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桜餅と花の精
(十四)
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穂乃花と雪斗が出かける用意をしていると、龍神が訪ねてきた。美麗な人間バージョンだ。神様でも外は寒かったのか、うっすら鼻の頭が赤い。
「あ、龍神さま。ごめんなさい、私たち、これから出かけるんです」
ぴたりと龍神の動きが止まる。せっかく来たのに、と無表情で訴えられると、雪斗が申し訳なさそうに眉を八の字にした。
「昨日パンナコッタを作ったんです。お詫びに、よかったら食べていってください」
雪斗の言葉に、ほんのすこし龍神の機嫌が直ったようだ。雪斗が台所に向かうのを見て、穂乃花は時計を確認する。
「電車の時間あるから、私たちもう行かなきゃいけないんです。龍神さま、申し訳ないですがひとりで食べてもらえますか? お皿は流しに放置してもらって大丈夫なので……というか、龍神さま、このままお留守番します? どうせ今日もこたつに入りにきたんですよね?」
穂乃花が冗談まじりに言えば、龍神はすたすたと居間に入って、こたつに背筋よくスタンバイした。この前こたつ初体験をしてから、ずいぶん気にいったらしい。神様をもとりこにするこたつ、最強では。
「お留守番してくれるんですか?」
こくりと頷かれた。自分で言っておいてなんだが、神様に留守番なんてさせていいのだろうか。……まあ、いいか。雪斗がパンナコッタを持ってもどってくると、穂乃花は鞄を持って立ち上がる。
「龍神さまがお留守番してくれるそうです」
「え、いいの? ご利益のある家になりそうだね」
「ですね。じゃあ、龍神さま、よろしくお願いします。行ってきます!」
龍神に見送られて家を出ると、冷えた空気を吸い込み気合いを入れる。目指すは、雪斗の実家だ。電車に乗っている間、穂乃花は生きた心地がしなかった。心臓のバクバク再来だ。
実家につくなり、雪斗の両親と千代が出迎えてくれた。穂乃花の気分は、さながら敵陣に乗り込む武士。深呼吸していると雪斗に頭を撫でられた。
「えっと、お邪魔します」
「どうぞ、穂乃花さん。久しぶりねえ。写真送ってくれてありがとう。雪斗も、元気そうでよかったわあ」
「おばあちゃんもね」
「私はいつでも元気よ」
にこにこ笑っているのは、雪斗と千代のふたりだけ。両親は表情が固く、先ほどから喋らない。居間に通されて、ぎこちなくソファに腰かける。母親はもともとクールな人だ。父親は寡黙。やっぱりこのふたりから雪斗のようなふわふわ人間が生まれるのは謎だ。
たぶんふたりも、緊張しているのだろう。息子とその彼女から「話がある」と改まって言われたら、誰でも緊張するものかもしれない。いい天気ですね、とか言った方がいいかな。……いや、やめた。そういう回りくどいのは、自分には向かない。こっちも緊張して余裕がないし。
よし、と息を吸い込んだ。来たからには、もうやるしかないのだ。ふたりをまっすぐに見つめて、気合いを入れて口を開く。
「私は、雪斗さんと結婚したいです」
「あ、龍神さま。ごめんなさい、私たち、これから出かけるんです」
ぴたりと龍神の動きが止まる。せっかく来たのに、と無表情で訴えられると、雪斗が申し訳なさそうに眉を八の字にした。
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雪斗の言葉に、ほんのすこし龍神の機嫌が直ったようだ。雪斗が台所に向かうのを見て、穂乃花は時計を確認する。
「電車の時間あるから、私たちもう行かなきゃいけないんです。龍神さま、申し訳ないですがひとりで食べてもらえますか? お皿は流しに放置してもらって大丈夫なので……というか、龍神さま、このままお留守番します? どうせ今日もこたつに入りにきたんですよね?」
穂乃花が冗談まじりに言えば、龍神はすたすたと居間に入って、こたつに背筋よくスタンバイした。この前こたつ初体験をしてから、ずいぶん気にいったらしい。神様をもとりこにするこたつ、最強では。
「お留守番してくれるんですか?」
こくりと頷かれた。自分で言っておいてなんだが、神様に留守番なんてさせていいのだろうか。……まあ、いいか。雪斗がパンナコッタを持ってもどってくると、穂乃花は鞄を持って立ち上がる。
「龍神さまがお留守番してくれるそうです」
「え、いいの? ご利益のある家になりそうだね」
「ですね。じゃあ、龍神さま、よろしくお願いします。行ってきます!」
龍神に見送られて家を出ると、冷えた空気を吸い込み気合いを入れる。目指すは、雪斗の実家だ。電車に乗っている間、穂乃花は生きた心地がしなかった。心臓のバクバク再来だ。
実家につくなり、雪斗の両親と千代が出迎えてくれた。穂乃花の気分は、さながら敵陣に乗り込む武士。深呼吸していると雪斗に頭を撫でられた。
「えっと、お邪魔します」
「どうぞ、穂乃花さん。久しぶりねえ。写真送ってくれてありがとう。雪斗も、元気そうでよかったわあ」
「おばあちゃんもね」
「私はいつでも元気よ」
にこにこ笑っているのは、雪斗と千代のふたりだけ。両親は表情が固く、先ほどから喋らない。居間に通されて、ぎこちなくソファに腰かける。母親はもともとクールな人だ。父親は寡黙。やっぱりこのふたりから雪斗のようなふわふわ人間が生まれるのは謎だ。
たぶんふたりも、緊張しているのだろう。息子とその彼女から「話がある」と改まって言われたら、誰でも緊張するものかもしれない。いい天気ですね、とか言った方がいいかな。……いや、やめた。そういう回りくどいのは、自分には向かない。こっちも緊張して余裕がないし。
よし、と息を吸い込んだ。来たからには、もうやるしかないのだ。ふたりをまっすぐに見つめて、気合いを入れて口を開く。
「私は、雪斗さんと結婚したいです」
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