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最終話 この地獄のような楽園に祝福を①
しおりを挟む腕の中で眠る彼女は穏やかな表情をしている。
ずっと辛い状況を生き抜いてきたんだ。この先の長い人生では心穏やかに過ごしてほしいと心から願う。
愛しいリリーの寝顔を永遠に見ていたいけれど、一つ仕事が残っているため名残惜しいが身支度を整え寝室を後にする。
「陛下」
部屋を出てすぐに声を掛けてきた人物を横目に長い廊下を足早に進んでいく。
「状況は」
「はい、このひと月余り国全体で自然災害が頻発し食料不足も加速し混乱しております。選りすぐりの魔法師達が対策に当たっていますが依然効果はないようですね」
「それはそうだろう。この私の加護を失ったのだから」
そう言って微笑んだ私を見た目の前の男は、やれやれと肩を竦め首を横に振った。
「妃殿下の前でその顔は絶対にしない方がいいですよ」
「私がリリーの前でそんなヘマをするわけないだろう。それともそうなる事を望んでいるのか?」
「まさか。やっとお妃様を迎えられた陛下に、そんな酷な事は言いませんよ。ここへ来るまでの陛下の努力はずっと近くで見てきたつもりですし」
そういって降参するように両手をあげた男を横目に、執務室の扉を押し開けた。
彼女……リリーと出会ったのは本当に偶然だった。
精霊界では日々兄弟達が王座を巡って争い、王座に興味のない私にまで飛び火しそうだった為、これ以上の争いを避ける目的で人間界へと向かった。
そして気まぐれに降り立った先に質の良い、それでいて膨大な魔力を持つ人間が近くにいるとすぐに気づいた私は、興味本位からその人間が暮らしているであろう屋敷へ向かう事にした。
貴族の屋敷であろう敷地内にある裏庭に向かって進んでいくと、そこには物置小屋のような古びた建物があり、中からすすり泣く声も聞こえてきた。
そっと窓から覗き込むと黒髪の子どもが蹲り一人で泣いているのが目に入った。
思わず声を掛けると、私の存在に驚きに目を見開いた少女と視線が交わった。
その瞬間全身に雷が落ちたかのような衝撃が走った。まるで“運命の番”に出会ったかのような激情だった。
だが内心動揺しているのを悟られたくなくて、無理矢理笑顔を作り少女に話しかけた。
そしてすぐに彼女の頬にミミズ腫れのような傷がある事に気付き、普段は絶対にしないが気が付けば私は少女の傷を癒していた。
目の前で怯える少女に出来るだけ優しく声を掛け、彼女の名前とどこで暮らしているのかをゆっくりと時間を掛け聞き出した。
その少女はまるで奴隷の様な、いや奴隷よりも悲惨な姿だった。本人から聞いた十の年よりも明らかに背も低く、栄養状態も悪いのか肌色も悪かった。
全てを確認する事は出来なかったが、服から除く腕や足はいくつのも青痣や切り傷があり、貴族の子どもが、ましてや小さな子どもが受けていい体罰の範疇(はんちゅう)を明らかに超えていた。
なかなか話し出す事が出来ないリリーに私は根気強く話しかけ状況を聞き出し、そこで初めて彼女の置かれている状況を理解する事が出来た。
腸が煮えくり返る程の激情を覚えたのもこの時が初めてだった。
本当は今すぐにでもこの家の人間全てを殺してやりたかったが、今はまだ私に出来る事はなかった。
この立場が憎いと思ったのも生まれて初めての経験だった。
共にいたいという彼女の願いを今すぐにでも叶えてあげたい……。
しかしリリーを連れていくのにはいくつか問題があった。
まず彼女を私の世界に連れていくには人間である今の状態では無理だった。
彼女を完全に私と同じにする為、時間を掛ける必要があった。
だからリリーには今すぐは無理だけれど必ず迎えに来る事を約束し、その時髪に触れた一瞬の隙に私の魔力をリリーの魔力に少量混ぜ込んだ。
時間を掛けゆっくりと馴染ませる事で彼女は人としての全てを失い、永遠に私と共に生きる事が出来る。
人間のまま精霊界へ連れて行けば彼女は精霊界に適応する事が出来ずすぐに光となり消えてしまう。
そんな事は絶対に許せなかった。
初めて会った人間の少女にここまでの感情を持つ事に私自身驚いたが、私はただ彼女が何の憂いもなく幸せに過ごせる環境を用意したかった。
ただ一つ心残りだったのは彼女を地獄のような環境に置いて行く事だ。これに関しては身も心も引き裂かれる思いだったが、リリーの魔力に混ぜ込んだ私の魔力が確実に実を結べば、少なくとも命を失う事はない筈だと自分に言い聞かせ必死でその場をやり過ごした。
リリーと別れた後私はすぐに自分の世界へと戻り、こうしている間にも骨肉の争いをしている兄弟達を早々に片づける算段を頭の中で付けた。
リリーと共に生きていく為に、彼女の幸せな世界を作る為に……。
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