36 / 56
本編
君へ感謝を
しおりを挟む「やあ、意外と元気そうだね」
「……殿下は少しやつれたようですね」
相変わらず減らず口を叩く目の前の青年を無視して、僕は格子越しに用意された椅子にゆっくりと腰かけた。
「君と世間話をするつもりはないから本題に移るけど、今日はささやかだけど贈り物を用意してきたんだ」
「贈り物?」
「ああ、君はきっと喜んでくれると思ってね。あれから僕も色々考えたんだ。君がどうしてクラリスを標的にしたのか、君の行動の原理は何なのだろう?って」
「それについてはあの夜会の時、説明したと思いますよ。僕は純粋に祝福の利用方法に疑問を抱いたって。だって使い方を誤ってアルテナ様から罰せられるからと言って、正しく祝福を理解しようとしないこの世界のあり方に疑問を抱かない殿下達がおかしいと思ったんですよ。だからちょうど殿下に懸想しているシャルがいたから粉を掛けたんです。まあ僕としてはこんなにも簡単に事が運ぶとは予想外でしたけど」
あの日と変わらず笑顔を絶やさない彼の心情を、正しく理解している人間が果たしてこの世界にいるのだろうか。
僕も正しく理解出来ない人間の一人だ。あれから随分彼の行動の原理を考えた。
そして僕の中ひとつの答えが導き出された。
これはひとつの賭けでもある。
「……まずは最初の贈り物だよ」
そう言って彼の足元へひとつ目の贈り物を放り投げた。
「殿下……これは一体何でしょうか」
「君にはこれが何に見えるのかな?」
「女性の髪の毛ですね」
「そうだね、君もよく見覚えがあると思うよ」
髪束を見た彼の眉がほんの一瞬だけ反応を示したが、すぐにいつもの笑顔を張り付けた表情に戻ってしまった。
「殿下が何をなさりたいのか僕には分かりかねます。これを僕に見せた所で貴方の望む反応は見られないと思いますよ」
「それはどうかな。君の大事な友人にもね、ささやかながら贈り物をしたんだ。今頃死んだ方がマシだと思うような状況の中で、僕は本人が幸せなになれるように十分な用意を整えたんだ。だから友人である君にも、同じように贈り物を用意したんだよ」
そう言ってあの女の現状をひとつひとつ教えてやると、目に見えて動揺するこの男の反応がおかしくて仕方ない。同時にやはり僕の仮説は正しかったのだと思った。
「シャルは関係ない!!僕がシャルを唆したんだ、彼女は悪くない!!」
「それを決めるのは君じゃないだろう?被害を被った僕や、クラリスが決める事だと思うけど?」
「復讐するなら僕だけで十分だろう!!」
鉄格子を掴み大声で叫ぶ目の前の男に先程までの余裕はない。
僕は最後に今日わざわざここへ足を運んだ本当の目的を告げる為、彼に向けて笑みを浮かべた。
「僕はね、君たちに、特に君に感謝しているんだ」
「……感謝?憎悪の間違いだろう」
「君の行動が、考えが、この先の僕達の人生に大きく影響を及ぼしたんだ。当然だけれど君に感謝しているんだよ。それに自分の重大な欠点にも気付かされた」
「……」
「僕はね、随分頭が固かったんだ。この先の人生ではもっと柔軟な考え方をしていくつもりだよ」
僕の意図する事を図り兼ねているのか目の前の青年の表情は険しいままだ。
でもそれでもいい。この男に僕の真意を理解してもらうとも思わないし、未来永劫理解などしてほしくもない。
「ああ、安心してほしい。君の友人は殺さない。殺さない代わりにその生涯を賭けて死んだ方がマシだと思うふさわしい末路を用意しているから。そして君には感謝の印に、特別にこれからも友人の近況を教えてあげよう」
「シャルは関係ない!!罰するなら僕だけでいいだろう!!僕が魅了を使い殿下の婚約者を狂わした、シャルじゃない!!」
「僕は誰に何を頼むまでもなく、愛するクラリスを理不尽に傷付け奪われた。なのにどうして僕が、君の願いを聞き入れないといけないんだろう?」
おかしいだろう?と微笑むと、目の前の男が初めて怯えたような表情を浮かべた。
自分のした事を棚に上げて、僕に助けてを乞うなんてどう考えてもおかしいだろうに。
言いたい事は伝えたので出口へ向かおうと椅子から立ち上がると、目の前の青年は格子を掴んだままその場に座り込んでしまった。これ以上は興味もないのでそのまま出口に向かうと、ふと最後に言い忘れた事があったのを思い出し、本当に最後になるであろう言葉を彼に向けて送った。
「簡単に楽になれるだなんて思ってはダメだよ。君達にはまだまだ贈り物をたくさん用意しているから」
そう、簡単に自我を失わせる事も、自死する事も絶対に許さない。
クラリスを傷つけ苦しめた代償は、この程度では支払いきれないし、この僕が許さない。
僕からの贈り物は始まったばかりなのだから。
21
お気に入りに追加
286
あなたにおすすめの小説

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。
やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。
しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。
とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。
===========
感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。
4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします
皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。
完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。


【完結】『私に譲って?』そういうお姉様はそれで幸せなのかしら?譲って差し上げてたら、私は幸せになったので良いのですけれど!
まりぃべる
恋愛
二歳年上のお姉様。病弱なのですって。それでいつも『私に譲って?』と言ってきます。
私が持っているものは、素敵に見えるのかしら?初めはものすごく嫌でしたけれど…だんだん面倒になってきたのです。
今度は婚約者まで!?
まぁ、私はいいですけれどね。だってそのおかげで…!
☆★
27話で終わりです。
書き上げてありますので、随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。
見直しているつもりなのですが、たまにミスします…。寛大な心で読んでいただきありがたいです。
教えて下さった方ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる