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本編
第二十一話 初めての感情①
しおりを挟む屋敷中の人間が寝静まった頃私は自室を抜け出し屋敷の裏手にある、今は使われていない小さな物置小屋に向かった。
自室の床は絨毯になっていて魔法陣を描く事が出来ず、適当な場所はないかと探していた時にこの物置小屋の存在を思い出した。
屋敷の裏手と言っても目立つ場所ではなく、普段本当に人の出入り自体ない奥まった場所にそれはある。
近々取り壊す予定だと少し前に使用人達が話していたのを思い出し、この場所なら人に見つかりにくいと考えた。
誰かが来る心配はないと思うが、念のため手早く床に魔法陣を描いていく。
道具に関しては本当はチョークが良かったのだが手に入らなかった為、庭にある白い石で代用した。
慎重に本を見ながら一寸の狂いなく模写していく。途中緊張で何度も手が震えそうになったが、その度に深呼吸をし気持ちを落ち着かせ再開した。
そして描き始めて半刻ほどで、魔法陣が完成した。
先ほどからずっと心臓が痛いくらい激しく鼓動していて、身体中に血が巡り体が異常に暑い。そして、妙に視界がクリアで見慣れた光景さえも初めて見た景色に見える程だった。
用意したハサミを持ち魔法陣の中央に立つ。近くにあった机をギリギリまで近づけ、その上に呪文が書かれたページを開き本を置いた。
(いよいよね)
特に指定はなかったので傷がつけやすい左腕にハサミを添え、目を瞑り一気に引いた。
「っ……‼︎」
初めて経験する痛みに悲鳴をあげそうになるのを必死で耐え、急いで本を手に取りそのまま呪文を唱えた。
そして間違えず唱え終わると、目の前には不思議な光景が広がっていた。
流れ出た血液は、普通なら地面に落ちると水たまりのように溜まるはずなのに、どういう訳か魔法陣の模様に沿って広がりうっすら光を放っていた。
目の前に広がる非現実的な光景に、私は咄嗟に後ずさったがすぐに魔法陣が強い光を放ち、一気に輝き出した。
そのあまりの眩しさに、気付けば私はギュッと強く目を閉じていた。
そしてすぐ光が収まったのを感じ、恐る恐る目を開けば魔法陣の中央に息を呑む程の美貌の男が佇んでいた。
驚きのあまりその場で座り込んでしまった私は、その男から目線を逸らす事が出来ないでいた。
漆黒という言葉がピッタリな程の黒髪に、この世界では見た事のないルビーより深く引き込まれそうな暗く赤い瞳をした男はじっとこちらの様子を伺っていた。
そして人形なのかと錯覚する程の完成された見た目と、禍々しい雰囲気を纏っているこの目の前の男は私と目が合うと一瞬瞳の奥が揺れたように見えた。しかし、すぐに感情のこもらない声でたった一言言い放った。
「お前は俺に何を望む」
そう言い、じっとこちらを見つめ私の返答を待っているようだった。
(綺麗)
見た事のない、あまりにも神秘的なその赤い瞳に射抜くような視線を向けられ、私は全身の血が沸き立つのを感じた。
そう気付けば私は未知の感覚に思わず身震いをしていた。本当に一瞬、この男の瞳に囚われたかのような錯覚を起こしたからだ。
それは恐怖心からではなく、焦がれていた相手の瞳にやっと自分を移してもらえた時のような……多幸感に近い感覚だと思った。
(どうして、そんな風に思うのかしら?私はこんな感情経験した事などないのに)
自分の思考なのに全く理解が出来なかった。
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