【完結】おはよう、僕のクラリス〜祝福という名の呪いと共に〜

おもち。

文字の大きさ
上 下
40 / 56
本編

幸せはどこ?・シャーロット視点①

しおりを挟む

 薄暗くジメジメとした隙間風が吹くこの地下牢に連れて来られて、一体どのくらいの時間が経ったのか。
 最初のうちは丁寧に日にちを考えていたけれど、それももう辞めてしまった。
 地下牢へ収容されてからすぐに侯爵であるお父様に取り次ぐように頼んだけれど、それすらもう意味がない事をわたくしは知っている。
 収容されてすぐは、わたくしにも声を上げる元気が残っていたから。
 だからこそ牢番に何度もお父様に連絡を取るように頼んだ。

 「わたくしは未来の王太子妃よ。ねえ、お父様を呼んでちょうだい」
 「殿下の婚約者は罪人のお前などではない。俺達はお前の願いを聞き入れる義理はない」

 牢番にすら冷たく突き放され、わたくしはお父様が救い出してくれる時をじっと待ち続ける事しか出来なかった。
 
 わたくしを溺愛している両親ならどうにか助け出してくれるはず。
 だってずっと幸せな家族だったもの。両親は娘であるわたくしを愛してくれていたじゃない。

 でもそんなわたくしの願いも虚しく、尋問を担当している人間からバルセル侯爵家よりわたくしの離籍申請が出され、即日受理された事を知らされた。

 ──侯爵であるお父様は、わたくしを切り捨てた。
 いくら溺愛していた一人娘であっても、侯爵家の存続と天秤にかけたら軽いものだったのだろう。

 だったら殿下はどうだろう……一瞬そう考えたけれど、すぐにその考えはあり得ないとかぶりを振った。
 だって殿下はわたくしを愛していない。
 エイブリー様がライアンに夢中な時だって、彼の瞳がわたくしを映す事など一度だってなかったのだから。
 そう、最初から分かっていた事だったのに。
 わたくしが浅ましい想いを抱いたりしなければ、きっとみんなあるべき形の幸福を手にする事が出来ていたはずなのに。

 (わたくしが壊した……)

 あの時ライアンの悪魔の囁きに耳を貸さなければ、きっと殿下とエイブリー様は幸せでいられたのに。最初から分かっていたのに、それでも殿下への恋心を捨てきる事が出来ない。そんな愚かな自分が一番憎い。
 一体いつまでここにいればいいのだろう。連日の厳しい尋問で疲弊していたわたくしは、過去を振り返った。そう、確かにあの時までは上手くいっていたと思ったのに。

 わたくしには生まれた時からこの世界ではない、もっと文明が発達した世界で生きてきた記憶があった。
 前世のわたくしは、あの世界にとって、どこにでもいる普通の社会人として働き、日々を過ごしていたと思う。
 毎日クタクタになるまで働いて満員電車に乗り家へ帰る。そして気絶するように眠りに落ち、また同じような朝を迎え会社で働く。そんな代り映えのない毎日。
 どうして死んだのかまでは覚えていない。
 ただあの当時睡眠障害を患っていたから、もしかしたらその時服用していた睡眠薬を飲み過ぎた事が転生のきっかけかもしれないと今になって考える。
 
 最初に目が覚めた時は、お伽話に出てくるような豪華な部屋の天井が目に入った。
 息を飲むような美貌の男女がわたくしを見下ろし、優しい笑顔を向けてくれているその光景に、何故だかとても苦しくなったのを覚えている。
 前世では施設育ちだった私に、本当の家族は存在しなかった。
 だから目の前にいる男女が交わす会話からこの二人が今生の両親なのだと知り、今度こそわたくしの望む幸福が手に入るかもしれないと胸を躍らせた。

 前世では幸せだった事がひとつもなかった分、今度こそ幸せを掴みたい。
 わたくしは今生の家族と、ずっとずっと幸せに暮らしていきたいとその時強く願った。
 両親や屋敷にいる使用人は本当にわたくしを大切にしてくれたし、この世界には遠い昔に思い描いた“本当の家族”が確かにそこにはあった。
 子ども思いの両親、いたずらをしても微笑ましく見守ってくれる優しい使用人。
 何もかもが前世のわたくしの理想そのものだった。

 この幸福はきっと前世で苦労したわたくしに対する神様からのご褒美なのだと、ずっとそう信じてきた。
 いや、今だって信じてる。この世界はわたくしの為に神様が用意してくれたのだと。
 でも前世で転生した人間を題材にしていた小説をいくつも読んでいた記憶から、自分の行動次第で破滅の道もあるかもしれないという考えも、ずっと頭の片隅にあった。
 でもわたくしには、この優しい家族だけで十分幸せ。
 大切なお父様、お母様。使用人の皆、わたくしには十分すぎる程の幸せだったから。
 だからこれ以上の幸せは望んだりしない。

 今のわたくしは貴族の娘だから、いずれは家門の利益になる相手へと嫁ぐ事になるだろう。
 でもわたくしを愛してくれているあの二人なら、きっとわたくし自身の意志を尊重してくれる。
 万が一にも不幸な結婚をする可能性は極めて低いと思った。
 だからこそ今ある幸せで満足だと、あの時確かにそう思っていた筈なのに……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様

さくたろう
恋愛
 役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。  ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。  恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。 ※小説家になろう様にも掲載しています いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

処理中です...