上 下
27 / 56
本編

小話-ぼくのこんやくしゃ-

しおりを挟む

 クラリスの妃教育と、僕の王太子教育の合間に設けられている二人で過ごす事の出来る特別な時間。
 普段ならゆっくりとお茶を楽しむんだけど、今日は僕の提案で侍女や護衛の皆と一緒にかくれんぼをしているんだ。

 護衛の一人が鬼役になったから、僕とクラリスは二人で庭園の隅にある普段は庭師が使用している小さな小屋の裏手に隠れる事にした。
 二人で小屋の裏手に座り込み息をひそめていると、ふいにクラリスが僕の方へ視線を向け小さな声で呟いた。

「ねぇ、ルイ。この場所は噴水の場所から離れているから見つけてもらえないかもしれないわ」
「クラリスは心配症だなぁ。離れていると言ってもほんの少しじゃないか。それにここは王宮内だよ?僕もいるんだから大丈夫だよ」

 不安そうに僕を見るクラリスに、一人じゃないよという意味を込めて彼女の小さな手をそっと握りしめた。
 クラリスは万が一の事を心配しているけれど、庭園の入り口からここまでは心配する程距離が離れてはいないし、仮にも僕は王族だ。だから常に影が付いている。
 誰にも見つけてもらえず、ずっとこのままという事態はまずあり得ない。
 だけど、今はその事実をクラリスに伝える事は出来ない。まだ婚約者という立場の彼女に影の存在を伝える事は出来ないからだ。

「クラリスを絶対に一人にしないよ、約束する。この先どんな事があっても僕が君を守ってあげるから」
「……ほんとに?」
「うん、約束する。どんな事があってもクラリスを一人にしない。必ず僕が守るよ」

 そう言って僕はそっと自分の右手の小指をクラリスに差し出した。
 少し前に平民の間ではこうして約束を交わすと聞き、僕らの間で“約束”をする時は必ずこの指切りで約束を交わすようになっていた。

「じゃあ……私も、ルイが困っていたら必ず助けに行く。男の人みたいな力はないけれど、その分今よりもっと勉強を頑張るわ。そして必ず国王になるルイを必ず助ける。だから必ず優しくて立派な国王になってね」
「僕、立派な国王になれるかな」
「ルイ?」
「クラリスも聞いた事があるだろう?僕の見た目が賢王と呼ばれているルーファス元陛下にそっくりな事」
「ええ、知ってるわ」

 クラリスは頷きながらも話の意図が分からないのか不思議そうにこちらを見ている。

「賢王と呼ばれたルーファス元陛下に瓜二つだって言われるけど、僕には彼みたいな賢王にはなれない、自信がないんだ。だってみんな言うんだ。僕の外見は確かにルーファス元陛下に似てるけど、中身は似ても似つかないって」
「ルイ、」
「それはそうだよね。僕は見た目が賢王に似てても本当は国王の素質がない。ルーファス元陛下みたいに優秀でもない」
「ルイはルイよ。見た目が似ていても貴方はルーファス元陛下じゃない。それにルイには私がいるわ。ずっとずっと側にいる」

 誰にも言えない自分の弱い部分、クラリスになら素直に口にする事が出来る。
 王宮にはまともに呼吸が出来る場所すらない。でもクラリスが横にいると、クラリスがいる場所でならば、僕はまともに息をする事が出来る。
 僕にとってクラリスは光であり、澄み渡った空気そのものだ。
 
「ふふっ、クラリスにそう言われると本当に守られている気分になる」
「私だってルイに言われると同じ気持ちになるわ」
「なんだろう、クラリスの言葉はアルテナ様みたいな加護の力がある気がするんだよね」
「それは流石に言いすぎだわ」
「そうかな?僕にとっての女神はクラリスだけなんだけどなぁ」
「ねぇ、ルイ。約束してね」
「うん、約束する」

 クラリスの愛らしい小指が彼女のものよりも少しだけ長い僕の小指にそっと寄り添うように絡み合う。

「クラリス、僕の傍にずっといてね。僕達こうやって、ずっと一緒にいるんだ。ずっと、ずっと一緒に生きていこう」
「ええ、私達ずっと一緒よ」
 
 そうやって内緒話をするように二人で顔を突き合わせていると、遠くの方で自分達を探す護衛の声が聞こえてきた。
 その声に反応するようにクラリスが小さく微笑み、つられて僕まで笑ってしまった。
 笑い声が聞こえたのかすぐに護衛に見つかり、その日のかくれんぼは終わってしまったけれど、クラリスと二人だけの内緒話が出来た事が、僕は嬉しかった。
 クラリスと共にこの国を導いていく日がそう遠くない未来にあるのかと思うと、僕は何故だかとても心が弾んだ。

 国王の役目は生半可な覚悟では務まらない。それは父上を一番近くで見ている僕にとって紛れもない現実だ。
 その立場には必ず重く苦しい責任が伴ってくる。決して楽しい事ばかりではない事を実際目にしていて思うのだから。
 僕は決して優秀じゃない。僕が嫡子でなければ、弟の継承権が高ければ、きっと僕は王太子ではなかっただだろう。
 でも、僕にはクラリスがいる。
 この先大好きな彼女が傍にいてくれるなら、僕はどんな辛い事も、苦しい事も、乗り越えていける気がするんだ。
 
 だからね、クラリス。
 どうかずっと側にいて、僕の手を握っていて──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

処理中です...