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シーズン Ⅰ

ー第3話ー 立ち位置と価値観、認識の差異が齎すもの

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警視庁捜査一課5係はじばし慌ただしい雰囲気に包まれた。
本来ならあり得ないと言えるショウ・サカキを警視庁に迎え入れる事が決まったからだ。
無論単純に物事が決まった訳ではない。
5係の刑事にして初めにショウに関わった山崎透もその一部始終を見ていた。
透の上司にして係長の幸村忠雄の電話越しの怒号の意味が解らなければ其れなりに罪悪感を覚える事はなかっただろう。
幸村がいちいち大声で、恐らく威圧していると示したいが為にそうしているのだろう、
課内にその声ははっきりと響き届いていた。
その内容から相手側FBIはショウを警視庁に置いてほしいと言っているようだった。
幸村が怒鳴り散らすのも無理はない。警視庁という組織を知る人間なら誰もが思うところだった。
警視庁は外部からの干渉をひどく嫌う。それがお隣りの警察庁であってもだ。
そしてショウという存在がFBIからの干渉のきっかけになる可能性がある。
幸村の口調からも、そしてそれを聞いていた刑事達もそれを考えていた。
そしてついに・・・ある意味予想通りというのかFBIから警察庁に人が来ていた。
60代に入った幸村よりも年上と思える壮年の男。
髪はすっかり白髪に占拠されてはいるが年齢を感じさせない整ったボリューム感がある。
そして日本の警察では髭を生やす事を禁止されている為に目に付く蓄えられた髭。
男は挨拶程度に幸村と話すと透の下へと来た。
「おい山崎。後は任せる。」
尤も、その幸村から押し付けられる形で、だったが。
「よろしく、君がショウと組んだ物好きか。」
どこまでがジョークなのか分かり難い男の挨拶から握手へと入る二人。そして男は透の隣りのデスクに勝手に座る。
男の名はロバート・ジョンセン。ある程度予想は付いたが、ショウとは先輩後輩の関係のようだ。
「それで、ショウを預かって欲しいそうですが何故ですか?。」
無遠慮には無遠慮でという感じでいきなり質問する透。
「あいつ、突然辞表を出してな。」
「それを受理するかを迷っていると?。」
「いやっ・・・・事態はそれより厄介だ。」
「えぇっ・・・!。」
ロバートの”厄介”の言い様に重みを感じた透は無意識に身構えていた。
「ショウに殺人容疑が掛かっている。」
ロバートの言葉はあまりにも衝撃的だった。FBIがショウに目を付けている理由をもっと軽いと思っていたからだ。
ロバートは話しを続ける。ショウは幼い頃に両親を亡くしている、正確には殺されている。
家に火を放つという手口で犯行を繰り返す殺人鬼でショウの両親の時はたまたま複数の家に燃え移る大火事になり、
ショウの両親はその巻き添えになった形だったという。
「で、そいつだが。身を隠すのが上手くてな。長らく逮捕出来ずにいたんだよ・・・。」
「で、後にショウがFBIに入って来たと・・・。」
「正確にはBAUに、だがな・・・。」
透の言葉に日本の刑事にとってはどうでも良い指摘をするロバート。
「ショウがBAUに入って来た理由は察しの通りだ。
 実際BAUの方が”奴”を正確に追える可能性があるからと・・・そう言っていたのを覚えてるよ。」
「それで、その”奴”が殺され、ショウが疑われていると?。なら何故逮捕しないのですか?。」
「その理由は簡単だ。”証拠”が無い、だ。奴が死んだのも通りすがりのチンピラに絡まれて、
 そのまま喧嘩になって・・・結局それで命を落としてというオチでな。
 上はそれをショウが何か手を引いていたんじゃないかと考えているが・・・。」
「その・・・チンピラから話しを聞けていないんですか?。」
透からのその質問は当然のものだったが、しかしロバートの表情は渋いままだった。
「そこはショウにとっては有利に事が運んだ・・・かもなぁ。
 結局そのチンピラも死んだよ。しかも上の読みも単なるこじつけ以上ではないしな。
 で・・・・しばらく様子を見ようと決めていた訳だが、
 その矢先にショウが勝手に辞表を出して、しかも姿を消してとなってな。」
で、今に至るというところだった。そして話し終えたロバートはどこか疲れた表情だった。
「アメリカに連れ帰るとかは?。」
そんなロバートに構わず思った事を質問する透。
「理由は分からんが、帰りたくないとさ。尤も、日本に思い入れもなんて無いはずだがな・・・。
 どっちにしても現状では強制は出来ない。それで上も困っているという訳だ。」
どうやらショウ・サカキは日本には長期のビザを取って来ているとの事。
そして現状FBIはショウに対して強制的な手段に出れない。それで警視庁に泣き付いたという格好となった。
尤も当事者は泣き付いただなんて認めるものではないだろうが。
そして結局どのような交渉が行われたかは刑事達には分からないままにショウを受け入れる、それだけが伝わっていた。
だがそれを伝えた幸村の表情がこの上無く面白くなさそうだった事で、ある程度刑事達も状況を察していた。
当然ながら多くの刑事がこの状況を”面白くない”としていた中で一人例外がいた。
「こんな面白い状況、そうないだろう?。」
その言葉通りと言って良い子供みたいな好奇心を隠さない表情。
短めに纏めたオールバックの髪に落ち着いた雰囲気の清潔感のある服装が印象の叩き上げの刑事田村幸男だ。
どうやら田村がこういう反応をするのはそう珍しくないようで所々で「またか。」という反応が起きていた。
尤も、田村の反応に偽りはないようで、課内最速でショウと交友を結んでいた。
その中で明らかになった事。実はショウの名前に漢字表記が存在していた事。それが榊昌だった。
そんな騒動から二ヶ月。その短期間で昌は日本語をマスターしていた。
流石にまだ読み書きの方は怪しいところだったが、会話は全く問題ないレベルになっていた。
その事件が起きたのもちょうどその頃だった。
希にではあるものの、被害者死亡から遺体発見、そして警察到着までの時間が極端に短い事がある。
今回の事件もそうだった。「近くで男性の悲鳴のようなものが聞こえた。」と通報があり、
交番勤務の警察官が駆けつけ男性の遺体を発見。そして警視庁へと連絡。そういう運びだった。
亡くなっていたのは沢村利夫42歳。現場となったビルの会社に勤める会社員。
現場は非常階段下で、死因は転落の可能性が高い。
その為当初は自殺や事故が疑われたが、現場の上の階で誰かが争った痕跡が見つかる。
尤も生憎の雨の為、見付けられたのはそこまでで、明確な手掛かりは失われていた。
ただ、失われた所持品は無いようで、そのお蔭であっさりと身元が明らかになっている。
「物取りの線は・・・ないな。」
誰かが言った言葉だったが、誰もが納得出来るものでもあった。
そして捜査開始。当然まずは被害者が努めていた会社へ。
沢村利夫が勤める会社は日本有数の大手で、当然社員数は多く。
当初は聴取が大変では?と思われたが、沢村の関係者だけとればそこまででもなかった。
そして沢村が属していた営業部へと捜査が入るが、捜査はなんとも面倒なものとなった。
上司達からは成績が良いなど概ね評価が高かったが、現場からの評価は全く違った。
沢村は部長という立場だったが、基本的に自分では仕事をせず、それを部下に押し付け、手柄たげを持っていく。
しかもそのせいで部内の残業率も高く。しかも沢村はその事実を立場を利用して隠蔽していた。まさに最悪の評価だった。
そして当然の様に沢村を”殺したい”という強い殺意を持っていると思われる対象が思った以上に多く、
捜査が手こずるであろと容易に想像出来る事態となっていた。
「もっと情報を集めよう。それで何が事実かを見極める。まずはそれからだろう。」
田村の一言。他に言い様もない。
が・・・捜査官達が思っていた以上に聞き取りが厄介な事態になった。
最初の聞き取りで会社の上層部と現場の双方の認識の違いに気付き、睨み合いに発展。
しかもその争いに捜査官達も巻き込まれるという迷惑な事態になっていた。
元々沢村も証言から部下達を見下していと見れるもがあったが、会社上層部もその気があり。
腹いせ目的に密告しあうという質の悪い事態となっていた。
そのお陰で犯人の特定は更に難しくなってしまっていた。
「ああ・・くそっ!。」
一旦情報を纏める為の警視庁での会議で悪態を付く透。
無理も無い、密告のし合いのせいで情報は滅茶苦茶。しかも内容は適当に”あいつが犯人だ”と来る始末。
透を始め真面目に話しを聞くのも馬鹿らしいと考える捜査官が殆どとなっていた。
「しかし・・・有名企業が未だにブラックな会社運営をしているとはね・・・・。」
それを口にしたのは田村。
殺された沢村の事だけではない。捜査の中で会社自体がそうであると明らかになっている。
上層部からの地位の低い社員へのパワハラ行為。それは沢村だけではなかった。
そして表向きからは分からないようにしているが、大手とは思えない程に低い賃金。
それら不満を立場を利用して黙らせるのが当たり前という実態。
そしてだからこそ今現在起きている会社内での争い。
捜査官達にとっては「そういう事は捜査が終わった後にしてくれ。」だったが。
当事者達はそうもいかない。そういう雰囲気だった。
しかし犯行動機はこの争いの原因がなっている可能性が高い。
そして犯行は間違い無くこれまで聞き取りをした会社関係者。
それが捜査方針となっていた。が・・・・・・。
「そう言えば昌は?。」
この事態ですっかり忘れていた存在を口にする透。
「あれ?・・・・そう言えば解らないな。」
そう答えた田村の言葉に反応して机を強く叩く音がして「お前ら何をしているっ!。」と、部長の幸村の怒鳴り声が響く。
一応警視庁に招き入れたとは言え、れっきとした部外者。
そんな人間を好き勝手させている。そうとなれば当然の反応と言えた。
で、仕方なく昌を探す事に・・・が、あっさり見付かる。
ギクシャクした会社内の雰囲気など我関せずと言った感じで社員達と楽しそうに話す昌。
どうやら社員達も昌を警察関係者とは思っては無く。
あげく、昌自身も自分を警察関係者だとは名乗っていなかった。
「お前、何やってるんだよ。」
事態を知って流石に怒りたくなった透。しかし・・・。
「おや?。けどこうした方が欲しい情報を手に入れ易いと思いますよ。」
と反応を返す昌に呆れる透達。端から見れば昌が捜査をサボっているとしか見えなかったからだ。
という訳で昌を警視庁に引き戻して再度会議。しかし決め手に欠く事態に変化はなかった。
「沢村に怨みを持った者の犯行・・・までは良いんだがな。」
でもその対象が多過ぎる。しかも正確な情報が手に入り難いという事態。正直どうすれば?。だった。
「今回の事件は加害者が被害者。被害者が加害者。ですよ。」
「はっ?・・・。」
唐突に言葉を出した昌に苛立ちの反応を見せる透。
しかし田村の方は「まあ、そういう見方も出来るな。」と冷静に返していた。
「でもそれで捜査が進むのか?。」
そして最後に透が尤もな言葉で絞め、誰もが納得するしかなかった。
しかし数日後、事態は呆気なく動いていた。
一人の女性社員が警視庁に自首の為に来たからだ。しかもご丁寧に弁護士付きで。
それが昌の入れ知恵と知って幸村は怒るが、当然の権利なので透達が宥める事に・・・・。
しかし、それで捜査が終わりとはならなかった。
自首して来た女性。白鳥美由紀は沢村から性的暴行を受け。
しかもそれをビデオに撮影され、それをネタに脅されて更なる性行為を強要されたという。
しかし、そう耐えらるものではなく何度か後に非常階段で言い争いになり、今回の事態になったと言う。
その証言を受けて再捜査となったが、その事で吐き気がするような事実が明らかになる。
ある程度は予測は出来ていたが沢村が性的暴行を働いていたのは白鳥一人ではなかった。
しかもその被害実態は捜査官達の予想よりも大きいものとなった。
何故なら沢村は一部の会社上層部の後ろ楯を得てこれらの蛮行を行っていたからだ。
そして脅迫していた女性社員のポルノ映像を違法に売買していた実態も明らかとなった。
勿論個人的娯楽という悪趣味な手段としても。そしてこれらは意外過ぎるまでに呆気なく明らかとなった。
何故なら事が明らかとなるとそれで罪が軽くなるとでも思ったのだろう。
足の引っ張り合いの如く互いを告発し合うという醜い展開となった。
そして当然それで罪が軽くなるはずもなく、事の重大さもあり、関係者全員に重い罰状が下るだろうとなった。
そうして日本有数の企業はその評価を大きく落とす事となった。
それから被疑者という扱いになっていた白鳥美由紀は今回の事態から情状酌量が認められ、後に無罪となる。

面倒と思える事件も解決し、全体的に安堵の雰囲気があった。
そして山崎透は一人の男を探していた。
元々からの部外者。その為仲間外れという感覚が強いが、本人もその雰囲気に甘んじていると感じる榊昌。
予想はしていたが、その予想通りにあえて人の集まらない所で一人でいるのを見付ける。
「こんな所で、一人が好きなのか?。」
少し嫌みになってしまったかと自覚しながら一人ただベンチに座る昌に話し掛ける透。
「それを望んでいるのでは?。」
と嫌み返しをする昌に「やっぱり気付いているか。」と思いながら昌の隣に座る。
「今回の事、何時から気付いてた?。」
これまでの事で疲れたという事で疑問を直球で聞く透。
「犯人が女性である可能性が高いとは最初の頃から思っていました。
 しかし、ここまで大事になるとは・・・流石に思ってなかったですよ。」
「しかし何で犯人が女性かもと考えた?。聞き取りからは男性の可能性が高いと取れたはずだ。」
透の言葉にはある程度根拠があった。聞き取りでは沢村のパワハラ行為の被害が男性に集中していた事。
そして証言で沢村に殺意を見せていたのが男性ばかりだったからだ。
「反応・・・と言えば分かりやすいですか。そこから見えた多くの女性社員の反応に違和感を覚えた、
 それが最初です。そして似た反応の女性が複数いる事に気付きました。
 拒絶を意図する様な仕草。そして不必要なまでの心理的距離感。」
「それで性暴力の被害者が複数いるかもと思った訳か。けどそれだけじゃないだろ?。」
「後は事件現場ですね。どうも突発的な・・・事件というよりは事故と見えるものもありました。
 それに被害者が事件直前に女性社員と一緒にいたという証言。これらを合わせての考察です。」
昌の言葉に言葉に思わず絶句する透。昌の言った証言は確かにあった。
しかし透達は犯人像を男性だと早々に決めていた為、たいして重要視していなかった。
「あっ!いたいた・・・・。」
不意に聞こえて来た声。確認すると田村幸男だった。
「まさかと思うけど二人して祝杯に不参加とかないだろ?。」
「ああ・・・そうだったな。勿論参加するよ。」
そう透は返し、立ち上がる。そして二人して昌の方に顔を向ける。
「昌も急げよ。」
タイミング良く重なる二人の声。昌はやれやれという感じで立ち上がり、二人に付いて行く・・・・。
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