49 / 56
本編
幸せはどこ?・シャーロット視点⑩
しおりを挟むこの日、屋敷へ来て初めて当主家族が住む居住区の清掃を任された。
ここへ来て半年経つけれど、わたくしは未だにこの屋敷の当主夫婦に会ったことはない。
こんな見た目だし、わたくしが犯した罪はご存じないと言っていたから、もしかしたら気付かないままわたくしという面倒を押し付けられた方なのかもしれないと、まだ見ぬ当主夫婦に同情もした。
近くで普段通り監視している男の存在も気にならないくらい目の前の仕事に没頭していたわたくしは、各部屋のゴミを回収し窓を開けながら部屋から部屋へ移動していると、ふと一室の扉が薄く開いているのを見つけた。
この部屋が誰の部屋なのかわたくしには分からないが、ゴミを回収する為ドアノブに手を伸ばすと中から誰かの話し声が聞こえてきた。
その声が聞こえてきた瞬間、一瞬で心臓を鷲掴みされたように苦しくなり、熱くもないのにいつの間にか握りしめていた手に汗が滲んできた。
(どうして……)
(嘘よ、そんなはずないわ。だってあなたは……)
本能でこれ以上先へと進む事を拒否しているのに、わたくしの身体は見えない糸で操られたみたいに自然とドアノブへと手を伸ばしていた。
元々薄く開いていた扉は少し押しただけで簡単に開いた。目に飛び込んできたそれは、どこまでも幸福が続いているような、そんな優しい光景だった。
寝台に横たわる相手に向かって声の主は、どこまでも愛おしそうに言葉を紡いでいた。
「今日は君が好きなガーベラが綺麗に咲いていたから、庭で摘んできたんだ。次にガーベラが見頃になる頃には二人で庭を散策したいね」
そう言って寝台に横たわる相手の手を両手で握り、声の主はまるで縋るように自分の額に手を当てた。
「クラリス、どうか目を覚ましてくれ。僕には君しかいない、君だけなんだ」
叫びにも似た言葉を紡ぎながら、彼は祈るように身を屈めた。
そんな彼は、私が恋焦がれて壊した相手──テオドア殿下だった。
(どうして殿下がここに……)
(貴方が握りしめているその手はエイブリー様の……)
呆然と目の前の光景を見つめていると不意に頭上から聞き慣れた声がした。
「お前とその友人の感情ひとつで壊したあの二人をその目でよく見ておけ」
いつの間にか側まで来ていた男は、目の前の光景に顔色ひとつ変える事なく淡々と言い放った。
今まで目を逸らしていた現実を目の当たりにし、咄嗟に逃げようとしたわたくしは、しかし男に無理矢理身体を抑え付けられその場に拘束された。
これ以上目の前の光景を見ていられなくなった私は、せめてもの抵抗で目線を下げてみたけれど男はわたくしの顔を容赦なく掴み、その乱暴な行動にそぐわない静かな声色で口を開いた。
「これで満足か?」
「……っ」
「お前のくだらない恋慕の結果がこれだ。なあ、あの二人を壊して満足したか?」
そう言いながらもわたくしの顔を掴む手は容赦がなく、爪が食い込むほどに強い。
顔を背ける事も許されないわたくしは、目の前の光景をただ見ている事しか出来なかった。
(違う……違うわ)
(こんな結末、望んでなどいなかった)
わたくしはただ、自分の為に作られた世界で幸せになりたかっただけ。
前世からずっと変わらない理想の男性像である殿下と幸せになりたかっただけ。
わたくしはどこで間違えたの?
ううん、きっと最初から間違えていたのかもしれない。
あの時、殿下に一目惚れなんてしなければ……。
あの時、ライアンの誘いに乗ったりなどしなければ……。
選択さえ間違えなければ、きっとわたくしは身の丈に合った幸せを掴む事が出来た筈なのに。
それでもわたくしは何度同じ時を繰り返しても殿下を諦める事は出来ないだろう。
今だって痛ましい彼の姿を見ても、心が躍るのだから。
(好き……私を見て)
堰を切ったように流れるこの涙が、何を意味するのか今のわたくしには考える事が出来ない。
それでも、こんなに彼を愛しく想っても、殿下がこの想いに応えてくれる事は永遠にない。それだけは分かる。
(──ごめんなさい)
(それでもわたくしは、この想いを捨てられない)
誰に対する謝罪なのか、わたくしにも分からない。
だけどひとつだけ分かっているのは、この先どれだけ時間が流れ強く願っても、殿下がわたくしを見る事は決してないという事だけ。
23
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。


【完結】『私に譲って?』そういうお姉様はそれで幸せなのかしら?譲って差し上げてたら、私は幸せになったので良いのですけれど!
まりぃべる
恋愛
二歳年上のお姉様。病弱なのですって。それでいつも『私に譲って?』と言ってきます。
私が持っているものは、素敵に見えるのかしら?初めはものすごく嫌でしたけれど…だんだん面倒になってきたのです。
今度は婚約者まで!?
まぁ、私はいいですけれどね。だってそのおかげで…!
☆★
27話で終わりです。
書き上げてありますので、随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。
見直しているつもりなのですが、たまにミスします…。寛大な心で読んでいただきありがたいです。
教えて下さった方ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる