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大きなお鍋と迷子のアリス
(十)
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「ママたちのこと、悪い人だと思ってる?」
「そんなこと……」
朱里や和真のことは、いい人だと思っている。でも、もし気味が悪いと突き放されたら……、そう思うと隣人たちのことを隠してしまう。それは彼女たちを信じていないことになるんだろうか。そういうつもりじゃ、ないんだけど。
「わたしは、ママもパパも大好きだし、信じてるよ」
穂乃花は優を見た。眩しいな、と思った。
――私だって、信じてた。
穂乃花も母のことは好きだったし、隣人のことも好きだった。でも駄目だった。母は、穂乃花が視えることを嫌っていたから。だから、母とは喧嘩して、それで――。すうっと腹の底が重たくなる。優から目を逸らす。色んな憂鬱をため息に乗せて、身体の外に押し出した。
「私はだめだったんだ」
呟く穂乃花の頬を、狐の尻尾がふわっと撫でた。
「なに? なぐさめてくれるの?」
狐の瞳が細くなる。ふわっふわっと尻尾が動く。やわらかい。
「……ありがと。あなた、けっこういい狐だったんだね。でも雪斗さんのとなりはあげないから」
ぴくりと頬を撫でる動きが止まる。すすすっと尻尾が引いて行った。露骨すぎるだろう。
んー、と穂乃花はうなって膝を抱えた。自分たちがほかの人とちがうことは、隠さなければいけないはずだ。空を見上げた。なんの曇りもない空だった。しばらくそのまま、ぼーっとしていた。
自分には、雪斗がいてくれる。それでずいぶん助けられた。でも、優にはまだ、そういう人がいないのだろう。それって、どうなんだろうか。つらい? 哀しい?
そうだろうなあ、と思う。
穂乃花はもう、雪斗がいてくれないと駄目だから。
「優ちゃんさ」
穂乃花は優に目を移す。
「本当に朱里さんたちに話したい?」
「うん」
迷いなく頷いた。まっすぐだ。純粋だ。まぶしい。うらやましい。
優しく笑う朱里たちの顔が浮かんだ。彼女たちを疑ってしまう自分に悲しくなった。穂乃花だって、本当は信じたいのだ。
「もしかしたら、朱里さんたちに怖がられちゃうかもしれないよ」
「ママとパパなら、だいじょうぶ」
そっかあ、と穂乃花は優の頭を撫でた。
隣人たちのことを知っても、朱里や和真が今まで通りに笑いかけてくれたら、どれだけ心が軽くなるだろう。自分や自分の好きなもののことを、受け入れてくれたなら――。穂乃花はしばらく考えて、心を決めた。
「分かった。帰ったら、朱里さんと和真さんに話してみようか。私も一緒にいるから。たぶん、私から言えば嘘なんてことは言われないよ」
優の話を信じてもらえないのは、彼女が子どもだからだろう。穂乃花が話せば、朱里たちの受け止め方も変わる。話して、また怖がられたら嫌だな。でも、どうか――……。
頑張りなさいね、とでも言うようにふわふわな狐の尻尾がもどってきた。穂乃花も優がしているように、狐にもたれてみる。温かい。花の香りがふわっとした。干したての毛布にくるまっている気分になって、自分の意思とは関係なく、瞼が重くなっていくのを感じる。雪斗はいつも、こんな気持ちで寝ているのかもしれない。ちょっとうらやまましい。
「狐さん、今度は私の布団にも来てよ」
返事はない。そこはいいよって、ふわっふわな尻尾で応えてくれたらいいのに。
「眠たいねえ、優ちゃん」
「うん」
意識が閉じる前、ちりりんと、どこかで鈴の音がかすかに鳴った。
「そんなこと……」
朱里や和真のことは、いい人だと思っている。でも、もし気味が悪いと突き放されたら……、そう思うと隣人たちのことを隠してしまう。それは彼女たちを信じていないことになるんだろうか。そういうつもりじゃ、ないんだけど。
「わたしは、ママもパパも大好きだし、信じてるよ」
穂乃花は優を見た。眩しいな、と思った。
――私だって、信じてた。
穂乃花も母のことは好きだったし、隣人のことも好きだった。でも駄目だった。母は、穂乃花が視えることを嫌っていたから。だから、母とは喧嘩して、それで――。すうっと腹の底が重たくなる。優から目を逸らす。色んな憂鬱をため息に乗せて、身体の外に押し出した。
「私はだめだったんだ」
呟く穂乃花の頬を、狐の尻尾がふわっと撫でた。
「なに? なぐさめてくれるの?」
狐の瞳が細くなる。ふわっふわっと尻尾が動く。やわらかい。
「……ありがと。あなた、けっこういい狐だったんだね。でも雪斗さんのとなりはあげないから」
ぴくりと頬を撫でる動きが止まる。すすすっと尻尾が引いて行った。露骨すぎるだろう。
んー、と穂乃花はうなって膝を抱えた。自分たちがほかの人とちがうことは、隠さなければいけないはずだ。空を見上げた。なんの曇りもない空だった。しばらくそのまま、ぼーっとしていた。
自分には、雪斗がいてくれる。それでずいぶん助けられた。でも、優にはまだ、そういう人がいないのだろう。それって、どうなんだろうか。つらい? 哀しい?
そうだろうなあ、と思う。
穂乃花はもう、雪斗がいてくれないと駄目だから。
「優ちゃんさ」
穂乃花は優に目を移す。
「本当に朱里さんたちに話したい?」
「うん」
迷いなく頷いた。まっすぐだ。純粋だ。まぶしい。うらやましい。
優しく笑う朱里たちの顔が浮かんだ。彼女たちを疑ってしまう自分に悲しくなった。穂乃花だって、本当は信じたいのだ。
「もしかしたら、朱里さんたちに怖がられちゃうかもしれないよ」
「ママとパパなら、だいじょうぶ」
そっかあ、と穂乃花は優の頭を撫でた。
隣人たちのことを知っても、朱里や和真が今まで通りに笑いかけてくれたら、どれだけ心が軽くなるだろう。自分や自分の好きなもののことを、受け入れてくれたなら――。穂乃花はしばらく考えて、心を決めた。
「分かった。帰ったら、朱里さんと和真さんに話してみようか。私も一緒にいるから。たぶん、私から言えば嘘なんてことは言われないよ」
優の話を信じてもらえないのは、彼女が子どもだからだろう。穂乃花が話せば、朱里たちの受け止め方も変わる。話して、また怖がられたら嫌だな。でも、どうか――……。
頑張りなさいね、とでも言うようにふわふわな狐の尻尾がもどってきた。穂乃花も優がしているように、狐にもたれてみる。温かい。花の香りがふわっとした。干したての毛布にくるまっている気分になって、自分の意思とは関係なく、瞼が重くなっていくのを感じる。雪斗はいつも、こんな気持ちで寝ているのかもしれない。ちょっとうらやまましい。
「狐さん、今度は私の布団にも来てよ」
返事はない。そこはいいよって、ふわっふわな尻尾で応えてくれたらいいのに。
「眠たいねえ、優ちゃん」
「うん」
意識が閉じる前、ちりりんと、どこかで鈴の音がかすかに鳴った。
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