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本編
第三十六話 王都での日々①ー1
しおりを挟むそれからはもう、怒涛の日々だった。
教えてもらったように服を着る、湯浴みをする。一見簡単とも思えるその動作に、私は何度もつまずいた。そしてその度にノアが慰めてくれ、どこで毎回ミスをしているのかを指摘してくれた。
慰められる度にこんな些細な事すら出来ない自分が酷く恥ずかしく、同時に今までどれだけ甘えた生活をしてきたのかを痛感した。
私はここへ来てから随分泣き虫になったし、弱くなってしまった気がする。
思うように出来ない事が悔しくて、その度に挑戦しても結局いつもと同じところでミスをする。
この良くない状況に落ち込み泣いていると決まってノアが現れ、纏まらない弱音を吐く私の話を聞き、根気強く支えてくれた。
「アリアは早く一人前になろうと気を張りすぎなんだ。時間がないのは分かるけど、気だけ焦っていても良い結果には絶対繋がらない」
「私はこんなに何も出来なかったのね……。どれだけ恵まれた環境にいたのか、今ならきちんと理解出来るわ」
「確かに以前のアリアは恵まれていただろうな、そこは否定しない。普通平民は傅かれて生活なんてしないからな。だからこそ今のアリアは何も知らない赤ん坊と同じだ。あいつらだって何も初めから完璧に歩ける訳じゃないだろ?何度もつまずいて転んで、泣きながらも立ち上がる。アリアも今はそれと同じなんじゃないか?」
そう言いながら私の背中を撫でながらハンカチを差し出してくれる、ノアは私が弱音を吐いても嫌な顔一つしない。
今までの人生で、ここまで自分の弱音を人に晒してきた事はほとんどなかった。
それは家族である父にも、婚約者だったアイザック様に出しても同じだった。
(どうしてノアにはこんなに弱い自分を見せる事が出来るのかしら)
そう疑問に思っても今の私ではその僅かに引っかかる疑問に、正確に答えられるだけの言葉を持ち合わせていなかった。
ノアに言われてから、失敗してもすぐに落ち込むのではなくて、どこで毎回つまずくのか自分の行動を振り返るようになった。
そうする事で毎回間違える部分を自分自身で把握する事ができ、その内自然とミスをする回数が減っていくのが自分でも分かった。
ミスが一つずつ減る度に嬉しくてノアに報告してしまう。
この毎度恒例になった行動にも、ノアは決して嫌な顔一つせずまるで自分の事の様に喜んでくれた。
「ノア!!見て、今日はブラウスのリボンを綺麗に結ぶ事が出来たわ!」
「本当だ、綺麗に結べてるな」
そう言いながら頭を撫でてくれる優しい動作も毎度恒例の事になっていた。
そうやって出来る様になった事を報告してノアに頭を撫でられていると、自分が雛鳥になったかの様に感じる事がある。
ノアという親鳥を必死で追いかける雛鳥。
ここへ来た当初よりもノアへの信頼が増していっているのが自分でも実感出来た。
そんな今日は、この家に引っ越してきてあらためて、家の中の探索をする約束をノアとしている。
着いた初日に随分豪華絢爛だと驚いたのだけれど、あれからすぐに自分の身の回りの事を覚えるのに必死で、自分の部屋とノアの部屋、そして食堂しか行き来していなかったから、こんなに立派なお家なのに自分が知っている部屋以外何も知らない事に最近気付いた。そしてノアにその事を相談すると案内を買って出てくれた。
「俺は見慣れてるけど、アリアは初めてだもんな。よし、今日は見れる所まで探索しようか。広さがあるから見れなかった分はまた日を改めて二人で回ろう?」
そう言いながら自然とノアに手を繋がれて、私は内心飛び上がってしまった。
彼に頭を撫でられるのは最近では慣れてきた動作だったけれど、手を繋いだ事は婚約者もいた貴族令嬢だった頃ですら一度もなかった。
「ん?どうした?」
「あ、て、手が」
「手?あぁ、アリアは迷子になりそうだと思って。……嫌だったか?」
そう言うノアに、私は壊れた人形の様に首を横に振る事しか出来なかった。
(きっと今まで、男性と触れ合った経験がないからこんなに緊張しているのよ)
(決してノアにだけ緊張している訳ではないわ)
一体誰に向かっての言い訳なのか自分でも分からないけど、私は落ち着くまでひたすら自分にそう言い聞かせた。
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