あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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桜餅と花の精

(一)

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 その日、穂乃花は駅前の喫茶店に来ていた。駅前と言っても、やっぱり田舎だ。そもそも小さくて古い駅だし、周りにもたいしたものはない。駅の掲示板には龍神と出会った滝のポスターが貼ってあって、やっぱり日本の滝百選はすごいらしいと眺めて通り過ぎた。

 喫茶店も昔ながらの、小さな佇まいだ。ドアベルを鳴らしながら中に入れば、窓辺の席で叔母が手を振る。

「穂乃花ちゃん。久しぶり」
「叔母さん。すみません、しばらくなんの連絡もしなかったのに、とつぜん呼び出して」
「遠慮なんてしなくていいのよ。あなたはまだ子どもなんだから」
「私、社会人ですけどね」

 私からしたらいつまでも子どもよ、と叔母は笑う。ニットを着て、寒がりなのかストールも羽織っていてボリューミーだ。目元が、母に似ていた。

 本当に、久しぶりだった。彼女と最後に会ったのは母が死んだとき。病気だった母の看病もまかせきりで、葬儀のあともなにかと面倒な処理を引き受けてくれた。穂乃花としては頭が上がらない。そのくせ、これまで連絡を絶っていたことが申し訳なく、穂乃花はそっと目を伏せる。

 店員にコーヒーを頼んで、叔母からひと通りの安否確認をされたあと、

「写真、あったわよ」

 彼女は鞄から、一枚の写真を取り出してテーブルに置いた。

「お義兄さんとはあまり話す機会もなかったからどうかなあと思ったけど、一枚だけ見つかったの。よかったわ」
「ありがとうございます。とつぜん、見たくなって」

 母と父、幼い穂乃花が映った写真だった。背景は、どこかの家の庭。母方の祖父母の家だと思い出す。写真の中の穂乃花はぐずっているのか、母の足にしがみついている。母は困った顔で、父は笑いながら穂乃花を見ていた。

 こんな顔だっけ。このふたり。

 久しぶりに見る親の顔に、なつかしくて甘いような、ほろ苦いような、かと思えば、めちゃくちゃ苦いような、そんな気持ちがわいた。

 見たいと思ったのは穂乃花なのに、どうすればいいのかわからなかった。雪斗や彼の祖母である千代を見ていて、穂乃花も親の顔が見たくなったから、叔母に探してほしいと頼んだ。だけど朱里たちを見て、その心がぐらりと揺らいだのを感じた。

 会えない親の顔を見て、どうしたいんだろう。
 取り戻せない過去をなつかしんで、どうするんだろう。

 そんなことを思ってしまって、本当は今日、ここに来たくないなと思っていた。

「穂乃花ちゃん、すっかりきれいになっちゃって。数年で変わるわねえ」

 叔母は写真を穂乃花のほうへと押し出しながら言った。小さな黒い毛玉のような隣人が、写真にすすすっと近づいた。穂乃花は人差し指でさりげなく隣人を制止する。

「姉さんね、ずっと穂乃花ちゃんのこと心配してたのよ。ちゃんと食べてるかとか、病気してないかとか。うるさいのなんの」
「……すみません」

 母の看病をしていた叔母は、穂乃花よりも母に詳しい。本当なら、娘の穂乃花が一番そばにいてやるべきだっただろうに。
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