食べた後、バックに入っていた青い羽に心底取り乱して――」
「自室に篭った。その一時間後くらいに苦しみだし、死亡……だったか?」
「被害者は亡くなる瞬間までずっと謝っていたらしいです。紗代さんに……」
「――クラスメイトは全員白、家の関係者も全員白、しかもーー野本姉も白ときた」
「もう、手も足も出なかったですよね」
「情けねぇことにな……四番目の被害者は菅野夏樹だったな」
「はい、彼女もトリカブトの毒で殺されたんですよね」
「ああ」
杉森は苦い顔をしながら、クイッと酒を飲んだ。
「まさか、被害者がお菓子好きで、いつも何か口に入れてないと落ち着かない性分だったとは思いませんでしたよね。しかも、持ち物から毒物反応が出なくて……毒物は飴玉だった、に行き着くまで時間がかかりました」
「飴玉のからなんてすぐ捨てちまうからな。でも、これは被害者が気を許す人物だったってことなんですよね?」
「いや、被害者はお菓子好きでいつも色々持ち歩いていた。多少増えてても気付かなかったんじゃねぇか?」
「はあ……それじゃあ、やっぱり不特定多数じゃないですか。青い羽に関しても、バックの中に沢山入っていましたし……」
「それで、最後が谷口瑠璃……か。まあ、これは犯人にとっても予想外の結末だったんだろうけどな」
「唯一、事故死ですからねぇ……こうして振り返ると、やっぱり気になる事件ですね」
「だが、今となっては――」
「終わったこと……ですか?」
「ああ、あれはもう、過去のことだ。お前は未来に生きろ……って、なーんか暗くなっちまったな。お前の昇進祝いだってのに」
杉森が宮野のお猪口に日本酒を波々に注ぐ。
「ちょ、いきなり何するんですか! ああ、もう……溢れちゃったじゃないですか」
「宮野、良いから飲め飲め。そうだ、今日はパーっとやろうぜ。パーっと!」
「……はい、そうですね。いただきます」
こうして、再び飲み始めた宮野は、杉森と朝まで飲み明かしたのだった……。
宮野と杉森は、バーで酒を酌み交わしていた。
「いやあ、宮野、人手不足でただのかり上げだった交番勤務のお前が、よもや昇進とはな! 時が経つのは早いなあ」
「そうですねぇ。あ、でも、最初はどうなることかと思ってました」
宮野の苦い顔に、杉森も真剣な表情になった。
「――お前と俺が最初に担当した事件のことか?」
「はい……未だに呪いの青い鳥事件なんて言われて、解決していないそうですね」
「お前も運が悪いよなあ。最初にそんな事件当たっちまって……ありゃあ、俺でも後味が悪かった」
「呪い――なんて言われてましたけど、明らかに人為的なものでしたからね。そう、すぐそこに犯人はいたはずなんです。それなのに……」
宮野は自身のお猪口に残っていた日本酒を一気に飲み干した後、熱い息を吐いた。
「はあ、おかげで未だに事件の被害者達を忘れられませんよ」
「同感だ。ええと、第一被害者は浅井久美子って言ったか?確か、水筒内のスポーツドリンクに毒が入ってて――」
「そう、トリカブトです。体育館で一人居残り練習中に、なんて可哀想です。助けを呼ぼうとなんとか携帯に手を伸ばしたみたいですが、犯人に壊されていて……」
「おい、宮野泣くな。みっともないぞ」
「そうですよね。俺が泣いたって被害者は報われません。あの青い羽で犯人を割り出せたら……」
宮野は新しい日本酒を注文した。今日はとことん、飲むつもりのようだ。
「宮野、それはもう失敗しただろ? 海外製ってことは分かったが、そんなもんどこでも――ん? ああ、そういやあ、浅井の携帯が入ってたバックのポケット、あれにも結構な数の青い羽が入ってたな。おかげで被害者も壊れた携帯じゃなく、最後にはあの羽を握り締めて――」
「やっぱり……」
「?」
「やっぱり……復讐、だったんでしょうか?」
宮野が新しく注いだお酒を眺めながら聞いてくる。
「青い羽は〝幸せの青い鳥″っていうチャットからきてると思えばそうなんだろう。ただ、それなら、犯人はあの姉しかいねぇだろうなあ」
「……あの人が犯人には見えません。あの時、あんなに震えてたんですよ! それよりも、ほら、彼氏の――」
「ああ、亡くなった野本妹の彼氏か? 確か、チャットで野本妹が叩かれた理由はそいつだったな」
「はい、その彼氏さんが犯行を――」
「そりゃないだろ。たかが二週間やそこらしか恋人じゃなかったんだろ? そんなの他人と大差ないじゃねぇか。もともと、野本妹の方からアタックしてたらしいし……その前からほとんど接点なかったんだろ?」
「いや、まあ、そうなんですが……でも、同じクラスってだけでも何かこう……運命的なものとか――」
「ねぇだろ」
「決め付けないで下さいよ。ないとは言い切れないんですから」
宮野がふてくされながら、おでんをつつく。
「でも、奴にはアリバイがあっただろ? 携帯が壊され、毒が盛られたと思われる時間、奴は部活の先輩達とファミレスだった。しかも、ばっちり監視カメラに映ってる。だから、やっぱりアリバイがなく、学校に残っていた野本姉が――」
「でも、あの人が犯人だなんて……」
「ありえないってか? 怯える演技なんて誰でもできるだろ」
「あれが演技だったなんて……思えません」
宮野の真剣な瞳が杉森へと向く。
「はあ……そんなもん、分かんねぇだろ。まあ、証拠が不十分だから決め付けることもできねぇけどな。そもそも、不特定多数が殺害できそうな場所の犯行が多いんだ。特定は難しいだろう」
「不特定多数……そう言えば、梶原慶さんは帰宅途中で亡くなったんでしたっけ?」
「第二の被害者か。ああ、そういやあ、バス内で友達と別れたのが最後の目撃情報だったな」
「はい、彼女の携帯、バスに落ちてましたから、助けも呼べず……」
「それもおかしな話だよな。落ちたら普通気付くだろ?」
「その日は土砂降りだったらしく、バスの中が混雑してたんですよ」
「だから気づかなかったって? はあ、出来過ぎた話だ。携帯の代わりに青い羽が入れられていたってことは、犯人がやったんだろうが――自分のバックを漁られたら誰でも気付くだろ」
「すし詰め状態だったらしいので、気付かない場合もあるんじゃないですか? 彼女、友達とおしゃべりしていたみたいですし……」
「危機感ないにも程があるだろ」
「うーん、彼女、一つのことに集中すると周りが見えないタイプだったらしいですよ?」
「……はた迷惑なタイプだな」
「あ、そう言えば、彼女でしたよね? 帰宅前に彼氏さんと会う予定だったの」
「ああ、彼氏は別れ話を切り出す予定だったらしいが、そんなこと知らねぇ被害者は化粧を直し――そのせいでぽっくり逝っちまった。滑稽な話だ」
「まさか口紅にトリカブトの毒が仕込まれてたなんて思いませんからね」
「そういやあ、あれのせいで事件が変な方向に向いちまって大変だったんだよな」
杉本が苦笑いしながら酒をあおった。
「はい、第一発見者が被害者と別れたがっていた恋人――しかも、その人の家がお花屋さんで、観賞用ではあるけどトリカブトを扱っているって言うから……ああ、思い出しただけで疲れます」
「結局は白だったからなあ。ただのくたびれ損だ。まあ、担当したのは俺達じゃなく、他の刑事だが……その分、こっちに人員をまわしてくれやあ――って、こんなこと言っても過ぎちまったもんは仕方ねぇか」
「そういえば、あの時ですね。菅野夏樹が野本真紀に殴りかかっていったの」
「そうだな……あの時は驚いたが、よくよく考えたらあの菅野って奴、凶器も持ってなかったし、人を使って何かするでもなく、単身で殴りに来たんだよな? ただ単に馬鹿だっただけなのか、自分なりのケジメだったのか……」
杉森は新しくハイボールを注文しながら、少しそれてしまった流れを正すため、第三の被害者の話題へと変えた。
「野本姉が入院中に殺されたのが城之内蓮見だったな。死因はまたもやトリカブト、しかも、お嬢様が普段飲んでいる薬に仕込まれていたなんてな」
「一時は権力争いのせいで殺されただのなんだの騒がれていたやつですよね? 確か、被害者はクラスメイトの何人かと料亭飛山に言ってご飯を食べた後、バックに入っていた青い羽に心底取り乱して――」
「自室に篭った。その一時間後くらいに苦しみだし、死亡……だったか?」
「被害者は亡くなる瞬間までずっと謝っていたらしいです。紗代さんに……」
「――クラスメイトは全員白、家の関係者も全員白、しかもーー野本姉も白ときた」
「もう、手も足も出なかったですよね」
「情けねぇことにな……四番目の被害者は菅野夏樹だったな」
「はい、彼女もトリカブトの毒で殺されたんですよね」
「ああ」
杉森は苦い顔をしながら、クイッと酒を飲んだ。
「まさか、被害者がお菓子好きで、いつも何か口に入れてないと落ち着かない性分だったとは思いませんでしたよね。しかも、持ち物から毒物反応が出なくて……毒物は飴玉だった、に行き着くまで時間がかかりました」
「飴玉のからなんてすぐ捨てちまうからな。でも、これは被害者が気を許す人物だったってことなんですよね?」
「いや、被害者はお菓子好きでいつも色々持ち歩いていた。多少増えてても気付かなかったんじゃねぇか?」
「はあ……それじゃあ、やっぱり不特定多数じゃないですか。青い羽に関しても、バックの中に沢山入っていましたし……」
「それで、最後が谷口瑠璃……か。まあ、これは犯人にとっても予想外の結末だったんだろうけどな」
「唯一、事故死ですからねぇ……こうして振り返ると、やっぱり気になる事件ですね」
「だが、今となっては――」
「終わったこと……ですか?」
「ああ、あれはもう、過去のことだ。お前は未来に生きろ……って、なーんか暗くなっちまったな。お前の昇進祝いだってのに」
杉森が宮野のお猪口に日本酒を波々に注ぐ。
「ちょ、いきなり何するんですか! ああ、もう……溢れちゃったじゃないですか」
「宮野、良いから飲め飲め。そうだ、今日はパーっとやろうぜ。パーっと!」
「……はい、そうですね。いただきます」
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