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シーズン Ⅰ

ー第2話ー 行動心理分析官 ー後編ー

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複雑な感情というのは実に厄介なものである。
それが迷いや戸惑いといったものの複合体であると尚の更というものだ。
そしてそれが尚”後の祭り”という事態となると更に後悔という感情が混ざり、警視庁捜査一課の刑事山崎透を苛んでいた。
「どうかしましたか?。」
おそらく表情に出ていたのだろう。隣で一緒に歩く年の近い男にそう聞かれる。
口にする言語は英語。そして透を苛む元凶ショウ・サカキだ。
殆ど勢いという感じで行動を共にする事にした訳だが、今それを盛大に透は後悔していた。
ただ自己紹介しあっただけ、身元も口頭と本物かも解らないバッチだけ。
そして聞いた事も無いプロファイラーという用語。
現状確認は不可能とはいえ、見ず知らずの人間と行動を共にしている。
ましてやこれから殺人事件の捜査をしようとしている。
その事を考えるといかに軽率な判断をしたのかと透は後悔を覚えていた。
「どうもしない。それより聞いてなかったが、”プロファイラー”って何だ?。」
「え?、知らないんですか?。」
「ああ、知らない。」
本来ならもっと最初の段階ですべき質問を今更にしている。
ショウが驚く様にしているのもそのせいであり、その癖当の透はぶっきらぼうにショウの質問に答えていた。
その雰囲気を察してか、ショウは静かにプロファイラーの説明を始めた。
プロファイラーとは。犯罪心理学等を用いて、
事件の現場の有り様。被害者の特徴。そして連続性となると共通点。
それらの情報を過去の事件から得られた膨大な情報の海から照らし合わせ、状況証拠を積み重ね、犯人を追い詰めていく。
「やっぱり解らん。」
「そうですか。」
そもそも日本でのプロファイラーの認知度は高いとは言えない。それはショウも知っていた。
しかし透の態度は明らかに面倒臭くなったというものであり、ショウもそれは見抜いていた。
「まあ、良い。始めるとしよう。」
「ええ・・・・。」
透にとっては危険な賭けだった。身元もはっきりしない人間と事件を捜査する。
正直始末書程度で済めばと願うものでもあるが、もう後戻りは出来ない。
そして捜査を始めてみるが・・・・・。
ケース1三十代後半から四十代前半の女性。
「ちょっとぉっ!夜勤明けしたばかりなのに起こさないでよぉ。」
マンションの住民への職務質問を開始。
その一つで玄関のドアが開いたと思ったら下着姿の女性が出て来たというのがあった。
色合いは黒一色と地味に思えるが、レースをこれでもかと効かせたそれは十分に派手だと思えた。
「あっ、あのっ、何か上に着て下さい。」
「へ?・・・・。」
慌てて反応して言う透に寝惚けた反応をする女性。しかし次の瞬間には玄関のドアは乱暴に閉められていた。
それから数分後・・・・・。
「で、誰?、何か用?。」
再度出てきた女性は寝具から取ってきたと思われる薄手の物で体を覆っていた。
しかし生地が薄過ぎたのか下着の色合いが微かに透けていた。
そしてようやく本題へ、だったが・・・・・。
「知る訳ないでしょっ!。さっき帰って来たばっかりだしっ!。」
女性はそう言うとまた玄関のドアを乱暴に閉めてしまい、話しはそこで終わりとなった。
そしてそこから離れて・・・・・・。
「なんだよさっきの女。何が帰って来たばかりだ。もう昼過ぎてるだろっ。」
「無理もないのでは?。いきなり叩き起こされたんですから。」
女性の乱暴な対応に文句を言う透。そしてそれに呆れるショウ。
「怪しいな。こうも嘘を口にして・・・・。」
「それ、彼女の頭の中が混乱していただけで、嘘を言っていた訳では無いと思いますよ。」
透の疑念は女性が慌ただしい対応をした事と、明らかな嘘をついた事に対しての指摘だったが。
ショウの指摘も一理あった。夜勤明けで眠っていて、そこを強引に叩き起こされた。
その為、頭も回らず、ただ記憶に有る事を口にした。
だから女性の言った事が滅茶苦茶で、しかも嘘をついているように見えた。
ショウの指摘はそういう事だった。
しかし透の方も引かず、この厄介な状態は続く事になる。
ケース2五十代男性。
この男性とは殆ど会話にはならなかった。透がこれまでの苛立ちもあって威圧な態度になったのもあったが、
透の質問に終始「あの」や「えぇ・・と。」等煮え切らない対応しか出来ずいた事がより透を苛々させていた。
「おいっ!、いい加減にしろよあをたっ!。」
全く話しが進まない事に業を煮やし、声を上げる透。
「貴方こそいい加減にして下さい。一般人に何をしているんですか!。」
透の対応に呆れ、注意をするショウ。そしてその事で二人は向き合う状態になる。
まだ苛立った表情を止められない透だったが、ショウを見て深呼吸をし、自分を落ち着かせる。
そしてもう一度男性の方に向くとそこには誰もいなかった。要するに逃げられたのだ。
「くそぉ。逃げるなんて怪しい。」
「貴方の態度もあると思いますが、あの男性最初から怯えていましたよ。
 それであんな威圧的な対応をされたら逃げたくもなるのでは?。」
こうして透は苛々を募らせていった。その次でも・・・・。
ケース3三十代前半の男性。
「警察?・・・証明出来る?。」
「えっ・・・・・。」
良く言えば真面目そうな、悪く言えば硬い印象。しっかりと調えている身嗜みもその印象を強めている。
一応警察バッチを見せるが今度は「本物か?。」と疑われる。
しかしその証明手段は当然無く・・・・・。
「そう・・・話しにならないな。」
結局まともな会話にすらならなかった。本部との連絡手段が無いというミスのせいで・・・・・。
「気難しい人も居るものですね・・・・。」
「五月蝿い。」
ショウの指摘に八つ当たり的になる透。
今日に限ってどうしてかミスが重なる。それがより透を苛々させる。
そしてここまででまともな捜査を出来ていない。
「くそっ。こうも怪しい奴がいるのに・・・・。」
意味の無い八つ当たりを口にする透。そしてそれに呆れるショウ。
「話しを聞いただけで誰かに怪しい?。流石に強引が過ぎますよ?。」
「強引?。刑事の勘をか?。馬鹿にするなよ。」
元々苛々していた事もあってだろう。ショウの指摘に睨みながら透は反論していた。
「勘?。場当たり的な当てずっぽにしか見えませんが?。」
睨む透に冷静な表情を崩さないショウ。嫌な緊張感が場の空気となっていた。そして・・・。
「ちっ・・・組む相手を間違えたか・・・・。」
そう言って一人すたすた歩いて行く透。そしてそれを見守るだけのショウ。
「子供ですか・・・・。」
透に聞こえもしない言葉を置き土産にしていた。
再び一人になった透。しかしだからといって捜査が上手くいくはずもなかった。
苛立ちを隠さない。この致命的なミスが事態を遅々として進ませなかったからだ。
最初は多少ながらも協力的だった住民達も、透に対して関わりたくないという印象を持ち始めていた。
結局、透の一人相撲は三十分と持たなかった。そして・・・・。
透がショウを再度見つけた時には別の通訳を見つけて住民達から話しを聞いていた。
段々と聞き取りが難しくなっていった透に対し、全くそんな感じに見えないショウ。
そしてショウも透を見つける。
「捜査は上手くいっていますか?。」
もはや嫌味と言っていいショウの質問に青筋を立てる透。
「うるせぇよ。」
判っていても子供染みた反応をしてしまう透。それに呆れるショウ。
「うるせぇよ、いちいち・・・。」
「本当に子供ですね貴方は。会話は八つ当たりの為の手段ではありませんよ。」
「あぁっ。なんだとっ!。」
完全に喧嘩腰になる透。しかしショウは動じず。ショウの通訳をしていた四十代位の女性の方がびくびくとしていた。
「会話というのは常にキャッチボール的なものです。貴方みたいに一方的で、威圧的なものではいけません。」
「ちっ・・・・・・!。」
また子供染みた反応をしてしまう透。自覚はしていたが、自身の苛々には勝てなかった。
「くそぉっ。本部と連絡出来ればなぁ・・・。」
「えっ?。出来無いんですか?。」
透の言葉に不思議そうにするショウ。
「携帯はバッテリー切れ。車は私用車だらな。」
流石に苛々に疲れてきた透にショウは「ではこれを。」と携帯を渡してくる。
見覚えがある物だと思ったら日本のメーカーの携帯だった。
「はっ?。何で日本のメーカー?。」
「そのメーカーだったらアメリカでも流通してますよ。」
透の反応にまたしても呆れるショウ。
当然だった海外に進出している日本の企業はそう少なくないからだ。当然、日本性の携帯も例外ではない。
こうしてようやく透は警察本部と連絡出来ていた。しかしそこで忘れていた事があった。
透は電話越しに散々なまでに怒鳴られていた。それだけのミスを重ね、やらかしていたからだ。
そして応援が到着すると呆気なく犯人逮捕となった。
一気に慌ただしくなった状況を見ているだけとなった透とショウ。
「くそっ・・・あれだけ苦労したのに。」
「人海戦術もあると思いますが、メッキが剥がれた、でしょうね。」
透の愚痴に静かに反応するショウに「どういう事だ?。」と返す。
「簡単ですよ。嫌われ者を殺したのは”嫌われ者”だったという事です。」
「何で解る?。」
まるで超能力者の様な事を言うショウに訝しくする透。
「犯人を知っていると思われる人の話し方、反応を見ていて感じた事です。
 日本語は分かりませんが、通訳してもらっているなかで、相手の反応や感情の動き方というのは分かるようになります。
 それらを分析している内にそう思っただけです。勿論確証はありませんが。」
「随分といい加減な仕事だな。プロファイラーというのも。」
ここで初めて呆れたという反応を見せる透。しかしショウは全く動じていなかった。
「当然ですよ、その”分析”と”推測”の積み重ね、そして膨大な情報との照らし合わせ、
 そうやって精度上げて犯人逮捕へと繋げていく。それがプロファイラーの任務です。
 だから単体の情報だけでは、いい加減なものになるのは当たり前なんです。」
「もう良い・・・・。」
ショウの解説に疲れた反応をみせる透。全て自業自得だったが、今までの状況に疲れ切っていた。
そして皮肉と言って良いのか、ショウの分析は当たっていた。
犯人は三十代の男三木保夫(みきやすお)。たった一度の就職に失敗し、それから一度も自室から出なくなった男。
いわえる”ニート”と言われる人間。そして爆音でゲームをする等、近所から苦情が出る”嫌われ者”だった。
そして世の中上には上がいる。それが今回の被害者山本誠実。
メディアの報道もあり、ニートの印象は良いとは言えない。
山本誠実はその事情に自分勝手に便乗したのだ。
普段近隣住人にしていた嫌がらせを三木保夫に重点的にするようになった。
当然我慢の限界は訪れ、それが今回の事件となったのだった。
ショウの分析通り、嫌われ者が嫌われ者を殺害した。そんな事件だった。
そして嫌われ者でも、その更にの嫌われ者を殺してくれた。それが一時的に犯人を庇う形を作っていた。
しかしやはり嫌われ者は嫌われ者。冷静になれば庇う必要はないと思うようになる。
それがショウの言った。”メッキが剥がれた”の正体だった。
そして後日・・・・・・・。
「はぁっ!。ショウ・サカキ(あいつ)の面倒を俺が見る?。何で?。」
場所は警視庁。デスクに座る上司からそう言われ、驚く透。
「しばらく警視庁(こっち)でショウ(やつ)の面倒を見る事になった。
 で、お前は既に知り合っていた訳だから、透(お前)に任せる事にしたんだよ。」
「マジかよ・・・・・・。」
最後の透の言葉は上司に聞こえ無いようにしていた。
どっちにしても面倒事を押し付けられた。その事実は変わらないのだから・・・・・。
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