【完結】貴方を愛していました。

おもち。

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 あれから何度も公爵邸を抜け出し、アリシアの屋敷に向かった私はアリシアに会う事は叶わなかった。
門前払いなのだ。どんなにアリシアに会わせてほしいと懇願しても、門が開く事はなかった。


一ヶ月の謹慎を経て学園に復帰しても、アリシアの姿はなかった。
アリスに声をかけられても上の空になっている事が多くなった。
あんなに愛おしく思っていた相手だったのに……
今の私には、アリシアの事で頭がいっぱいでアリス事を気にかける余裕はなかった。


「……アル?アルってば!急にどうしちゃったの?急に学園にも来なくなちゃったし、心配したんだよ?ねぇ、もうすぐ卒業パーティーがあるでしょう?アルが私をエスコートしてくれるんだよね!楽しみだなぁ♪……?アル?聞いてる?」
「あ、あぁ聞いてるよ」
「もう!アルったらしっかりしてよ?」


そう言って頬を膨らますアリスを見ても、以前のような愛おしさは感じなかった。自分でもどうしてなのか分からない。
アリシアと婚約破棄してからの自分は、何だかおかしい。
どうしてアリシアの事で頭がいっぱいなのか……今まではこんな事一度もなかったのに。どうしてあれだけ夢中だったアリスと一緒にいるのに思い浮かぶのは元婚約者の事なのか……
私には分からなかった。


結局卒業の日になっても、アリシアに会う事は出来なかった。
卒業パーティーは以前からの約束で、アリスのエスコートをした。


アリスに強請られて用意したドレスは、お世辞にも似合っているとは言えなかった。ドレスに着られているのだ。
アリシアならドレスに着られる事なんてないのに……
ふとそんな事を思い、私は考えを振り切るように頭を振った。


「ねぇ、アルどう?綺麗?」
「あ、あぁ綺麗なドレスだな」
照れたように頬を赤らめるアリスに、とてもではないが真実を口に出来るほど私は強くなかった。
そして、たいした褒め言葉も言えずドレスを誉めるに留めた。


 会場に到着して辺りをそれとなく見渡すが、やはりアリシアの姿はない。
あれからどんなに侯爵家に出向き、アリシアとの面会を求めたが叶う事はなかった。
父にも侯爵家から抗議が来ていると何度も叱責を受けた。

 アリシアに会いたい——

婚約していた時は一度もそんな事思わなかったのに……
そんな私の横で、ひたすら喋り続ける空気の読めないアリスに、不快感すら湧いてきてしまう自分がいる。
アリシアなら、状況を読んで行動するのに……
アリシアなら、その場に見合った行動を取るのに……


アリシアを邪険に扱い、手放したのは他でもない私自身なのに、己のした仕打ちはすっかり忘れそんな事を思った。

そんな中会場の入り口付近が騒がしくなり、何事かと振り向いた私はその人物を見て驚きに目を見開いた。
アリシアがいたのだ。婚約破棄からずっと会いたいと願い、何度も侯爵家へ足を運んでも会うことが出来なかった元婚約者が、この会場にいるのだ。

しかも最後に会った数ヶ月前よりも、ずっと綺麗になったアリシアは優しく微笑んでいた。
思わずアリシアの元へ駆け寄ろうとしたが、その場で足が止まった、否動けなくなったのだ。
アリシアを優しくエスコートしている男がいたからだ。
しかも二人は、対になるような衣装を身に纏っていた。

男の方はアリシアを見て、愛おしくてたまらないという気持ちを隠しもしていない優しい表情を浮かべている。対するアリシアも、男に見つめられ恥ずかしそうに顔を赤らめ微笑んでいる。
お互いがお互いを愛おしいと思っている二人の空気を感じ、私は己の出る幕はないのだと悟った。


そんな時、横にいる事も忘れていたアリスが、
「嘘!あの人ってもしかしてアリシア様!?え、アルの婚約者なのに他の男性からエスコートされて喜んでるの?待って、しかもあの人ちょっとかっこ良くない!?アル?アルってば!!」
と横で喚き散らしていた。
呆然とその光景を見ていた私は、隣で甲高い声で話しかけてくるアリスの声で我に返った。


「あ、いやアリシアと私の婚約は破棄されているから……」
自分で事実を口にして私はショックを受けた。そう、そうだ私は婚約破棄されたのだ。遠くの方で幸せそうに微笑むアリシアを見て、ズキズキする胸の痛みをグッと手で抑えた。
婚約破棄から数ヶ月の時間は経っていたが、私はどこか他人事のように感じていたのだ。
アリシアは、いつも自分を見て愛おしそうに微笑んでいた。私が婚約者に対して義務的な態度しか取らなかったとしても。例え贈り物すら自分で選ばず、従者に選ばせ手渡す事すらしなかったとしても、幸せそうな笑顔を見せていた。


だから分かってしまった……アリシアはあの男を愛していると。
以前は自分にその表情が向けられていたのだ。その表情を見て政略相手であったアリシアに愛情を返した事もないくせに、私はアリシアが心変りするなどと、考えてもいなかった。
この場でアリシアを見てようやく気付いたのであって、このまま会わないままなら一生気付かなかったであろう事実に更にショックを受けた。
私は、どこかでアリシアの気持ちに胡座をかいていたのだ。
アリシアは自分を愛しているから、少しくらい火遊びをしても許されると……


誰も許すとも許されるとも言った事などないのに……


「……酷いわ!」
そうやって一人で現実に打ちのめされていると、再びアリスの声で現実に戻ってきた。しかし隣にいる筈のアリスの声が、遠くから聞こえて来たのだ。
不思議に思って辺りを見渡すと、少し離れたところまで来ていたアリシア達のところにアリスがいた。
慌ててアリシア達のところへ行けば、肩を震わせて涙を流しているアリスと、アリシアを背に庇い嫌悪感を隠しもしない眼差しでアリスを見ている男の会話が、詳細に聞こえてきた。


「アリシア様は、アルバート様と仲良くしている私が気に入らないからと、ずっと嫌がらせをしていたんです。私ずっと辛くて……何度もお友達だと説明しても信じていただけなくて、突き飛ばされた事もあるんです。アリシア様は、暴力的な女性なんですよ。きっと貴方は騙されているんです!」
「………」
「アリス!」
「…ッ!アルバート様ぁ。アリシア様と一緒にいる男性が騙される前に、お救いしようとアリシア様のしてきた事をお伝えしているんです」
「!アリスやめないか!場所を考えろ」
「でもぉ!この方は騙されているんですよ!私可哀想で……」
そう言って泣き続けるアリスを必死に宥めていると、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
その声に顔を上げると、アリシアを背に庇っていた男が口元を押さえ肩を震わせていた。
「ふふっ…くっ…ふっ。ごめんアリィ、でもおかしくって」
涙を拭いながらアリシアに謝罪している男は、後ろでオロオロしているアリシアの方を向き大丈夫だよと一言声をかけると、こちらに向き直った。


「君はアリィの元婚約者殿だね?君の最愛の女性は、気が動転しているようだから休ませた方がいいんじゃないかな?」
笑顔で言ってはいるが目が全く笑っていない。

そのあまりにも冷たい眼差しに一瞬動けないでいると、泣き止んだらしいアリスがその男に話しかける。
「どうして分かってくれないんですかぁ!?私は貴方の為に言っているのにぃ!!」
叫ぶアリスの方を見る事もせずその男はアリシアに話しかける。
「時と場所すら弁えられない愚か者が、この場所にいるなんて驚いたよ。アリィ挨拶は済ませたから帰ろう?」
「え、えぇそうね。エディ……」
「場違いな人がいては、この後楽しむ事が出来ないだろうし。アリィはここに居たい?」
「私はエディがいればどこでも楽しいわ」
「ッ…!アリィ!」
そう言いながら顔を真っ赤にさせたアリシアを、思わずといったように抱きしめる男にアリシアはますます真っ赤になって固まってしまった。
そんなやり取りを見せられて居た堪れなくなった私は、アリスを連れてその場を離れようとした。
しかし、またしてもアリスが騒ぎ始めた。


「エディ様と仰るんですか!エディ様、私アリスって言います!アリシア様じゃなくて私とお話ししませんか?」


全く空気を読まないその発言に、私は別の生き物を見ているようだった。
相手の名前を、この時点までアリスは知らないで今まで話かけていたのだ。
普通はおいそれと話しかけていい相手ではない事は、相手の服装や所作で分かる。
そして極め付けは『エディ』というのは相手の愛称だろう。それを相手の許可もなく呼んでいるのだ。
普通の感覚ではまずあり得ない。
思わず異物でも見るように、アリスを見た。
今まで、貴族ではあり得ない距離感は度々あったのは承知している。
でもそれは自分に対してだけだと思っていたから、そこまで気にしてこなかった。今のアリスを見て、その考えは間違っていたのだと思い知った。
アリシアの横にいる男は、この国の貴族名鑑では見た事がない。私だって公爵子息。
全ての貴族の顔は覚えていなくとも、高位貴族や王族、主要な貴族の顔と名前は頭に入っている。
自国の貴族にもこの態度は叱責ものだが、他国の貴族となれば話は別だ。
私は慌ててアリスを止めにかかった。

「アリス、いい加減にしないか!相手の許可もなく名を呼ぶなど失礼だ!」
「アル?どうして止めるの?エディ様が、アリシア様に騙されているからお救いしようとしてるだけじゃない!これはれっきとした人助けよ!?」
「アリス、君は相手が名乗っていないのに勝手に名前を呼ぶのは失礼だと分からないのか!?話しかける事もそうだ、目上の人からと学園で習っただろう?」
「貴族のルールなんてどうだっていいじゃない。ここは学園でしょ?普通にお話ししちゃいけないなんて固苦しいわ!」
「アリス……」

この少女は、ここまで非常識だっただろうか?
そしてふと私は思い出した。アリスが言っていたアリシアにされた嫌がらせは、何だと言っていた?


 “婚約者のいる男性と、二人きりになってはいけない”
 “ここは学園でも、上下関係は大事にしないといけない”
 “貴族がほとんどの学園だから、貴族のルールは覚えた方がいい”

確かこんな内容ではなかっただろうか?
そこで私は、自分がアリシアに言った言葉を思い出した。

 “自分は友人と親しくする事も許されず、一々干渉されなければならないのか?”
 “少し砕けた態度で接してもいいじゃないか。社交界ではないのだから細かすぎる”
 “アリスは貴族ではないのだから、貴族のルールを押し付けるな”


私はアリシアに放った言葉の数々を思い出し、震えが止まらなくなった。
貴族社会では本当に当たり前の事ばかりだ。学園の中だけならば、アリスの態度はとやかく言われる事はないのだ。だってアリスは平民だから。
学園を卒業したら関わる事がなくなるから……
思わず辺りを見渡すと、冷めた目でこちらを見ている学友達がいた。


 そう、この卒業パーティーから自分たちは大人の仲間入りを果たす。つまりこの場からもう社交は始まっているのだ。
やっと己の置かれている状況を理解した私は、縋るようにアリシアを見た。
しかし、アリシアのパートナーの男がそれを遮るように前に立ち、アリシアに話しかけた。

「アリィ、やっぱり帰ろう?もういいよね?アリィも変なものに絡まれて疲れただろう?」
「ええ、エディ帰りましょう」


アリシアはそう言って、男の手を取り会場を後にした。結局一度もアリシアと目線すら合わず言葉を交わす事すら叶わなかった。
その姿を見たアリスが、また何か喚き出したが今度こそ力づくで押さえ込み、アリシア達を追いかけようともがいているアリスを、さらに無理やり押さえつけた。


後日卒業パーティーの日の醜聞が父の耳に入り、アルバートは生まれて初めて父に手をあげられた。

「大馬鹿者ッ!!!」
「……ッ!…申し訳ありません父上……」
「そんなにお前は平民になりたかったのか!?あんなマナーのなっていない女を連れ歩いていただけでも十分に家の恥なのに。卒業パーティーでエスコートだと?あまつさえ元婚約者に絡みに行くなどと!!とんだ恥さらしめ!!恥をしれ!」

何度も何度も父に殴られ、それでも私は謝罪を繰り返すしか出来なかった。
しばらく殴り続け、ようやく落ち着いた父は静かに告げる。

「あの日、アリシア嬢をエスコートしていたのは隣国の大公子息だ。そして彼女の新しい婚約者でもある。彼の国は我が国よりも強大だ。あの日、お前が連れていた平民がアリシア嬢に喧嘩を売りに行った事に対して、侯爵家と大公家から正式に抗議が来た。アリシア嬢は隣国の大公夫人になるんだ。もういい加減にしてくれ……我が家を潰す気なのか?」

一気に老け込んだように見える父に、そう告げられ私は何も言えなかった。
反発ではない。自分のしてきた事は明らかに間違っていたし、アリシアにも迷惑がかけた自覚があったからだ。


「……父上、私は父上の後を継ぐ資格はありません。後継は親戚から養子を取ってください。私は……私はあの日やっと己の立ち位置を理解しました。アリスではなく、婚約者だったアリシアをもっと大事にするべきだった。もっとちゃんとアリシアと向き合って、話をするべきだったのです。アリスに嫌がらせを受けていると相談を受けた時に、アリスではなくアリシアときちんと話をするべきだった。婚約者だったアリシアを蔑ろにしたのは私自身です。婚約者すら大事に出来ない、周りすら見えていなかった私に次期公爵は務まりません。申し訳ありませんでした……」

そう言い私は、深く頭を下げた。
きつく目を瞑る。自分はこれからどうなるのかは分からない。でもどんな決断を下されようとも素直に受け入れるだけだと思う。
もう私にはそれ出来ないのだから。


アリシアの姿が脳裏に浮かぶ。
手を伸ばせば届く距離にいたのに、愚かな自分はその幸せを自ら手放して掴んだものは、ではなかった。
今更後悔しても遅い。それは理解していてもアリシアの幻影に縋る。
もう二度と触れる事も叶わない彼女を想う。
せめてそれだけは許してほしいと願いながら……







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