あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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桜餅と花の精

(十五)

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 ゆっくりかみしめるように、そう伝えた。言ってやったぞ、と拳を握る。汗をかいていた。だってこんな言葉を伝えるの、生まれて初めてだ。緊張しないほうがおかしい。

 雪斗と千代は、相変わらずにこにこしている。そんなふたりがいてくれるのが心強くて、次の言葉はもうすこしだけ滑らかに出てきた。

「――お母さんが、私のことを怖がっているのは知っています。でも私、雪斗さんと結婚したい。だから、すこしずつでいいから、私の話を聞いてほしいんです」

 雪斗の母には、隣人とのやり取りを見られている。ごまかすことはできない。過去のことを思えば隣人のことは隠したかったけれど、それができないのなら、きちんと話して、怖くないんだと知ってもらうしかない。難易度高いなあとは思うけど、仕方ないだろう。

 昔は無理だったけれど、穂乃花だって大人になった。もう少し、うまく伝えられるはずだ。大丈夫、大丈夫。心の中で繰り返す。

「私は不思議なものが視えるけど、怖いことばかりじゃないんです。優しくて、あったかい友だちもたくさんいます。楽しいこともたくさんありました。そういうこともお母さんに知ってほしいんです。私のこともみんなのことも、怖がらないでほしい」

 逃げるのは、もうやめる。
 自信をもちたい。
 視えるのは悪いことじゃないんだ、と。
 その意思を込めて、雪斗の母の瞳をじっと見た。

「……穂乃花さんって、こんな子だったかしら」

 母親がぽつりと言った言葉に、雪斗が微笑む。

「引っ越して、いろいろなことがあったんだよ。素敵でしょう、今の穂乃花さん。まあ、穂乃花さんはいつだって素敵だけど」
「あらあら、仲良しねえ」

 千代が朗らかに笑った。

「俺も、穂乃花さんと結婚したい。母さんや父さんが止めたとしても。穂乃花さんがいい」

 嬉しいが、恥ずかしい。
 あらあらあら、と千代が笑うから、穂乃花はこほんと咳払いした。

 両親はお互いに目を見合わせる。沈黙が怖い。なにを言われるのだろう。拒絶されたら、どんな言葉を返そう。嫌な想像がかきたてられる時間だった。やがて、ふたりはこくりと頷いて、穂乃花に向き合った。

「――最初から、ふたりの決めたことに反対する気はないわ」

 あれ。
 穂乃花は頭の中でその言葉の意味を飲み込んで、首を傾げた。思っていたのと違う。

「そうなんですか? でも私のこと怖がっているでしょう? 嫌じゃないですか、私みたいなのが嫁に来たら」
「穂乃花さん、あなた嫁に来たいのか来たくないのか、どっちなの」
「来たいです」

 間髪入れずに頷くと、そう、と母は呆れた顔になった。なぜそんな顔をするのか、意味がわからない。

「私たち、いい歳した息子の人生に、口出しする気はないの。ふたりが決めたのなら、反対はしないわ。ねえ」

 雪斗の父がこくりと頷く。やっぱり寡黙だ。
 ぽかんとする穂乃花に、母は言葉を続けた。

「でも、私……、本当に怖い話が苦手なのよ」

 声が一段低くなった。
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