上 下
19 / 56
本編

迫る期限

しおりを挟む



 あれからどれくらいの時間が経ったのか。悔しいが学園でのクラリスの行動には一切の変化がない。
 これから先、彼女と視線が交わらないこの苦しみを、僕は永遠に受けなければならないのか。
 今の僕が教室内にいても廊下にいても、クラリスの瞳は僕という存在を捉える事はない。あの日からもう嫌という程経験していても、僕の心は初めての時のようにズキズキと激しい痛みを伴い今も呼吸が苦しくなるほどの絶望を感じている。
 
 (クラリス、お願いだからこっちを見てくれ)

 僕の願いが彼女に届く事はない。それが積み重なれば積み重なる程、今まで経験した事のない言い知れぬどす黒い感情が芽生えそうになるが、僕は必死で抑えるしかなかった。
 クラリスの様子が変わってから日常と化した一人だけの昼食も、移動も、何もかもが息苦しく感じる。そんな何も進展しない悶々とした日々を過ごしていると、突然陛下から呼び出しを受けた。

 息苦しいだけの学園を逃げるように後にした僕は、馬車の中で陛下に呼び出された理由を考える事で意識を強制的に逸らす事にした。
 大方陛下の呼び出しは見当がついている。でもそれを認める事が出来ない自分もいる。僅かな可能性でもあるならそこに賭けたい。そんな考えを嘲笑うかのように馬車は王城へと到着した。
 謁見の間に入ると既に国王陛下と宰相の姿があった。急ぎ陛下の御前に向かい頭を下げると、陛下は一瞬の間の後、静かに僕に告げた。

 「テオドア、そなたとハミルトン公爵令嬢の婚約は議会の決定により一カ月後に正式に解消する事となった」

 予想はしていたけれど、僕に与えられた衝撃は凄まじかった。
 すぐさま抗議しようと口を開きかけた時、まるでこちらの動きを分かっていたかのように陛下は手を上げ、僕に静止を求めた。

 「まだ話は終わっていない、最後まで聞くんだ。そして新たにバルセル侯爵令嬢がお前の婚約者として決定した。一カ月後のハミルトン公爵令嬢との婚約解消を発表するタイミングで新たな婚約についても発表する予定だ」
 「その決定は……」
 「お前の予想通りだ、覆る事はない」

 ずっとずっと、可能性のひとつとして頭にあった事だった。
 それでもこの決定を受け入れられる程、僕は従順で利口な人間にはなれない。
 覚悟を決めた僕は、あの日からずっと心に決めていた事を陛下に告げた。一瞬表情を崩した陛下はそれでも静かに僕に問いかけた。

「お前の気持ちは変わらないのか?確かに幼少の頃よりハミルトン公爵令嬢と共に過ごしてきた時間がある事は分かる。しかし政に私情は必要ない、お前はそうまでしても彼女を選ぶというのか?」
 「陛下が仰っている意味も、僕の立場も理解しているつもりです。でも僕には彼女をこのまま切り捨てるような真似など出来ない」

 これは僕のエゴだという事も理解していても、僕はクラリスを切り捨てる事が出来ない。

 「ですから陛下、どうかお願いです。発表までの残り一カ月の間、僕が自由に動けるように許可をいただけないでしょうか?現時点で調べが済んでいる事もこの場で報告させて下さい。その内容を聞いて陛下には、最終的に判断していただきたいと思います」

 懐から現時点までのクラリスの周辺の調査やリアムが検査をしたクラリスの状態などを記した報告書を陛下へ手渡すとその場で陛下は中身をあらためはじめた。
 どれくらいの時間がたったのか陛下が手元の報告書から顔を上げ静かに問いかけてきた。

 「例えばここに書かれている通り、本当にハミルトン公爵令嬢が魅了に操られていたとして、此度の彼女の言動や行動、そして魅了にかかった事実は生涯消える事はない。それでもお前は、全ての責任を一人で背負う気はあるのか?」
 「元よりそのつもりです」
 「……お前の考えは分かった。もういい下がりなさい」

 この謁見で陛下の真意を聞く事は出来なかった。それでも僕の今の気持ちは十分に伝えられたと思い、急いでその場を後にした。
 僕には立ち止まっている時間などない。残り一カ月という短い時間で、クラリスに起きている異変の根本を突き止めるために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

処理中です...