【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。

文字の大きさ
上 下
11 / 15

最終話 この地獄のような楽園に祝福を①

しおりを挟む
 

 腕の中で眠る彼女は穏やかな表情をしている。
 ずっと辛い状況を生き抜いてきたんだ。この先の長い人生では心穏やかに過ごしてほしいと心から願う。
 愛しいリリーの寝顔を永遠に見ていたいけれど、一つ仕事が残っているため名残惜しいが身支度を整え寝室を後にする。

「陛下」

 部屋を出てすぐに声を掛けてきた人物を横目に長い廊下を足早に進んでいく。

「状況は」
「はい、このひと月余り国全体で自然災害が頻発し食料不足も加速し混乱しております。選りすぐりの魔法師達が対策に当たっていますが依然効果はないようですね」
「それはそうだろう。この私の加護を失ったのだから」

 そう言って微笑んだ私を見た目の前の男は、やれやれと肩を竦め首を横に振った。

「妃殿下の前でその顔は絶対にしない方がいいですよ」
「私がリリーの前でそんなヘマをするわけないだろう。それともそうなる事を望んでいるのか?」
「まさか。やっとお妃様を迎えられた陛下に、そんな酷な事は言いませんよ。ここへ来るまでの陛下の努力はずっと近くで見てきたつもりですし」

 そういって降参するように両手をあげた男を横目に、執務室の扉を押し開けた。

 彼女……リリーと出会ったのは本当に偶然だった。
 精霊界では日々兄弟達が王座を巡って争い、王座に興味のない私にまで飛び火しそうだった為、これ以上の争いを避ける目的で人間界へと向かった。
 そして気まぐれに降り立った先に質の良い、それでいて膨大な魔力を持つ人間が近くにいるとすぐに気づいた私は、興味本位からその人間が暮らしているであろう屋敷へ向かう事にした。

 貴族の屋敷であろう敷地内にある裏庭に向かって進んでいくと、そこには物置小屋のような古びた建物があり、中からすすり泣く声も聞こえてきた。
 そっと窓から覗き込むと黒髪の子どもが蹲り一人で泣いているのが目に入った。
 思わず声を掛けると、私の存在に驚きに目を見開いた少女と視線が交わった。
 その瞬間全身に雷が落ちたかのような衝撃が走った。まるで“運命の番”に出会ったかのような激情だった。
 だが内心動揺しているのを悟られたくなくて、無理矢理笑顔を作り少女に話しかけた。

 そしてすぐに彼女の頬にミミズ腫れのような傷がある事に気付き、普段は絶対にしないが気が付けば私は少女の傷を癒していた。
 目の前で怯える少女に出来るだけ優しく声を掛け、彼女の名前とどこで暮らしているのかをゆっくりと時間を掛け聞き出した。

 その少女はまるで奴隷の様な、いや奴隷よりも悲惨な姿だった。本人から聞いた十の年よりも明らかに背も低く、栄養状態も悪いのか肌色も悪かった。
 全てを確認する事は出来なかったが、服から除く腕や足はいくつのも青痣や切り傷があり、貴族の子どもが、ましてや小さな子どもが受けていい体罰の範疇(はんちゅう)を明らかに超えていた。

 なかなか話し出す事が出来ないリリーに私は根気強く話しかけ状況を聞き出し、そこで初めて彼女の置かれている状況を理解する事が出来た。
 腸が煮えくり返る程の激情を覚えたのもこの時が初めてだった。

 本当は今すぐにでもこの家の人間全てを殺してやりたかったが、今はまだ私に出来る事はなかった。
 この立場が憎いと思ったのも生まれて初めての経験だった。

 共にいたいという彼女の願いを今すぐにでも叶えてあげたい……。
 しかしリリーを連れていくのにはいくつか問題があった。

 まず彼女を私の世界に連れていくには人間である今の状態では無理だった。
 彼女を完全に私と同じにする為、時間を掛ける必要があった。

 だからリリーには今すぐは無理だけれど必ず迎えに来る事を約束し、その時髪に触れた一瞬の隙に私の魔力をリリーの魔力に少量混ぜ込んだ。
 時間を掛けゆっくりと馴染ませる事で彼女は人としての全てを失い、永遠に私と共に生きる事が出来る。
 人間のまま精霊界へ連れて行けば彼女は精霊界に適応する事が出来ずすぐに光となり消えてしまう。
 そんな事は絶対に許せなかった。
 初めて会った人間の少女にここまでの感情を持つ事に私自身驚いたが、私はただ彼女が何の憂いもなく幸せに過ごせる環境を用意したかった。

 ただ一つ心残りだったのは彼女を地獄のような環境に置いて行く事だ。これに関しては身も心も引き裂かれる思いだったが、リリーの魔力に混ぜ込んだ私の魔力が確実に実を結べば、少なくとも命を失う事はない筈だと自分に言い聞かせ必死でその場をやり過ごした。

 リリーと別れた後私はすぐに自分の世界へと戻り、こうしている間にも骨肉の争いをしている兄弟達を早々に片づける算段を頭の中で付けた。

 リリーと共に生きていく為に、彼女の幸せな世界を作る為に……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

いつまでも甘くないから

朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。 結婚を前提として紹介であることは明白だった。 しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。 この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。 目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・ 二人は正反対の反応をした。

完結 白皙の神聖巫女は私でしたので、さようなら。今更婚約したいとか知りません。

音爽(ネソウ)
恋愛
もっとも色白で魔力あるものが神聖の巫女であると言われている国があった。 アデリナはそんな理由から巫女候補に祀り上げらて王太子の婚約者として選ばれた。だが、より色白で魔力が高いと噂の女性が現れたことで「彼女こそが巫女に違いない」と王子は婚約をした。ところが神聖巫女を選ぶ儀式祈祷がされた時、白色に光輝いたのはアデリナであった……

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

どんなに私が愛しても

豆狸
恋愛
どんなに遠く離れていても、この想いがけして届かないとわかっていても、私はずっと殿下を愛しています。 これからもずっと貴方の幸せを祈り続けています。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

(完結)貴女は私の親友だったのに・・・・・・

青空一夏
恋愛
私、リネータ・エヴァーツはエヴァーツ伯爵家の長女だ。私には幼い頃から一緒に遊んできた親友マージ・ドゥルイット伯爵令嬢がいる。 彼女と私が親友になったのは領地が隣同志で、お母様達が仲良しだったこともあるけれど、本とバターたっぷりの甘いお菓子が大好きという共通点があったからよ。 大好きな親友とはずっと仲良くしていけると思っていた。けれど私に好きな男の子ができると・・・・・・ ゆるふわ設定、ご都合主義です。異世界で、現代的表現があります。タグの追加・変更の可能性あります。ショートショートの予定。

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

処理中です...