54 / 56
エピローグ
祝福という名の呪いと共に④
しおりを挟むきっと僕は死後の世界で地獄に落ちるだろう。
だけどそんなものは僕にとって些末な事だ。僕は経験していない死後の世界などよりも、今この瞬間、共に居たいと希う相手、クラリスを選んだのだから。
僕が彼女に対して犯した罪は大きく分けてふたつ。
クラリスと勝手に婚姻を結びんだ事。そして禁忌を施した事。
あの断罪劇の時、倒れ込む彼女を抱き止めたあの瞬間に僕にとっての最大のチャンスが巡ってきたのだから……。
駆け寄り抱き止めた瞬間に、僕はクラリスに維持の祝福をかけた。それも手加減のない強力な祝福を……。
過去の文献から魅了の術者から一定期間離れた者は術者を求め錯乱し、自我を失う事は理解していた。
ただクラリスの場合、気を失ってからただの一度も目覚めないのは一切の手加減なしに魅了魔法を浴び続けた後遺症なのではないかと、後にリアムからは結論づけられた。その言葉を聞いた瞬間、僕の計画が露呈せずに済んだ事に酷くほっとしたのを覚えている。
公爵邸に居を移してからは一日も欠かす事なくクラリスにもうひとつの術を施していった。
禁忌に指定されている記憶を消す為の掃滅の祝福だ。
“掃滅”は加減を誤ると術を施した相手が精神異常を引き起こし廃人になるケースが多々報告された事から随分前に禁忌に指定されている祝福だった。
“掃滅”の祝福持ちは表向きは祝福を封印された事になっているけれど、実際は罪人に使用する為に封印はされていない。
その“掃滅”の祝福持ちをこちらで買収し協力を仰いだ。
加減を誤って精神異常をきたすのなら、加減を間違えなければいいだけの事。
僕はクラリスに毎日少しずつ……本当に少しずつ“掃滅”の祝福を施していった。
その期間は五年。決して短くない期間、時間をかけ少しずつクラリスの中にある全ての記憶を消し去っていった。
先ほどのクラリスの様子から少なくとも彼女は僕に関する記憶もないのだろう。
でもそれでいい。
再び彼女が目を覚ます時、それが全ての術が完成した合図となる為、きっと術は完成したのだろうから。
クラリスの許可なくこんな卑劣な行為をした僕を、君は軽蔑するだろうか。
本当はこんな事、間違っていると思う。でもそんな事は自分が一番よく分かっている。
それでも僕はこの浅ましい想いを止めることは出来なかった。僕をその瞳に移してほしい、愛してほしい、また昔みたいに微笑んでほしい。
不思議だけどこうしてクラリスからの愛を渇望するようになって、あの女の気持ちがようやく少しだけ理解出来るような気がしたんだ。
(やり方は違えど、僕も奴らと変わらない。まるで醜い獣みたいだな)
──僕が犯した誰にも言えない罪。
それは僕自身も触れてはいけない禁忌に触れた事。
女神からの祝福を使用し、死後の輪廻の輪から強制的に僕とクラリスの魂を切り離した。
老いる事も死ぬ事もない、永遠に二人だけの時間を過ごす事が出来るように。
あの日、祝福が後発的に発現したと書かれていた書物を見つけたあの部屋には、他にも様々な危険な書物も保管されていた。
きっとあの場所は歴代の王族すら知らされていなかったのだと思う。
あの時の僕は、本当に幸運だった。
あの日、あの瞬間、小さな違和感に目を向けていなかったら、きっと今のこの幸福な時間は得られなかっただろうから。
……幸せだったあの頃に、一度だけ思い描いた叶うはずのない未来。
でも今はそれが現実のものとなった。
だって僕達は文字通り、永遠に同じ時を過ごす事が可能になったのだから。
でもね、クラリス。
僕はこの先、君に軽蔑されても嫌われても構わないと思っているんだ。例えそれが負の感情であろうとも、君が僕に向けてくれるものならば全てが愛おしいと感じるんだよ。
あの学園での無関心な態度を思い出す度に、僕の心は鋭利なナイフで何度も繰り返し抉られたような鋭くて、それでいて鈍い痛みがし、目には見えない血をダラダラと流すんだ。
(あんな風に苦しい思いをするくらいなら……)
(あんな激情を覚えるくらいなら……)
君が目覚めた今、落ち着いたら二人で幸せに暮らせる場所へ行こう?
僕だってこの五年ただ何もせず生きていたわけじゃない。
クラリスとの幸福な時間の為に色々と準備をしていたんだよ。
いつになっても歳を取らない僕達を見て、いつか周りは僕がどんな罪を犯したのか気が付くだろう。
そうなってから、余計な邪魔が入っても迷惑でしかない。
だったら誰にも見つからない場所で静かに二人で暮らせばいい。
二度と誰にも僕達の邪魔はさせない。
クラリス……初めからやり直そう?君と僕の、楽しかった幸せの時間を。
何も知らない真っ新な君へ。
犯した罪から目を逸らし、この薄汚く醜い感情全てを笑顔の裏に隠す。
クラリスの近くまで辿り着た僕は、彼女へ向けてゆっくりと言葉を紡いだ。
僕達が送るこれからの人生に、永遠の祝福になるであろう言葉を……。
「──おはよう、僕のクラリス」
end.
12
お気に入りに追加
272
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる