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エピローグ

祝福という名の呪いと共に④

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 きっと僕は死後の世界で地獄に落ちるだろう。
 だけどそんなものは僕にとって些末な事だ。僕は経験していない死後の世界などよりも、今この瞬間、共に居たいと希う相手、クラリスを選んだのだから。

 僕が彼女に対して犯した罪は大きく分けてふたつ。
 クラリスと勝手に婚姻を結びんだ事。そして禁忌を施した事。
 あの断罪劇の時、倒れ込む彼女を抱き止めたあの瞬間に僕にとっての最大のチャンスが巡ってきたのだから……。
 駆け寄り抱き止めた瞬間に、僕はクラリスに維持の祝福をかけた。それも手加減のない強力な祝福を……。

 過去の文献から魅了の術者から一定期間離れた者は術者を求め錯乱し、自我を失う事は理解していた。
 ただクラリスの場合、気を失ってからただの一度も目覚めないのは一切の手加減なしに魅了魔法を浴び続けた後遺症なのではないかと、後にリアムからは結論づけられた。その言葉を聞いた瞬間、僕の計画が露呈せずに済んだ事に酷くほっとしたのを覚えている。

 公爵邸に居を移してからは一日も欠かす事なくクラリスにもうひとつの術を施していった。
 禁忌に指定されている記憶を消す為の掃滅の祝福だ。

 “掃滅”は加減を誤ると術を施した相手が精神異常を引き起こし廃人になるケースが多々報告された事から随分前に禁忌に指定されている祝福だった。
 “掃滅”の祝福持ちは表向きは祝福を封印された事になっているけれど、実際は罪人に使用する為に封印はされていない。
 その“掃滅”の祝福持ちをこちらで買収し協力を仰いだ。
 加減を誤って精神異常をきたすのなら、加減を間違えなければいいだけの事。
 僕はクラリスに毎日少しずつ……本当に少しずつ“掃滅”の祝福を施していった。
 その期間は五年。決して短くない期間、時間をかけ少しずつクラリスの中にある全ての記憶を消し去っていった。

 先ほどのクラリスの様子から少なくとも彼女は僕に関する記憶もないのだろう。
 でもそれでいい。
 再び彼女が目を覚ます時、それが全ての術が完成した合図となる為、きっと術は完成したのだろうから。
 クラリスの許可なくこんな卑劣な行為をした僕を、君は軽蔑するだろうか。

 本当はこんな事、間違っていると思う。でもそんな事は自分が一番よく分かっている。
 それでも僕はこの浅ましい想いを止めることは出来なかった。僕をその瞳に移してほしい、愛してほしい、また昔みたいに微笑んでほしい。
 不思議だけどこうしてクラリスからの愛を渇望するようになって、あの女の気持ちがようやく少しだけ理解出来るような気がしたんだ。
 
 (やり方は違えど、僕も奴らと変わらない。まるで醜い獣みたいだな)


 ──僕が犯した誰にも言えない罪。
 それは僕自身も触れてはいけない禁忌に触れた事。
 女神からの祝福を使用し、死後の輪廻の輪から強制的に僕とクラリスの魂を切り離した。
 老いる事も死ぬ事もない、永遠に二人だけの時間を過ごす事が出来るように。
 あの日、祝福が後発的に発現したと書かれていた書物を見つけたあの部屋には、他にも様々な危険な書物も保管されていた。
 きっとあの場所は歴代の王族すら知らされていなかったのだと思う。
 あの時の僕は、本当に幸運だった。
 あの日、あの瞬間、小さな違和感に目を向けていなかったら、きっと今のこの幸福な時間は得られなかっただろうから。

 ……幸せだったあの頃に、一度だけ思い描いた叶うはずのない未来。
 でも今はそれが現実のものとなった。
 だって僕達は文字通り、永遠に同じ時を過ごす事が可能になったのだから。


 でもね、クラリス。
 僕はこの先、君に軽蔑されても嫌われても構わないと思っているんだ。例えそれが負の感情であろうとも、君が僕に向けてくれるものならば全てが愛おしいと感じるんだよ。
 あの学園での無関心な態度を思い出す度に、僕の心は鋭利なナイフで何度も繰り返し抉られたような鋭くて、それでいて鈍い痛みがし、目には見えない血をダラダラと流すんだ。

(あんな風に苦しい思いをするくらいなら……)
(あんな激情を覚えるくらいなら……)

 君が目覚めた今、落ち着いたら二人で幸せに暮らせる場所へ行こう?
 僕だってこの五年ただ何もせず生きていたわけじゃない。
 クラリスとの幸福な時間の為に色々と準備をしていたんだよ。
 いつになっても歳を取らない僕達を見て、いつか周りは僕がどんな罪を犯したのか気が付くだろう。

 そうなってから、余計な邪魔が入っても迷惑でしかない。
 だったら誰にも見つからない場所で静かに二人で暮らせばいい。
 二度と誰にも僕達の邪魔はさせない。

 クラリス……初めからやり直そう?君と僕の、楽しかった幸せの時間を。
 
 
 何も知らない真っ新な君へ。
 犯した罪から目を逸らし、この薄汚く醜い感情全てを笑顔の裏に隠す。
 クラリスの近くまで辿り着た僕は、彼女へ向けてゆっくりと言葉を紡いだ。
 僕達が送るこれからの人生に、永遠の祝福呪いになるであろう言葉を……。
 


 
 

「──おはよう、僕のクラリス」






 



 end.
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