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ー第2部ー 元には戻れない現実

ー第10話ー 墜落の果てー前編ー(途中から一時主人公交代)

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「ぐ・・・・・。」
どうしようもない感情が僕の中を巡る。
待ち構えていたと言って良い中間試験。ここで赤点を取るはずじゃなかった。
けど結果は全科目赤点。勉強という面での態勢は万全と言えた。
だからこそ油断があったのかもしれない。
僕の周りに今多くの敵が在るという現実。そしてその敵から妨害。
そしてなにより今だに残る体のダメージ。
全てに失念していた。いや、考えてさえいなかった。それが僕の”油断”だった。
執拗なまでの攻撃は僕の体の自由を徐々に、そして確実に奪っていく。
そうしてもう一つ敵が顔を出す、痛みだ。
痛みは僕から思考力を削ぎ落とし、考える力を奪っていく。
わざわざ思い返す必要なんてないって思える程に覚えている。試験の答案用紙の内容が散々だった事は。
そして体の痛みなんてどうでもいいと思える程の恐怖が僕を襲う。
脳裏に浮かぶ録に覚えていない両親の姿。今度は罵詈雑言だけで済めば良いけど。
だけど、そう身構えて待っていた恐怖は来なかった。
今回は見逃してもらえた?。一時は僕もそう考えた。でも実際は違った。
「あれ?・・・。」
何時の間にかテーブルに無造作に置かれているお金。それが僕の生活資金だった。
けど、いつもお金が置かれているタイミングで”それ”がなかった。
少し困るものではあったけど、そう珍しい事でもなかった。
実際それでひもじい思いをしたのも一度や二度じゃない。だから最初は軽く考えていた。
けどそれが1日二日・・・・と続いていくと流石に焦りを覚えていく。
元々一度に貰える金額自体そう多くない。実際手持ちも大分心許無い。
あげく最近は周りを警戒して学校にお金を持って来ていない。必然的に空腹の時間が長くなっている。
そうした状況は僕から冷静な判断力を奪い、致命的な事態を起こしてしまう。
追試をどうにかしないと。その事ばかり考えていたせいだと思う。
「よう、今日も元気に登校かぁ。」
いつも言える脅威の存在を失念していたと気付き、どうしようもない後悔が沸き上がる。
飽きもせず勝手に僕の鞄を奪う奴ら。それ自体はいつもの事、けど今日は・・・・。
「おいっ!、こいつまだ教科書を隠し持ってやがったぜ。」
迂闊だと言えた。追試の事ばかり考えて見つかれば破かれると判っていた教科書を持って来てしまっていた。
「止めて・・・・。」
「うるせぇよっ!。」
どうにか止めようとして蹴り飛ばされる。体の痛みのせいで録に抵抗も出来ない。
そして一人の生徒が僕の制服を探り始める。まっ、まずい・・・・。
もう一つ僕は迂闊な事をしていた。空腹に耐えかねてなけなしのお金を持って来ていた。
「ラッキーッ!、こいつ金持ってやがったぜって。たったこれっぽっちかよぉ。」
「返してよ・・・・がぁっ!。」
必死に訴えた、そのつもりだった。けど僕の思いは伸ばした手を踏みつけられる事で踏みにじられた。
それからどの位の時間か、僕の周りの生徒逹ははしゃぎまわり。
僕はずっと倒れたまま体を走り回る痛みに苦しんでいた。
何で、僕はこんな目に。もう何度も思った事。理由も知っていたけどやっぱり納得出来るものじゃない。
それからどうにか起き上がり、教室へと思っていた。そろそろホームルームの時間だ。
けど次の瞬間、視界が大きくぶれ、体があらぬ方向へと無理矢理に行く。
最初は何事かと思ったけど、急に背中に走る痛みから、立ち上がってすぐ後ろから蹴られたと気付いた。
もうまともな力なんて残ってなかった。流れるままに体は動き、目前に下りの階段。
「や・・・ばい・・・・・・。」
それを心の中で言ったのか、口に出来ていたのかは解らない。
けれどまるで階段に飲み込まれるような光景を目にしながら意識を失っていくのは確かに感じていた・・・・。
(主人公交代)
「・・・さ・・。」
んっ・・・何?、誰?。
「お客様。」
その声に一瞬へ?、となる。けどその辺りで頭がフル回転しだしたのか、
だんだんと現状というのが記憶になっていく。で同時にあたしは寝ていたのだと気付く。
目覚めたばかりの視界が少し困った表情の制服姿の男性を捉える。えっと、駅員さんで良かったけ?。
「申し訳ありません。終点に着きましたので、降車していただけないでしょうか。」
思わずしまったという言葉が脳裏を走る。少しだけ寝よう。そのつもりだったのたが・・・・。
幸い目的地が終点だったので、状況的には特に問題は無い。
しかし、いい年した大人が恥ずかしい事をした。その事実は変わらない。
「はぁ・・・・。」
思わず溜め息がでる。恥ずかしいからじゃない。帰って来たくもない故郷(ところ)に帰って来たからだ。
列車の窓越しに見える駅の風景。かつての記憶と合っているようで合っていない変な感じ。
けど、何の感情も湧いてこない。この故郷に良い思い出なんて一つとして無い。
「あの、ほんとにすみません。」
あっと、そうだった。本当に困った表情をする男性を見てそう思い慌てて列車から出る。
そして街中へ・・・。案外覚えているものだねぇ。
あたしが故郷(ここ)を出たのはもう二十年以上前になる。
あたしの家は最近ネットなんかで騒がれている兄弟姉妹の片方を溺愛し、もう片方を蔑ろにする。そんな家だった。
親が溺愛したのは姉であたしは蔑ろにされた方。
その位ならまだましだったと思う。けど姉は成長するごとに悪女へと変貌していった。
まともとも言えない服はより粗末になり、食事も姉と差別されるというのから、
何も出ず、食事抜きというケースもあった。
極めつけは高校時代。自由になる金欲しさにバイトを始めた。
だけど、あろう事かその金は姉に全て巻き上げられた。
どれだけ抗議しても親が味方の姉に勝てるはずなんてなかった。
そして状況は最悪へと向かって行く。
「お前の高校へ行かせる事。金の無駄だな。よし、学校を辞めて家族の為に働け。」
「え?。」
これが冗談だったらどれだけ良かったか、けどそれを確認する必要なんて、なかった。
学校は勝手に退学させられ、バイトの勤務も勝手に変えられていた。
もう、身の危険を感じるなんてレベルじゃなかった。
気が付くと手持ち最低限に家から出て、いや逃げていた。
勿論楽な事なんて一つも無い。移動すら儘ならない所持金。
高校中退の中卒の女にまともな仕事なんてあるはずもい。下手すれば飢え死にも十分ありえた。
だから幸運だとはっきり思える。今の社長と出会えたのは。
お陰で仕事しながら高卒認定も取れたし、今では人並み以上の生活が出来ている。
しかし、社長と出会ってからも実家との戦いは終わらなかった。
呆れる事にあたしを金蔓とすることを諦めていなかった。
どうにかあたしの居場所を突き止め地元へと連れ戻そうとする。
だけど幸運にもあたしが就いた仕事は望めば各地を転々とする事が可能だった。
そして社長はあたしの事情をよく理解してくれていた。
そうしてあたしは地元だけを避けて各地を転々とする生活を望んだ。
そしてその度に連絡先を変えた。それが二年位続いたか、ようやく実家と関係を切れていた。
けど、現在も転属組の一人としている。多分心の何処かが安心出来ていないのだと思う。
そんなあたしが今地元に帰って来ている二十何年ぶりかに・・・・・・。
切っ掛けは一本の電話だった。
「あの、警察の方から、話しがしたいそうです。」
「へ?。」
何で?、まず一番に頭に浮かんだのがそれだった。
自慢じゃないけど警察の世話になるような事は一切無いと言い切る自信はあったから。
けど、その警察と話して沸き上がった感情は全く想定していなかったものだった。
全く懐かしいとも思えない故郷の地名。
そして警察が本題として出したのが忌々しいクソ姉とその息子、甥っ子だった。
甥っ子は写真という形で知っていた。あたしの居場所を知る為に当時幼かった甥っ子をエサにした事があった。
その時にどうしてか社長の方に甥っ子の写真が送られて来ていた。ほんとに呆れる出来事だった。
警察によるとその甥っ子が意識不明の状態で、親とはどちら共連絡が付かないのだという。
その警察の話し中であのクソ両親がくたばっていると知った。
そして仕方なく本来は関係の無いあたしに連絡したという事だった。
正直帰りたくもない地元にどうして?という思いがあった。
けど過去の自分から甥っ子の現状というのが勝手ながらに想像出来、ほっとけない。そう思えていた。
「分かりました。そちらに伺います。」
不思議とあまり迷わなかったように思う。そして一応社長にも連絡しておく。
「成る程。判りました。では向こうに着きましたら、状況の報告を逐一お願いします。
 場合によっては長期の滞在になるでしょうし、
 そうなれば地元(そちら)の支店で仕事をしてもらう事になりますので。」
「はい。」
「但し、来年度までには帰って来て下さい。
 その甥っ子君を連れて来るにしても、こないにしてもです。
 貴女は大事なお客様を抱えていますからね。必ず帰って来て下さい。」
「はい、判ってます。」
で、今に至る。普通だったら警察署にだけど、向こうからの要望で病院に向かう。
久し振りの地元。首都圏というのもあって相変わらずごちゃごちゃとしている。
バスでの移動の中、色々なものが目に入ってくる。
変わっていないと思えるもの、変わったかもと思えるもの。けどやっぱり懐かしいとは思えない。
そうして病院に着き、中に入ると二人の警察官に出迎えられる。
いい加減時間は遅く、他に人気は殆ど無かった。
「彼の叔母さんですか?。」
「はい、そうです。」
元々人がいないない事もあって簡単な確認だけで案内へと移った。
そしてひとつ個室の病室へと入る、そこには酸素チューブに繋がれ眠っている少年と若い感じの医師が一人。
まずは軽く挨拶して「では、まずは甥子さんの説明を聞いて下さい。」と言うと警察官二人は病室を去って行った。そして残っていた医師と顔を合わせる。
「では説明させていただきます。甥子さんの状態ですが、現状は落ち着いており、特に問題はありません。
 但し、当院に運ばれて来た時は極めて危険な状態でした。」
「つまり、それだけ酷い怪我だったと?。」
「いいえ、軽度の骨の損傷こそありましたが、致命的な怪我はありませんでした。
 推測の域を出ませんが、断続的に暴力を受けて弱っていたと思えるのと。
 これは検査で分かったのですが、一週間から二週間程まともに食事が取れてなかったようです。
 それらが重なって危険な状態になっものと思われます。」
思わず心の中でうわぁっ、て言っていた。ある程度甥っ子が酷い状態にいるとは思っていたけど。
予想していたより酷い状態だわ、これ・・・・。
「この子めを覚ましますよね?。」
「ええ、十分可能性はあります。ただこういったケースは少なく、はっきりと何時とは言えませんが。
 あと、恐らくですがリハビリも必要となると思います。」
それからもう少しの間医師と話した。
その中で驚いたのは甥っ子が保険証を持っていない事だった。
ただこれに関しては役所等で発行出来るので、それを持って来てほしいと言われた。
まぁ、保険証無しの料金を払えと言われるよりはましだろう。
そしてその後、病室から出ると待っていた警察官二人と話す事となった。
「はぁ、マジかよ・・・・。」
許されるならうんざりしたい。警察官からの話しはそう思いたくなるものだった。
甥っ子は学校で執拗なまでのイジメに逢っていた可能性があるという。
しかし、学校側の指示なのか関係者と思える者全員が口を閉ざしており、捜査は殆ど進んでいないという。
「一応、学校と話す場合は弁護士を付けた方が良いかもしれません。」
「ええ、そうします。」
そうしてあたしは病院を去った。甥っ子の事はプロに任せて、あたしはやるべき事をやろう。
あたしのやっている仕事は付いているお客にもよるけど、専属の弁護士が付く場合がある。
そしてあたしは付いている方だ。
「はい、用件を伺います。」
さっそくその専属の弁護士に連絡。で、必要事項を伝える。
最初は迷ったけど、甥っ子を引き取ると決めた事。そしてその甥っ子に起きたと思われる事。
「だとしたら、明日にも動き始めた方が良いでしょう。
 社長には約半年程までには、現支店に戻れといわれていましたね。なると
 やるべき手続きの中には面倒なものも多いです。多分全部をやっているとギリギリになるとおもいますよ。」
「げぇ・・・・。」
思わず決意がゆらいだ。自分で決めた事だけど、面倒な事に首を突っ込んだねぇ。
約半年ねぇ。確かに今は十月で、来年度までには帰って来いという事はだ。
来年の三月末までには諸々の厄介事を片付けなきゃぁならない訳だ。
で、弁護士の話しでは今の段階から事を始めないと間に合わない可能性が大だと。
一応この事を社長に話すと。「うん、頑張れ。」と、嫌に他人事のような返答が帰ってきやがった。まぁいいけど。
さてと、思ったより故郷(ここ)に長く滞在する事が決まった。
しかも面倒で厄介な、でも片付けなきゃならない事もあると。
取り敢えず、自分でも馬鹿な決断をしたってのは無しにして、やる事をやる、それだけさね。
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