上 下
41 / 56
本編

幸せはどこ?・シャーロット視点②

しおりを挟む

 五歳なった年祝福検査を受ける為、初めて両親と共に神殿を訪れた。
 前世のわたくしは特に信仰している宗教はなかったから、何かひとつの神様を熱心に信じた事はなかった。
 でもこの世界の人々は違う。 わたくしの両親も屋敷の使用人も、皆女神アルテナ様を信仰している。
 前世の記憶が強いわたくしにはなかなか理解出来ない光景だったけれど、あの世界にもたくさんの宗教があった。
 それに何かに縋る事は、別に悪い事だとは思わない。
 この世界の女神様は祝福を授けて下さるだけで、あとは人間達の力でその祝福を使い生活を豊かにさせなさいとの教えのようだった。
 決してアルテナ様頼りではない、大切な決断はどんな瞬間も自分達人間に託されている、そんな信仰は純粋に好感が持てた。
 だからこそわたくしは、前世で時々ニュースなどで見た洗脳タイプの宗教ではなさそうだったので、形ばかりの信仰を続けていた。
 

 あの日家族で出向いた神殿で、わたくしは天使を見た。
 司祭の長い話を半分以上聞き流しながら自分の検査の順番を待っていたわたくしは、ふと同じようにこの場に来ている子供達の顔を盗み見るように見渡した。
 そんな時、わたくしよりも前列に座っていた子どもの名前が呼ばれ、その子供と入れ違いで部屋から出てきた人物を視界に映した途端、心臓が大きく高鳴った。
 相手はわたくしの事など視界にすら入れてはくれていないのに、どうしてだか私は一瞬たりともその子供から目が離せないでいた。

 癖のない少し長めの真っ直ぐな銀の髪も、宝石をはめ込んだかのような深い海を連想させるブルーの瞳も、彼の良さを引き立たせる脇役にしか過ぎないと子どもながらに思った。
 あどけない表情なのに纏う空気は他の子ども達とは明らかに違っていて、そのギャップにも私は強く魅了され、同時に強く引き付けられた。
 前世と今生で唯一変わらなかった自分の理想とする異性の容姿を持つ相手が目の前に現れ、その時のわたくしは酷く興奮していた。
 そして帰りの馬車の中、先程見た男の子の事を両親に話すとすぐに彼の名前を知る事が出来た。

 テオドア・ルイ・グレンヴィル──この国の第一王子殿下であり、未来の国王となるべく存在その人だった。一度目にして名前を知ると、もうこの気持ちに蓋をする事が出来なくなっていた。

 この世界はわたくしが前世願っていた幸福そのもの。
 だったらテオドア殿下も、わたくしの婚約者になってくれるかもしれない。
 今は違くても婚約者にさえなる事が出来れば、わたくしを愛してくれるかもしれない。
 気付けばわたくしは両親に神殿で見たテオドア殿下と婚約がしたいと、そう口にしていた。
 娘を愛している両親、そしてわたくしの理想を具現化したこの世界なら、テオドア殿下と婚約する事は可能のはず。
 だけど現実は、貴族の子どもである私の一言で動く程、簡単なものではなかった。

 「──殿下の婚約者はハミルトン公爵家のご令嬢に決まった」

 そう言って申し訳なさそうな表情で謝るお父様に、どうして自分ではないのかと食い下がると、殿下の婚約者になったハミルトン公爵令嬢は、この世界でも希少と言われている“繁栄”のギフト持ちだからだと優しく教えてくれた。

 (この世界は私の為の世界ではないの?)

 生まれてからまだ五年しか経っていないけれど、全てが前世で夢見ていたわたくしの幸福をそのまま形にした、わたくしの為の世界なのに、どうして殿下の婚約者になれないの?
 そんな考えがずっと頭の中をぐるぐると巡り、その日から自然と顔も知らない彼の婚約者と、テオドア殿下が並び立つ姿を想像するようになった。
 わたくしは未だテオドア殿下とは話した事はないけれど、きっと素敵な人に違いない。
 そんな彼の横に堂々と並び立つ権利を得た令嬢が心底羨ましいと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...