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ー第2部ー 元には戻れない現実

ー第11話ー 墜落の果てー後編ー(主人公一時交代(今話まで))

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甥っ子が目を覚ました。病院に搬送されてから三日後。
あたしが故郷(ここ)に戻ってから二日後の事だった。
ただ面会には行っていない、そもそも顔すら会わせた事の無い甥っ子と叔母がってのもあった訳だけど。
あたし自身忙しくしていた事も大きくあった。
そしてもう一つ、クソ姉とは今だ連絡は付いていない。
元々二十年位連絡先なんて知らないという状況なので仕方ない訳だけど。
姉のやった事は犯罪行為に当たるという事で今現在も警察が行方を追っている。
それで姉との連絡手段はとしばらく警察がしつこかった。知らんがな。
んで、甥っ子の父親の消息は判明した、というよりはただの仕事の出張だった訳だが。
しかしこの野郎はクソ姉に負けず劣らずのクソ野郎だった。
*子育ては全て妻に任せてあった。
*息子にあった事は何一つ知らない。
*当然息子がそんな酷い目に逢っていたなんて知らなかった。
*だから自分には一切責任は無い。
警察の調べでその証言の所々に嘘があると判明していたが、
クソ野郎は弁護士を雇ってなんとか罪を負わないようにと逃げ回った。
結局は明確な証拠も無く、クソ野郎は逃げ切っていた。
そして甥っ子に関しては「子供には興味無い。面倒を見てくれる人が在るならその人に任せる。」
なんてほざきやがった。ほんとクソ野郎だね。
それからすぐ位か、このクソ夫婦が離婚したと警察から聞いた。ほんとどうでもいわ。
さて、あたしにとっての本題。甥っ子が通っていた学校との対峙。
警察の方もなんとか牙城を崩し、それなりに捜査が進んでいるものの。
こっちも逃げ回っているせいで上手くいっていないとの事。
だからこそこっちも弁護士と話しを詰めていた。中途半端に攻めたところでのらりくらりと逃げられるだろうし。
甥っ子を連れて行く事になればこの子はこの学校から離れる事にはなる。
けどその際には取っとくもんは取らないとね。
流石のあたしも何も無しにこの子の面倒を見れる余裕は無い。
で学校側(先方)に事前に連絡した上で会う事になった。
対面したのは教頭と名乗る、あたしとそう歳の変わらない感じの男性。場所は来客用の応接室でいいだろうね。
「この度は大変でしたね。こちらも監督不行き届きなところが有り、そこは申し訳ないと思っています。」
「そうですか。」
なんとも、当たり障りの無い感じに来たねぇ。弁護士の予想通りか。
だからこそさっさと揚げ足を取ると決めた。警察の情報も手に入れてんだよこっちは。
まずはその情報。甥っ子が一人の女の子と関係を持ち、その女の子の父親が怒り、この一連事態となった。
んで相手揺さぶる為にここで嘘を混ぜる。その事に対し学校側は何もしなかったと聞いたと。
「そっ、そんなぁ、いやいやそれは嘘ですよ。彼女の父親が事を大きくする為に噂話しを流しましてね。
 その事で事態が私共の方にも聞こえて来たんですよ。
 それで大事になる前にと甥子さんを守る為に私共も色々と動いた訳ですよ。
 しかし彼女の父親が色々と影響力の有る方でしてね。私共の方に圧力を掛けた訳ですよ。
 で、どうする事も出来なくなってこの様な事態になった訳です。」
うっわぁ、必死だねぇ。しかし、嘘を付き慣れていないのか、早くもボロが出てるよ。
「お話しは判りました。でも圧力の件ですが。警察に相談すれば良かったのではないですか?。
 どう見ても脅迫ですよね。違いますか?。」
「まぁ、いやっ、あのぉ・・・。」
あぁ、あぁ、あぁ、あぁ。視線が思いっきり泳いでいるよ。
事を表に立たせたくなかった。だから警察への通報という選択肢は最初からなかった。
どうやらそういう感じのようだね。
「どうも有り難う御座いました。」
そう言ってあたしは突然の様に席を立つ。すると予想通り相手は慌てる。
「えっ、えと、これからどうされるのですか?。」
「勿論、出るとこ出ますよ。状況が状況ですし。」
「いっ、いやぁ、証拠も無しにそういう事をされるのはどうかと。」
その慌て様からも出るとこ出られたら困るってのが伝わって来る。けど。
子供一人とは言え、あそこまで追い込んでおいてタダで済むなんて甘い考えを実現させる気はない。
あたしはズボンのポケットに手を入れ、隠し持っていた物を出す。ボイスレコーダーを。
そしてスイッチを入れるとさっきの会話が流れる。
「これも、ある程度ですが証拠に成り得ますよ。
 自覚は無いようですが、迂闊な事を仰っていましたし。」
ボイスレコーダーを、あたし言葉を聞いた教頭の顔は正に顔面蒼白だった。
そしてあたしはボイスレコーダーのスイッチを切ると問答無用でその場を去ろうとした。
「あぁっ、ちよっとぉ、お願いします。待って下さい。」
背中からの教頭の声が負け犬の遠吠えに聞こえた。実際状況は上々だと言える。
そして例の女の子の父親との対峙。当初は相手側がなかなか強気だったが、
父親側も、学校側も警察を舐め過ぎていた。そう、事態に止めを刺したのは警察だった。
そして・・・・・・。
「これなら結構な慰謝料が取れますよ。」
と、電話越しでも悪い顔をしているなぁと弁護士の顔が想像出来た。
実際弁護士が提示した額は当初考えていものを大きく超えていた。
「それは心外ですね。今言ったのはこの手の案件での最小の額ですよ。当然狙うのはもっと上というものです。」
今に始まった事じゃないけど、段々弁護士(こいつ)が怖くなってきたよ。
弁護士が優秀なのには越した事はないけど、優秀過ぎるのも考えものだねぇ。
で、裁判開始。その間に甥っ子に会ったりもしたけど、忙しさもあり、あまり顔を合わせる事は出来なかった。
一応裁判では証人としても呼ばれた。その時の甥っ子の印象は弱々しく、暗い感じの少年だった。
この子を引き取るとは決めていたものの、それに不安を感じる瞬間だった。
そして裁判終了。結果は驚いたと言うか呆れたと言うか。
なにせ弁護士が勝ち取った慰謝料が一千万を軽々と超える額だったからだ。ほんと怖ぇよ弁護士(こいつ)。
一応損害賠償の対象が複数というか事態を知って驚く事になったけど。
甥っ子に暴力を振るっていたのが結構な人数になっていた。そしてメインと言える学校と女の子の父親。
それで慰謝料がここまで高額になったと弁護士が胸を張っていた。
「で、慰謝料の使い道考えてますか?。」
「全額あの子の為に使って、あの子為に残す。それだけだよ。」
その位の余裕は有る。だから怒るつもりで弁護士のちゃかしを返していた。
そして甥っ子もこの頃には退院していた。尤もリハビリはまだこれからだったけど。
「初めましてじゃあないけど、あんたの母親の妹だよ。」
裁判終了してようやくのまともな対面。しかし無表情を変えないというのは正直困った。
「これから一緒に暮らすんだからさ、何か反応してほしいね。」
そこでようやく少し驚いた表情を見せる甥っ子。けど喋らない、こりゃ厄介だねぇ。
で、現在は故郷(ここ)での滞在が決まった辺りで借りた小さめのアパートに甥っ子と暮らしている。
この子と馴染めるか?、それが最大の問題だった。けど、その答えはまだ出ていない。
基本的に大人しく、口数も少ない。最初はそんなに難しい子でもないかもと思った。
けどそれは勘違いだった。会話が少ないではなく成立しにくい。
甥っ子との生活の中でこの子があまり人と外部と関わってこなかったという状況が見て取れた。
本来ならもっと幼い頃に学ぶべき事が学べていない。
甥っ子その状況に行き着くまで大して時間は掛からなかった。
それからあたしは意識的に甥っ子に話し掛けるようになった。
会話は成立しない。けどそこが重要じゃあない。こうする事で学んでほしい事。
身に付けてほしいことがあったから。
そうして知った事。主にクソ姉が甥っ子にした事。
あいつはこの子に勉強以外の事の殆どを禁止していた。そして服従的な関係を強要していた。
*遊ぶ事を禁じる。
*友達を作る事を禁じる。
*勉強をサボる事を禁じる。
*学校の成績を落とす事を禁じる。
*上記の事を破った場合厳しい制裁を課す。
聞いてみて思わず寒気がした。そんなの親子の関係じゃねえだろうが。
なら、と思った。大人しいので必要無いかとも思ったけど生活でのルールを作る事にした。
そうする事で学んでほしいと思っていた本来の正しい生活様式をまなんでもらう為に。
食事ですらクソ姉の都合の良い形のもの身に付けている。
そんな歪んだ生活様式を時間を掛けてでも正していく必要がある。そして・・・・・。
「こんなに、食べて良いの?。」
段々と甥っ子と会話が成立するようになりだしてから発覚しだした頭痛がするような事実。
それもボイスレコーダーに取った。どうやらこの子は物心付いた頃から家では殆ど一人で過ごし、
一般家庭で言える”ちゃんとした食事”をした事は一度として無く。ひもじい思いも当たり前のようにあったと。
尤もこのお陰でクソ姉の厳しい制約を100%守る必要はなかったらしいけど。
ほんとに、こんなんでよく親になろうなんて思ったもんだよ。呆れる。
さて、甥っ子に学校の事を聞かないとねぇ。
「学校はどうしたい?。」
「行きたくない・・・。」
「まっ、だよねぇ。」
そこは当然だと思う。あんな酷い目に逢った所に行きたいなんて普通にないだろうね。
さて、んじゃあ本題に入らないとね。
「まだ時間があるから、じっくり考えてほしいんだけど。
 あたしは来年の三月末位までに元々住んでいた所に戻る必要があるんだ、仕事でね。
 で、あんたには出来れば付いて来てほしい、そうすれば学校も変わる。
 そうすれば少しは、だけど学校に行き易くなるじゃないかい?。
 勿論故郷(ここ)に残っても良い、だけどその場合は施設に入る事になる。
 それで行く学校が変わるかもだけど、正直判らない。」
「一つ聞いて良い?。」
「ああ、良いよ。」
どこか恐る恐るといった感じで甥っ子が質問をして来る。慣れていないのか、クソ姉がそういう事を禁じていたか。
「付いていく場合、何処に行くの?。」
「東北。ここより北になるね。」
「うん、少し考えたい。」
「ああ、そうしな。ただ、今年中には答えを聞きたい、いいね。」
「うん。」
ふぅ、まずは上出来かね。全くここまでの会話だけでも結構な苦労をする羽目になったね。
現在は11月、甥っ子が考える時間としては一ヶ月以上あれば十分じゃないかと思う。
あたしもまた一人での生活が長かった口だ。当然不安も有る。
けど、やると決めたからにはやり通す、それだけさね。
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