あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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桜餅と花の精

(十六)

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「穂乃花さん、南風岡のあの家に住んで、変な感じとかしなかった?」
「変?」
「視線を感じたり、たくさんの気配があったり」
「ああ」

 そんなものはしょっちゅうだ。なんといっても、千代の家は隣人が多いのだから。視線も気配もなんでもあり。

「私はね、なにも視えないの。でも……、なにかいるんじゃないかっていうのは、昔から感じていたわ」

 彼女は周りの目をはばかるように、声をひそめてささやいた。穂乃花はゆっくりその言葉をのみこんで、訊ねる。

「……そういうの、分かるんですか」
「ええ」

 視えないまでも、気配を感じることはできるなんて、初耳。雪斗もそれは知らなかったようで、ふたりしてぽかんとした。

「だから私は、あの家が苦手だった」
「え、母さん、田舎が性に合わなかったんじゃないの?」
「それもあるわ。都会の方が便利だもの。でもなにより、あの家にたくさんある気配が駄目なの」

 穂乃花は雪斗と顔を見合わせて、なるほど、と頷く。彼女が家に寄り付かないことには、そんな事情があったのだ。

 気配だけが分かる。それは……、もしかしたら一番つらいかもしれない。なにかがいそうで、なにもいない。視線は感じるのに、なにもない。たしかに、怖い。ホラーだ。そんな彼女が幼少期、あの家で暮らすのは大変だっただろう。

 穂乃花に定期的に「その家での暮らしは大丈夫か」と電話してきたのも、実は心配してくれていたのかもしれない。ふわっと心が軽くなった。そっか、嫌われていたわけではなかったのか。でもまあ、どのみち彼女に怖がられているのは変わらないけれど。

「この子はね、穂乃花さん。もしかしたらなにかが追いかけてくるかもとか、とつぜん襲ってくるかもとか、視えないからこそ悪い想像ばかりが働いて、昔から泣いていたのよ」

 千代が言うと、「やめてお母さん」と彼女は眉を寄せた。

「視えないから、怖い……」

 穂乃花は千代の言葉を繰り返す。

 ふと、部屋のすみに隣人の姿が見えた。小鳥のような隣人だ。尾が長く、飛んでいる道筋を空中に残すようになびいている。小さいくせに優雅だ。こんな小さな隣人も、雪斗の母は怖いとおびえてしまうのだろうか。

 視えないんだもんな。そりゃあ、怖いか。

 穂乃花は窓ガラスに反射する自分の姿を見つめる。
 視えないから、怖い。
 視えないから――、怖い。

 なんだろう。なにか、すごく大事なことのような気がした。
 目を閉じて考えてみる。
 あの家のこと。隣人のこと。目の前の、雪斗の母のこと――。

「あ」

 そうか。
 視えないから、怖いんだ。

「あ、あの、お母さん……!」

 挙手をすると視線が集まった。

「私、お母さんのお悩み、解決できるんじゃないでしょうか」
「え?」

 彼女が目を見開く。

「だって、視えないから怖いんですよね? じゃあ、私が、お母さんに教えますよ。そこにいるのが怖いものなのか、どうなのか。そうしたら、いつも怯えなくていいし、怖いものがいたら逃げることだってできるでしょう?」
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