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シーズン Ⅰ

ー第5話ー 追う者の定義

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警視庁捜査一課の刑事山崎透にとってその日は何気無い日になると思っていた。
捜査一課の刑事としての仕事も無く、だからこそ溜まった書類を片付けている。そんな平和な日常。
無論書類の片付けも楽ではないが、事件が起きて誰かが傷付くよりはましだとも言える。
そんな中だった。不意にスマホがメールの着信をしらせて来る。
事件の捜査中なら当然マナーモードにし、すぐには確認しないが、現状ならそんな余裕がある。
来るメールのだいたいは広告等確認するまでもない内容だが、たまにそうでもない事がある。
だから透も余裕がある時はこまめに確認していた。
そして皮肉にもそのメールはこまめに確認して”正解”なものだった。
「・・・・・・・。」
メールの送り主は透の姉山崎茜。出来れば連絡の来てほしくない相手だった。
メールの内容に会いたいとあった。時刻を確認すると間も無く昼時。
透は近くの飲食店で会おうと返信する。恐らく急いだ方が良いと透は判断したからだった。
そして姉からもすぐメールが返って来て『分かった、透もすぐに来て。』と予想通りの内容だった。
そして約10分後。姉と会うのは2年ぶりだが、顔を合わせればすぐに分かった。
「久しぶり透。」
「・・・ああ、久しぶり。」
刑事の悪弊と言うのか、つい相手を観察してしまう。そして姉が窶れているか疲弊している事に気付く。
「座ろうか。」
透はそう言って近くの空き席を指し、そこに顔を合わせる形で座る。
「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンを押して下さい。」
そんな二人を店員が見付けてお決まりの行動を見せる。
「見付かったの?。」
そんな店員が席を離れて行くのを確認してから少し小声で透は姉の茜に聞く。
そしてその茜は申し訳なさそうにしながら言葉ではなく首を縦に小さく振る事で答えた。
その反応に透は思わず溜め息を付いていた。事態が予想通りだったのもあるが、それが”厄介”な事だと知っていたからだ。
透の姉山崎茜は一度結婚している。しかしその相手は最悪だった。
妻を自分の感情の捌け口の為にだけに暴力を振るい、そして暴言も吐く。今で言うDVだ。
そうして妻の茜を精神的にも肉体的にも支配しようとしたが、想定外だったのが茜が意思力の強い人物だった事。
茜は当時すでに刑事になっていた弟の透に助けを求めた。
そして透も姉SOSに当然の様に応えた。
そしてその対応は正解だった。流石に相手が警察だと男は強く出れなかった。
しかしそれも長くは続かなかった。男が想定以上にずる賢く、そして執念深い人間だった。
何が何でも茜を自分の”物”にする。男が見せたのはそう思わせるものだった。
法の目を潜り抜け、証拠も残さない行動で幾度か茜を取り戻そうとした。
当の透は自身が警察という慢心から一度茜を取り返されそうになった。
流石に焦った。証拠が無ければ警察と言う存在は案外弱いと思い知る。男がついたのもそこだった。
しかし茜に対してのDV等の証拠なら多少はあった事もあり、強引にだったが弁護士を挟んで離婚へと事を運んだ。
だが事態はそれでは終わらなかった。離婚後男はストーカーと化したのだ、相変わらずずる賢く、姑息な方法で。
当然警察という手段ではどうにもならず。そして弁護士もまた無力だった。
仕方無く透は私財を以て茜を逃がした。居場所を知られないよう細心の注意を払って。
互いに連絡を取らないようにしていたのもその一つだったが、その姉から連絡が来た。
「どこまで”奴”に知られてる?。」
「当然だけど、住所は知られてる。で・・・・。」
そう言って茜は視線を後ろに向ける。透としてもそれも予想通り。しかも最悪な。
視線に気付いたのか、その男は透達に近付いて来た。
「久しぶりだね。」
いけしゃあしゃあと笑顔で言う男。しかしその表情には明確に悪意を感じた。
「もうそろそろ許してくれよ。いくらなんでも離婚は酷いと思うしな。」
ニヤニヤとした表情のままで言う男。それが透の苛立ちを高めていた。
「よく言う。姉さんを好きなだけ傷付けて、そのせいで自分の子供を流した癖に。」
これでもかと睨んで言う透。しかし男の表情は崩れない。
「その言い掛かりも酷いな。確かに茜に手をだしてしまったけど。そんな酷い事はしていないよ。
 それに、茜が流産したのは、たまたま”運が悪かった”だけだろう?。僕のせいにしないでよ。」
その嫌味な表情には『証拠も無いのに。』と続きそうに感じた。だからこそ透はより腹立たしく感じていた。
「兎に角僕はやり直したいんだ。本気だよ。だから茜も本気で考えて欲しい。
 そして弟君、今度は”邪魔”をしないでくれないかな?。」
そうして言いたい事は全部言ったとばかりに男は去る。当然茜の表情に不安を残して。
「どうしたら良い?。」
そう聞く茜の声は明らかに震えていた。しかし・・・・。
「・・・・・。」
透の方も万策尽きただったで、何も答えられずにいた。
「また連絡する。」
透の反応をみてより不安になったのかそう言って去る茜。
それに気付いて透は慌てて止めようと思うが、それ以上の思考が出ず、見送るしかなかった。
悔しさを抱えながら警視庁に戻ると追い討ちが来る。
今度は電話の着信。知らない番号だったが、この仕事上珍しくもないので電話に出る。相手は男が雇った弁護士だった。
内容は男が透によって警察という立場を悪用して無理矢理離婚させらた。
その事で訴えはしないが、再婚の邪魔をするのであれば法的措置も辞さないというもの。
流石の透も焦った。場所も状況も考えずにかつて茜の離婚の際に協力してくれた弁護士に連絡をした。
しかし、返って来た反応はあまり芳しくなかった。
元々離婚の材料とした”証拠”が弱いもので、もしも当時法的に離婚協議をしていたら勝てたか怪しかったと。
ただ当事者の証言とその身内が警察関係者だからと強引に進めたと。
「だからこちらを”訴える”と言うのが通ってしまうんです。」
なんとも弱気な声が電話の向こうから聞こえる。
その理由は分かると透は思っていたが。弁護士が弱気な理由はもう一つあった。
実は男弁護士に対しても手を打っていた。
『あんたは僕と妻を強引に離婚させた事に手を貸した。それって法的にまずいって知ってるよね?。
 当然僕から訴えられてもね?。だからね、今度しようって思ってる妻との再婚。邪魔しないでくれるかな。』
と脅しも同然の警告の連絡があったと言う。
しかしこの状況ではどうやってもこちらが弱い、それが現状だった。
「証拠が無い事が証拠に、武器になる場合があります。それが相手側の最大強みになっています。
 すみません。今回は力になれそうもありません。私も職を失う訳にはいかないので。」
「いいえ、こちらこそすみません。」
そう会話をしながら透は自分のデスクに戻ろうとしていた。
しかし、そこで一人の人物に目が行く。
榊昌。プロファイラーと言う肩書きを持つ心理のプロ。
正直これまで胡散臭いという心理から相棒でありながら距離を取ってきた対象。
でもどうしてか今は力を借りるべき相手に思えた、だから・・・・ 。
「すみません、もう少し時間を頂けませんか?。」
透はそう言って通話をスピーカーにして昌も下に行く。そして・・・・。
「突然で悪い。相談に乗ってくれないか?。」
唐突に言う透。しかし当の昌は間を置かずに「ええ、良いですよ。」と答える。
昌の能力から透が距離を置いた対応をしていたのは気付いているだろう。
しかし今の昌の対応はそれらの事を気にしていないと感じるものだった。
「すまない、助かる。」
だからか、透からは素直な言葉が出ていた。
そうして透は近場から椅子を引き寄せて昌と向き合う形で座る。
そしてついさっきまでにあった事、その事に関係している姉の事を昌に話す。
ただ透に焦りがあったのか、その説明には不十分と言える部分が多々あり、そこを電話越しの弁護士がフォローしてくれる。
「あまりのんびりしない方が良いかもですね。」
「あぁ、あいつ絶対に姉さんに絶対に酷い事をする。そういう奴だ。」
昌の反応に熱くなる透。しかし弁護士の方はそんな透を宥めようとしていた。
「その”相手”が暴力を振るう可能性が極めて高いのもありますが。」
「?、まだ何かあるのか?。」
昌の言い様に不審を感じた透の質問。
「酷い事を言う様にはなりますが。その”お姉さん”後々遺体で発見される可能性もあり得ると考えられます。」
「なっ!・・・確証が言っているのか!?。」
昌の言葉に怒りを覚えながら透が言う。いい加減な言動が許され場面ではない。そう判断出来る状況だからだ。
「明確な確証はありません。そのための判断材料が足りません。
 しかし、お二人の話しからその”可能性”は考えられると、そう判断したというところです。」
「ああ・・・悪い、そうだな。」
いい加減な事を言ってはいない。そういう場面ではないと確認するまでもない。
昌の言葉をそれを現しているもので、だからこそ透は謝っていた。
「出来れば当事者も含めてより詳しく話しを聞けませんか?。より正確な分析が可能かもしれません。」
「そうだな、分かった。連絡してみる。」
そうして透が連絡してみると思ったより呆気なくまた会う事となった。
場所はついさっき前まで姉と顔を合わせていた飲食店。一つのテーブルに昌と透。そして対面して茜という位置。
正直場所を変えたいところではあったが、男の性格とこれまでの行動を考えればあまり意味が無いと判断出来る。
そして再度山崎茜との合流を決めた辺りで弁護士が「すみません、こちらも仕事が・・。」と通話を切っていた。
但しその茜と合流出来るか?、という懸念があった。男からの妨害も十分に考えられたからだ。
しかしその懸念とは裏腹にその茜とあっさりと合流出来ていた。その事に昌は。
「そんな妨害行為は向こうには不利になるだけですですよ。山崎さんの話しを聞くかぎり、
 相手は”勝ち”に拘っているようですし、だからこそその様な愚行はしないタイプに思えましたが?。」
とそう指摘し、透も「ああ・・そうかもな。」と相槌を打っていた。
そしてちらっと視線を変えた透の目の先にこちらをじっと見ている男性がいる。
一見するとただの客の一人では?。と思える男性が一人で席に着いているだけに思える。
「彼、ですか?・・・。」
透の仕草を見ての昌の質問だったが、山崎姉弟からはの返事、これと言った反応はなかった。
しかし昌には、そこから見せる二人の反応、仕草だけで確認としては十分だった。
「解りました。つらいと思いますが、その”彼”の事を聞かせて貰えませんか?。」
昌の今回の本題とも言えるものの質問が始まる。静かで柔らかかな言葉運びで。
それはおそらく質問の対象の山崎茜が腕を自分の胸下で強く組み、僅かに震えている。それを汲み取っての事だろう。
「最初彼は穏やかで、優しく接してくれた。だから彼となら ”間違いなく”幸せになれる。最初はそう思っていたの。」
そこからも彼女の言葉は続く。体の震えがその声に響きながらも。それでも止まらない。
彼女の言う幸せな生活は同性が始まり、結婚するまで続いたのだと言う。
「でも猫を被ると言うのかな。結婚してすぐ彼は彼は変わった。いえ、今にして思えば変わった方が彼の”本性”だったのね。」
まず最初に男がやったのは茜に意見する事を許さなかった。つまり一切の物事でNOと言う意見を許さない事だった。
「そして暴力も始まった。勿論解りにくく体ばかりやられた。そしてあいつにはセックスですら暴力だったわ。」
彼女は自らの夫婦の営みを”セックス”と表現したが、
実際に話しとして聞こえて来るのはどう聞いてもレイプとしか思えない内容だった。
物事の全の決定権は男にある。それは夫婦の営みでも違わない。
全てが男の気分で、男の都合で、男の欲望で、そして茜はその為だけの人形も同然。
男は生かさず殺さずの加減が上手く、しかし容赦は無い。
しかしその反面営みでは避妊など一切考えない一方的なレイプも同然の行為。
「もうその頃には彼が最初に見せてくれていた優しさは欠片も無かった。
 度重なる暴力で体は常に傷みだけ。そして避妊を考えないセックスだったから結構あっさり妊娠した。
 でもその事を知った彼の反応は本当に悪魔に思えたわ。「なんで勝手に妊娠したっ!!。」それが第一声。
 今にして思えば勝手な言い分だと考えられる。だったら何で避妊しなかったって。」
だがしかし当時の茜にその考察力はなかった。肉体的にも精神的にもぼろぼろだったからだ。
「そしてあいつの暴力はより酷くなった。それがお腹の子を狙ったものだとすぐ解った。
 だから必死に守ろうとしたけど、無駄だった。結局お腹の子は流れてしまった。」
そう話す茜の表情は明らかに”つらさ”が出ていた。透はそれを「そろそろ限界か?。」と考えていた。
「出来ればその辺りで助けを呼んで欲しかったよ。」
茜の表情を見てつい口にする透。その表情には確かな悔しさがあった。
「おそらく、無理だったのではないでしょうか?。」
「何でっ!!!。」
唐突に言葉を口にした昌に怒りの声を上げる透。
「彼の言う通りよ透。携帯とか、連絡手段は取り上げられてたし、どうやって助けを呼べば?、だったから。」
表情に合わせてか茜の声は弱々しくなっていた。
「今の茜さんの言葉にも現れていますよ。貴女は暴力によって肉体的にも精神的にも支配されていた。
 それこそ”逃げよう”なんて考察を見失う程に。そうした支配は第三者の視点からでは信じられない程強力なんです。
 でもそれも絶対ではありません。事実自身の身を守る重要性という理性が勝ちだした。
 だからこそ今貴女はここにいる事が出来ている。そうですよね?。」
昌の言葉に茜は応えなかった。それは今の彼女有り様からだと無理もないと思えた。それだけ彼女は弱って見えた。
だからといったところか、そこからは透が話しを始める。
「切っ掛けは姉さんからの連絡だった。結婚してから連絡が来なくなってたから不審に思っていたってのもあった。
 だから姉さんの「助けて。」という連絡をすぐに”ただ事”じゃないって判断していた。
 何より”あいつ”も油断してたんだろ。あえて姉さんも抵抗を止めた素振りをしてたらしいから。
 でもだからといって簡単にとはいかなかった。あいつの方は状況を認めなかったし、
 「じゃあ姉さんに会わせろ。」と言うを要求も飲む気は無いって感じられた。
 でもだからこそ姉さんの「助けて。」が本気だって思えたし、こっちも本気になった。」
「それで救出に成功した、ですね。」
透の言葉に応えた昌に「ああ・・・。」としずかに返す。
「弁護士を通してと、俺の”警察官”という肩書きを利用して強引にだったが。
 実は離婚するにも、あいつを逮捕するにも決定的なものが不足してたんだよ。
 実際相談した弁護士にも真っ正直から法的に戦っても勝てない可能性が高いって言われた。」
透の言う証拠というのは茜の体に残っていた暴行の痕、それだけだった。
しかもそれも巧妙というもので、男の方にはぐらかされるとという弱いものになっていた。
「”どこを殴れば良い”というところだったんだろうな。
 取り様によっては「これ本当に暴力なのか。?」って言う傷の付け方をしてた。
 一応医者にも見せたけど、その医者からも渋い反応をされた。」
「だから強引な方法で離婚に運んだ・・・ですか。」
「ああ、証拠とも言えない証拠と俺が警察官だという事を利用しての口から出任せも同然にな。」
そして今に至る。透と昌会話が物語るのはそういう事だった。
「だけどその強引な事が今になって足を引っ張っている。」
そこで会話は止まる。透の悔しいという表情と茜の不安な表情を残して。
「姉さんを、助けなければ良かったのか・・・・。」
透のその言葉は質問ではなく、弱気になったが為に漏れたものだった。
「いえ、助けたのは正解ですよ。でなければ今彼女が生きている可能性はかなり低いでしょう。」
昌のその一言は余りにも容赦の無いものに聞こえた。事実それを聞いた茜はより表情を不安へと沈めていた。
「今まで話した内容でそこまでの判断が可能なのか?。」
透としても怒りの感情を上げたいところだろうが、その言葉にその感情は無かった。
「あくまでも可能性の域ですが。その彼は自身の物事を都合的にしか考えてなく。
 そこから事態が少しでもずれると他者に当たる形で修正を試みています。
 しかしだからといって事が片付くはずもなく。
 それを重なると感情の制御を難しくしているというのが茜さんの話しから判断出来ます。
 そしてですが、おそらく茜さんのSOSは彼にもバレた事でしょうし、
 どこまで可能性があるかは判断出来ませんが、その後も望まない妊娠もあったと考えられます。
 それらを考えて、彼が感情の制御を忘れ、茜さんに手を下した可能性は十分に考えられます。」 
昌のその指摘は暴力的は要因での流産からの再度の妊娠の可能性の事も含めていたが、
それら本来なら些細な出来事が茜の命の危険を招く危険性への指摘でもあった。
「言いたい事は解る、けどここまで聞き流してなんだが、そんな事で”人を殺す”まで至る事なのか?。」
ここまで冷静な態度を保っていた透に焦りが口調として出ていた。
ここまであまり口に出していないが、山崎姉弟の仲は良く、透の姉を守りたいという感情は真剣そのものだったからだ。
「今までも見て来ていませんか?。DVやストーカーという事案で”殺人”に至ったのを?。」
「勿論ある、取り調べで対面した事もある。でもだからこそ理解出来ないんだよ。
 そういう奴らの多くが”被害者”を大切に思っていた、大切にしていたと言う。
 だが実際はその”被害者”を傷付け、そして殺すという結末に至っている。
 ”大切”になんて思っているなら、言うのなら何故そうなる。はっきり言って理解出来ない。」
やはりその口調に焦りと言って良いものが残る透。
しかし昌は冷静な態度を変えず「それは当然ですよ貴方の思っている”大切”と相手の思う”大切は”違いますから。」と言い。 
それに透は「何っ!、それはどう言う事だっ!。」荒げた口調も混ぜて昌に言っていた。そして。
「それは私も知りたい。」と茜も続いていた。そして昌もそれに応える。
「分かりました。説明します。まず、基本的な部分としてDV、ストーカーといった行為に走る傾向にある人物は、
 対象、つまり被害者を自分より下のものとして見ている事が多く見られます。」
「つまり見下しているから暴力的な事が出来る、と言う事か?。」
「ええ、もう一つ質の悪い表現をしてしまえば相手を”物”として認識している事が見受けられます。」
昌の言葉に透が質問をする。そしてそのやり取りの中で透の表情が険しくなる。
「どう言う事だ。人間が”物”?、巫山戯ているのか!?。」
その言葉の通りに怒りの感情、表情を隠さずに昌を睨み付ける透。
「いえ、巫山戯てはいません。取り調べの中で相手が、言う事、もしくは思い通りにならなかったから仕方無く傷付けた。
 や、殺した。その他諸々、そう言う言い訳を聞いた事は無いですか。?」
「無い、は無いな。と言うよりそういう言い訳ばかりだったと思い出して今うんざりしている。」
「そういう言葉こそが被害者を”物”という価値に加害者が治めている証拠ですよ。
 自分の”物”だから自分の思うようにして良い。それが”物”でしかないから当たり前だ。
 そしてそれを「仕方無い。」という言い訳で自分を正当化している。そういう心理と言う訳ですよ。」
「・・・・・・・・。」
昌の回答に言葉を失う透。その内容は心理学の知識の無い透にも理解出来るものだったからだ。
「まさに自分勝手なナルシストみたいね。」
そしてそこまでの二人の話しから茜は無意識にそう口にしていた。
「ええ、的確な表現ですよ、それ。」
「え?。」
と茜の言葉に反応した昌に驚く茜。
「DV、ストーカーの犯罪に走る人間の多くに自己評価が異様に高く、
 そしてだからこそ自分意外の存在は下に位置しているべきだという、
 まさに自分勝手なナルシストである傾向が多くに見られます。」
茜の言葉に対しての昌の回答。そしてそこで透の口が開く。
「だから平気で人を”物”として見られる訳か?。」
「正確には”物”として位置付けていると言えます。自分の思い通りになる為だけの人形。
 だから自身の感情の捌け口に出来る。暴力、暴言、性的行為、何をしても良いという心理です。」
「吐き気がするな。」
確かに透が口にしたように昌の回答は気持ちの良いものではない。
それでもその場が今以上に荒れないのはその内容を口にしているのがその道のプロだからだろう。
「それで、だからこそ自分の思い通りにならなければ暴力という手段になる訳ね。」
茜のその言葉はここまでの話しと自身の記憶を照らし合わせてのものだった。
「ええ、そうですね、しかしそういう心理には加害者が未熟、つまり稚拙な心理部分があるという証明でもあるんです。
 事実人間には自身の感情を言葉にするという伝達手段があります。にも関わらず、それを”暴力”に置き換えてしまう。
 それはDV、ストーカー加害者に精神的に未熟、成熟出来ていない部分があるという事です。
 だから感情のコントロールが出来ず、暴力という手段に出てしまう。そういう事です。」
「そしてだからこそ殺人に走る。で良いのか?。」
茜の言葉に解説をしていた昌に思わず質問をする透。もうそこに焦りは無い。
「ええ、間違ってはいません。しかし、そこに独占欲という心理があると加えておきます。
 つまり、対象が自分以外の”物”になる事になる事が許せないという事です。
 もしもそうなるなら、壊してしまえ、つまり殺してしまえという心理という事です。」
「どこまでも自分勝手な事だ!。」
「そうですね。」
そこで一度会話が切れる。正直透と茜の二人にとっては”だからどうした”というものでしかなかったからだ。
どうにか少し間を置く形で透が「で、どうするか・・だよな。」と言葉に出来ただけだった。
すると昌は「では引っ掻けてみますか。」と言うと突然茜に顔を近付けて彼女の体の前に出ていた両手を自身の両手で握る。
透、茜、昌の三人が一つのテーブルを挟んで座っているでそう難しい事ではないが、
あまりにも突然の事で近付かれ手を握られた茜とそれを横で見ていた透は鳩が豆鉄砲を食らった表情になっていた。
しかしだから気付かなかった距離を取って茜達を見ていた男がずかずかという雰囲気で近付いていた事に。
「君は人の妻に何をしているのかな。」
その声で透と茜は男の存在に気付く。そして茜は怯える様な反応をし、透は男を睨んでいた。
「美しい女性だと思いましてね。だとしたらちゃんと挨拶をしないとと思いましてね。」
一方の昌は現状を理解出来ていない様な意味不明とも思える事を口にしていた。
「だとしても、そんな事をする必要はあるのかな。」
そう言う男の表情には明らかに怒りがあり、それは男の声にも表れていた。
そこで透はある程度ながら昌の狙いに気付いた。
ここまで平静という感情を崩さなかった男が今は”そうではない”のだ。
しかも本人は気付いているのかこれまでの余裕の態度もまた消えている。
「う~~ん。しかしアメリカではそう珍しい事ではないかと。」
「はぁっ!。何を言っているんだ!。ここは日本で、お前も日本人だろっ!。」
「確かに僕の両親は日本人ですが、僕自身はアメリカ人ですよ。」
だんだんと態度が荒くなる男に対してどこまで本気かと思えるいけしゃあしゃあとした対応をする昌。
それが余程気に入らなかったのだろう男は昌の胸ぐらを掴み自分の所まで引き上げていた。
「もう一度言う。彼女は僕の妻だ。だから君のその行動は非常に不愉快だよ。」
高揚する感情に呼吸が荒くなる男。
しかしこれ以上はまずいという理性がかろうじて働いているのか、それ以上の行動には出なかった。
「おや、確かまだ再婚はされていないのでは?。だとしたらその理屈は通用しない、ですよね?。」
昌のその言葉は狙ってのものだった。
そしてその後の展開はその”狙い通り”となった。
「巫山戯けるなっ!!。」
男のその叫び声が全ての始まりになった。
男は我を忘れ、昌を掴んだまま殴り倒し、そのまま何度か蹴りつけていた。
そしてそれを見た透は”警察官”として男を取り押さえた。
それから約一時間後・・・・・・。
透と昌は警視庁にいた。そして茜は最低限の聞き取りをして泊まっているというホテルに戻った。
現状仕方ないとはいえ、強引な逮捕劇で多少の注意をうけた透。しかし後悔はない。
「これで最低限の時間稼ぎは出来るでしょう。」
昌の言葉に透は「そうだな。」と応える。
事実茜が男から逃げるチャンスを得たのもあったが、
今後男がまた再婚を口にしてもこちらに有利な材料を得た。その方が大きかった。
そして事態は透が思っても見なかった方向に向かう。
その後男から暴行、暴言、等々を訴える女性が数人表れたのだ。
男の逮捕がメディアで報じらたのもあったのだろうが。
男が脅すという手段で女性達の行動を封じていて、その本人が逮捕されたというのがあったという。
「結局、十年以上は硬いだそうだ。」
それからしばらくして、男へ下りた判決を知った透が昌に言っていた。
「偶然的なものですが、良かったです。」
透の言葉に昌も素直に応じる。
「一時はどうなるかと思ったけどな。」
「そもそもメディアも警察もDV、ストーカーというものへの認識が甘いんですよ。
 対応するとはなっていますが、それが事が大きく成り過ぎてからというのはどうかと思いますよ。」
「・・・・確かにな。」
透のその返答は自身の経験からの重さが出ていた。結局どちらも頼りにはならなかったからだ。
そして透は男の逮捕に昌が何をしたのかを思い出していた。
「しか、なかなか姑息な事をしてたな、お前。」
「ええ、姑息ですよ。」
透の言葉に少しにやけて答える昌。
「でも、悪くないな・・・。」
そんな昌に透もにやけながら言う。
そこで二人は握り拳をぶつけ合う。
これまでぎこちなかった関係の二人がようやく相棒になれた。そんな感じだった。
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