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大きなお鍋と迷子のアリス
(十八)
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そわそわして待ちきれず、だれからともなく手を合わせる。「いただきます」と声がそろった。熱々の白菜を、ぱくりと一口。
「あっつ……っ!」
口からもわっと湯気がもれた。あまりに熱かったから、すぐに飲み込んでしまって、喉を熱い白菜が通っていく。もったいない。今度は息を吹きかけてしっかり冷ましてから、再チャレンジ。白菜は出汁を吸い込んでとろとろ甘い。豚肉の旨味もしみこんでいるから、優しい味の中にも力強さがあった。
「雪斗さん、味付けばっちりです。さすが」
「そう? よかった」
雪斗が嬉しそうに微笑んだ。人にご飯を食べさせるのが好きなのだ。
「たまには、近所の人を招くのもいいかもしれないですね。せっかく大きな土鍋があるんだし」
「いいの?」
「はい、たまには」
ずっと他人を避けて生きてきた。でももうすこし、もうすこしだけみんなと一緒に生きていたいと思っても、いいだろうか。考えながら、優の皿が空っぽになったことに気づく。
「優ちゃん、よそってあげる。お肉いっぱい食べてね」
「うん!」
お肉は子ども優先だ。優のにっこり笑顔を見て、全員が頬をゆるめた。
ふと、朱里が親指少女――の、おもちゃのお椀を見る。
「親指姫みたいな子、でしたっけ。そこにいるんですよね」
親指少女がなあに、と顔を上げる。でもふたりの視線が交わることはない。
「いいなあ、あたしも視てみたい」
これには雪斗も和真も頷いた。視えない人同士の結束があるらしい。
「雪斗さんの小説、読んでみたら?」
穂乃花の言葉に、朱里がパチパチとブラウンの瞳を瞬いた。
「雪斗さんの小説は不思議なお話が多いの。幻想的って言うのかな。私が視た隣人さんたちのことも時々書いてくれてる。実は雪斗さんも視えてるんじゃないかって思うくらいだよ」
「読みたいです!」
朱里がすぐに挙手をした。
「あ、よかったらプレゼントしますよ。何冊か部屋に置いてあるから」
取ってきますね、と立ち上がる雪斗だったが、朱里が「待った!」と止めた。中腰のまま、雪斗が首を傾げる。
「ちゃんと本屋で買わせていただきます! 売上大事です、貢献させてください! タイトル教えて! Tell me!」
さすが和菓子屋を経営しているだけあって、利益や売上については厳しいらしい。雪斗は「別にいいのに」と言っているが、結局は朱里が押し切った。本を買ったらサインください、とちゃっかりお願いしていたけれど。
「周りに宣伝してあげてね。雪斗さん、まだまだ駆け出し作家だから」
「それはもちろん! ママ友はじめ、南風岡中に布教してあげますよ! 雪斗さんの噂で持ち切りにしてみせます!」
「ほどほどにお願いします、恥ずかしいから……」
情けなく笑う雪斗に、朱里が「そんな弱気じゃ売れるもんも売れませんよ!」と力説する。いいぞ、もっと言ってやってくれ。できることなら、本がたくさん売れてほしいのに、雪斗はいつも控えめだから穂乃花もヤキモキしているのだ。
だんだんとヒートアップしてきた朱里の横では和真がスマホをいじっていて、ちらっとのぞけば雪斗の本を通販で買っているのだった。行動が早い。そうして大人たちが騒がしい中、優と親指少女はもくもくと箸を動かしている。三者三様、思い思いに、フリーダム。いいことだと思う。穂乃花も思いのままに、鍋からこっそり豚肉をすくって自分の皿に多めに盛った。
「あっつ……っ!」
口からもわっと湯気がもれた。あまりに熱かったから、すぐに飲み込んでしまって、喉を熱い白菜が通っていく。もったいない。今度は息を吹きかけてしっかり冷ましてから、再チャレンジ。白菜は出汁を吸い込んでとろとろ甘い。豚肉の旨味もしみこんでいるから、優しい味の中にも力強さがあった。
「雪斗さん、味付けばっちりです。さすが」
「そう? よかった」
雪斗が嬉しそうに微笑んだ。人にご飯を食べさせるのが好きなのだ。
「たまには、近所の人を招くのもいいかもしれないですね。せっかく大きな土鍋があるんだし」
「いいの?」
「はい、たまには」
ずっと他人を避けて生きてきた。でももうすこし、もうすこしだけみんなと一緒に生きていたいと思っても、いいだろうか。考えながら、優の皿が空っぽになったことに気づく。
「優ちゃん、よそってあげる。お肉いっぱい食べてね」
「うん!」
お肉は子ども優先だ。優のにっこり笑顔を見て、全員が頬をゆるめた。
ふと、朱里が親指少女――の、おもちゃのお椀を見る。
「親指姫みたいな子、でしたっけ。そこにいるんですよね」
親指少女がなあに、と顔を上げる。でもふたりの視線が交わることはない。
「いいなあ、あたしも視てみたい」
これには雪斗も和真も頷いた。視えない人同士の結束があるらしい。
「雪斗さんの小説、読んでみたら?」
穂乃花の言葉に、朱里がパチパチとブラウンの瞳を瞬いた。
「雪斗さんの小説は不思議なお話が多いの。幻想的って言うのかな。私が視た隣人さんたちのことも時々書いてくれてる。実は雪斗さんも視えてるんじゃないかって思うくらいだよ」
「読みたいです!」
朱里がすぐに挙手をした。
「あ、よかったらプレゼントしますよ。何冊か部屋に置いてあるから」
取ってきますね、と立ち上がる雪斗だったが、朱里が「待った!」と止めた。中腰のまま、雪斗が首を傾げる。
「ちゃんと本屋で買わせていただきます! 売上大事です、貢献させてください! タイトル教えて! Tell me!」
さすが和菓子屋を経営しているだけあって、利益や売上については厳しいらしい。雪斗は「別にいいのに」と言っているが、結局は朱里が押し切った。本を買ったらサインください、とちゃっかりお願いしていたけれど。
「周りに宣伝してあげてね。雪斗さん、まだまだ駆け出し作家だから」
「それはもちろん! ママ友はじめ、南風岡中に布教してあげますよ! 雪斗さんの噂で持ち切りにしてみせます!」
「ほどほどにお願いします、恥ずかしいから……」
情けなく笑う雪斗に、朱里が「そんな弱気じゃ売れるもんも売れませんよ!」と力説する。いいぞ、もっと言ってやってくれ。できることなら、本がたくさん売れてほしいのに、雪斗はいつも控えめだから穂乃花もヤキモキしているのだ。
だんだんとヒートアップしてきた朱里の横では和真がスマホをいじっていて、ちらっとのぞけば雪斗の本を通販で買っているのだった。行動が早い。そうして大人たちが騒がしい中、優と親指少女はもくもくと箸を動かしている。三者三様、思い思いに、フリーダム。いいことだと思う。穂乃花も思いのままに、鍋からこっそり豚肉をすくって自分の皿に多めに盛った。
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