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大きなお鍋と迷子のアリス
(十五)
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「これ、あたしの黒歴史なんで、他の人にはsecretですよ」
唇に人差し指を当てて言ってから、朱里は眉を下げた。
「実はあたし、あのときは日本語も片言で、周りから浮いてたんですよねー。よそ者扱い? というか、動物園のパンダみたいな扱いで、クラスメイトに遠巻きからチラチラ見られるもんだから学校行くのが嫌で嫌で、ズル休み繰り返してたんです。……あ、信じてないでしょー?」
穂乃花は「そんなことないけど」と否定したが、内心信じられなかった。だって想像できない。彼女は昔から人付き合いが得意だったんだろうと、勝手に思っていた。朝市に行けばすれ違う人に何度も声をかけられるくらい人気者だし。
「それでね穂乃花さん。小学生って、集団登下校するでしょう」
「え? うん」
朱里はふいに、頬を赤らめた。
「和真とは家が近くて登下校が同じ班だったんです。和真だけは、あたしにふつうに話しかけてくれた。あれ、嬉しかったなあ」
和真は目を窓のほうへ向ける。
「……俺は無料で英会話のレッスンできる、くらいの気持ちだったけど。この田舎でネイティブな英語話す人なんて、朱里くらいだったし」
「えー、なにそれ! 和真って昔からガリ勉なんだから。あたしのキュンキュンな想い出をなんだと思ってるんだか。ね、穂乃花さんからもひどいって言ってやって!」
えええ、と穂乃花はうめいた。言葉とは裏腹に、朱里は楽しそうだ。突然ののろけ話にどう返事をしていいのかわからない。やがて、朱里はにっこりと笑った。
「ほかの人とちがうハーフ美女って肩書きは、あたしの武器だって今なら思えます。それと同じで、優や穂乃花さんが不思議なものを視れることも、素敵じゃないですか」
「素敵」
「俺も気にしませんよ」
和真が、ほんのすこし目元を和らげる。
「優も穂乃花さんのことも、すごいと思っています。俺たちより賑やかな世界が視えるなんて」
あれ、どこかで聞いたような言葉だな、と穂乃花は思った。すこし考えて、気づく。ああ、そうだ。雪斗もよく、同じことを言っている。いいな、うらやまましいな、すごいな……なんて。雪斗と和真が重なって見えた。すこしだけ、身体の力みがとれた。
「穂乃花さん、本当に、ありがとうございました」
朱里の声が優しく響く。
「穂乃花さんは、視えることを隠したかったんですよね。この話をしてくれたのは、優のためでしょ? すみません、それから、ありがとう」
「――ううん」
このふたりは、雪斗と一緒だ。穂乃花のことを受け入れてくれる。優にも今まで通りの愛情を注いでくれる。それが、胸にじわっとしみた。なんだか、笑ってしまった。
「あー、もう、なんだ……。隠さなくてよかったのかあ」
ひとりだったら、きっとへなへなと座り込んでいた。今はふたりの目もあるから、壁にもたれるだけにしたけれど。
朱里のことも和真のことも、信じていると言った優が正しかった。今まで嫌われるのを怖がって、必死に隠していた自分が馬鹿みたいだ。いや、朱里や和真が特別なのかもしれないけど。ふつうの人は、怖がるのかもしれないけど……でも、このふたりは受け入れてくれる――……。
なんだ、そっか。
穂乃花の頬が自然とゆるんだ。
よかったね、優ちゃん。
本当に。
よかった。
朱里と和真は、笑っていた。
唇に人差し指を当てて言ってから、朱里は眉を下げた。
「実はあたし、あのときは日本語も片言で、周りから浮いてたんですよねー。よそ者扱い? というか、動物園のパンダみたいな扱いで、クラスメイトに遠巻きからチラチラ見られるもんだから学校行くのが嫌で嫌で、ズル休み繰り返してたんです。……あ、信じてないでしょー?」
穂乃花は「そんなことないけど」と否定したが、内心信じられなかった。だって想像できない。彼女は昔から人付き合いが得意だったんだろうと、勝手に思っていた。朝市に行けばすれ違う人に何度も声をかけられるくらい人気者だし。
「それでね穂乃花さん。小学生って、集団登下校するでしょう」
「え? うん」
朱里はふいに、頬を赤らめた。
「和真とは家が近くて登下校が同じ班だったんです。和真だけは、あたしにふつうに話しかけてくれた。あれ、嬉しかったなあ」
和真は目を窓のほうへ向ける。
「……俺は無料で英会話のレッスンできる、くらいの気持ちだったけど。この田舎でネイティブな英語話す人なんて、朱里くらいだったし」
「えー、なにそれ! 和真って昔からガリ勉なんだから。あたしのキュンキュンな想い出をなんだと思ってるんだか。ね、穂乃花さんからもひどいって言ってやって!」
えええ、と穂乃花はうめいた。言葉とは裏腹に、朱里は楽しそうだ。突然ののろけ話にどう返事をしていいのかわからない。やがて、朱里はにっこりと笑った。
「ほかの人とちがうハーフ美女って肩書きは、あたしの武器だって今なら思えます。それと同じで、優や穂乃花さんが不思議なものを視れることも、素敵じゃないですか」
「素敵」
「俺も気にしませんよ」
和真が、ほんのすこし目元を和らげる。
「優も穂乃花さんのことも、すごいと思っています。俺たちより賑やかな世界が視えるなんて」
あれ、どこかで聞いたような言葉だな、と穂乃花は思った。すこし考えて、気づく。ああ、そうだ。雪斗もよく、同じことを言っている。いいな、うらやまましいな、すごいな……なんて。雪斗と和真が重なって見えた。すこしだけ、身体の力みがとれた。
「穂乃花さん、本当に、ありがとうございました」
朱里の声が優しく響く。
「穂乃花さんは、視えることを隠したかったんですよね。この話をしてくれたのは、優のためでしょ? すみません、それから、ありがとう」
「――ううん」
このふたりは、雪斗と一緒だ。穂乃花のことを受け入れてくれる。優にも今まで通りの愛情を注いでくれる。それが、胸にじわっとしみた。なんだか、笑ってしまった。
「あー、もう、なんだ……。隠さなくてよかったのかあ」
ひとりだったら、きっとへなへなと座り込んでいた。今はふたりの目もあるから、壁にもたれるだけにしたけれど。
朱里のことも和真のことも、信じていると言った優が正しかった。今まで嫌われるのを怖がって、必死に隠していた自分が馬鹿みたいだ。いや、朱里や和真が特別なのかもしれないけど。ふつうの人は、怖がるのかもしれないけど……でも、このふたりは受け入れてくれる――……。
なんだ、そっか。
穂乃花の頬が自然とゆるんだ。
よかったね、優ちゃん。
本当に。
よかった。
朱里と和真は、笑っていた。
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