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本編
幸せはどこ?・シャーロット視点①
しおりを挟む薄暗くジメジメとした隙間風が吹くこの地下牢に連れて来られて、一体どのくらいの時間が経ったのか。
最初のうちは丁寧に日にちを考えていたけれど、それももう辞めてしまった。
地下牢へ収容されてからすぐに侯爵であるお父様に取り次ぐように頼んだけれど、それすらもう意味がない事をわたくしは知っている。
収容されてすぐは、わたくしにも声を上げる元気が残っていたから。
だからこそ牢番に何度もお父様に連絡を取るように頼んだ。
「わたくしは未来の王太子妃よ。ねえ、お父様を呼んでちょうだい」
「殿下の婚約者は罪人のお前などではない。俺達はお前の願いを聞き入れる義理はない」
牢番にすら冷たく突き放され、わたくしはお父様が救い出してくれる時をじっと待ち続ける事しか出来なかった。
わたくしを溺愛している両親ならどうにか助け出してくれるはず。
だってずっと幸せな家族だったもの。両親は娘であるわたくしを愛してくれていたじゃない。
でもそんなわたくしの願いも虚しく、尋問を担当している人間からバルセル侯爵家よりわたくしの離籍申請が出され、即日受理された事を知らされた。
──侯爵であるお父様は、わたくしを切り捨てた。
いくら溺愛していた一人娘であっても、侯爵家の存続と天秤にかけたら軽いものだったのだろう。
だったら殿下はどうだろう……一瞬そう考えたけれど、すぐにその考えはあり得ないとかぶりを振った。
だって殿下はわたくしを愛していない。
エイブリー様がライアンに夢中な時だって、彼の瞳がわたくしを映す事など一度だってなかったのだから。
そう、最初から分かっていた事だったのに。
わたくしが浅ましい想いを抱いたりしなければ、きっとみんなあるべき形の幸福を手にする事が出来ていたはずなのに。
(わたくしが壊した……)
あの時ライアンの悪魔の囁きに耳を貸さなければ、きっと殿下とエイブリー様は幸せでいられたのに。最初から分かっていたのに、それでも殿下への恋心を捨てきる事が出来ない。そんな愚かな自分が一番憎い。
一体いつまでここにいればいいのだろう。連日の厳しい尋問で疲弊していたわたくしは、過去を振り返った。そう、確かにあの時までは上手くいっていたと思ったのに。
わたくしには生まれた時からこの世界ではない、もっと文明が発達した世界で生きてきた記憶があった。
前世のわたくしは、あの世界にとって、どこにでもいる普通の社会人として働き、日々を過ごしていたと思う。
毎日クタクタになるまで働いて満員電車に乗り家へ帰る。そして気絶するように眠りに落ち、また同じような朝を迎え会社で働く。そんな代り映えのない毎日。
どうして死んだのかまでは覚えていない。
ただあの当時睡眠障害を患っていたから、もしかしたらその時服用していた睡眠薬を飲み過ぎた事が転生のきっかけかもしれないと今になって考える。
最初に目が覚めた時は、お伽話に出てくるような豪華な部屋の天井が目に入った。
息を飲むような美貌の男女がわたくしを見下ろし、優しい笑顔を向けてくれているその光景に、何故だかとても苦しくなったのを覚えている。
前世では施設育ちだった私に、本当の家族は存在しなかった。
だから目の前にいる男女が交わす会話からこの二人が今生の両親なのだと知り、今度こそわたくしの望む幸福が手に入るかもしれないと胸を躍らせた。
前世では幸せだった事がひとつもなかった分、今度こそ幸せを掴みたい。
わたくしは今生の家族と、ずっとずっと幸せに暮らしていきたいとその時強く願った。
両親や屋敷にいる使用人は本当にわたくしを大切にしてくれたし、この世界には遠い昔に思い描いた“本当の家族”が確かにそこにはあった。
子ども思いの両親、いたずらをしても微笑ましく見守ってくれる優しい使用人。
何もかもが前世のわたくしの理想そのものだった。
この幸福はきっと前世で苦労したわたくしに対する神様からのご褒美なのだと、ずっとそう信じてきた。
いや、今だって信じてる。この世界はわたくしの為に神様が用意してくれたのだと。
でも前世で転生した人間を題材にしていた小説をいくつも読んでいた記憶から、自分の行動次第で破滅の道もあるかもしれないという考えも、ずっと頭の片隅にあった。
でもわたくしには、この優しい家族だけで十分幸せ。
大切なお父様、お母様。使用人の皆、わたくしには十分すぎる程の幸せだったから。
だからこれ以上の幸せは望んだりしない。
今のわたくしは貴族の娘だから、いずれは家門の利益になる相手へと嫁ぐ事になるだろう。
でもわたくしを愛してくれているあの二人なら、きっとわたくし自身の意志を尊重してくれる。
万が一にも不幸な結婚をする可能性は極めて低いと思った。
だからこそ今ある幸せで満足だと、あの時確かにそう思っていた筈なのに……。
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