あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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大きなお鍋と迷子のアリス

(八)

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 人間バージョンの龍神が、鳩もどきを掴んでいるのだ。今日も今日とて端正な容姿。風が吹くと龍神の水色の羽織が膨らんで、乾いた音を立てた。鳩もどきは即座に身を縮めて大人しくなった。神の威厳は底知れない。ちょっとかわいそうになってきた。

「龍神さま、助けてくれてありがとう。でも怒らせちゃった私が悪いので、その子は放してあげてください」

 龍神はわずかに瞬きしてから、しなやかな指をそっと開き、鳩もどきを解放する。びゅんっと鳩もどきは薄の中に逃げてしまった。

「ごめんねー、騒がしくして」

 穂乃花の謝罪が届いていたかどうかは、分からない。とにかく、穂乃花はほっとして龍神に向き直った。

「龍神さま、すごくいいタイミングで来てくれました! おはようございます、ありがとう!」

 顔見知りがいてくれると安心だ。龍神は、どうしてここにと言いたそうに首を傾げた。水色の長髪がはらりと肩から落ちる。

「山の中の穴に落ちたら、ここに倒れていまして……、やっぱり龍神さまの屋敷の近くだったんですね。薄に見覚えあるなあと思いました。小さい女の子と狐を見かけませんでした? 探しに来たんです」

 龍神は考え込むように目を閉じた。穂乃花が沈黙に耐えられなくなったころ、ようやく龍神が目を開けて歩き出す。

「あ、ちょっと、龍神さま!」

 呼びかけると龍神が振り向いて、顎でついておいでと促した。穂乃花は慌てて龍神の水色羽織を追いかけた。

「ほんとに、薄しかないですねー、ここは」

 まるで世界に自分と龍神だけしか存在しないような気分になってくる。ふたりの進む音と、風が薄を撫でる音だけがした。空を見上げれば雲もない。太陽も月もないらしい。じゃあ、朝や夜の区別もないのだろうか。なんだか、それは寂しい気がした。

「龍神さま、満月の日にうちにおいでよ。雪斗さんと一緒に月見酒しましょう。親指ちゃんや能面さんも誘って――いたっ」

 ぴたりと龍神の歩みが止まって、穂乃花はその背中にぶつかった。急に止まらないでほしい、と恨めしい目で見つめていると、龍神が半身ずらす。

「あ、優ちゃん!」

 三つ編み少女がこちらを見上げる。狐の尻尾にくるまれて居眠りでもしていたようだった。大きな瞳がとろんと垂れている。狐は優をくるみながら悠然と座り、龍神に対してうやうやしく頭を下げた。誘拐犯にしては、優雅な身振りだ。

 龍神が道案内は終えたぞとばかりに穂乃花を見た。ありがとうございますと伝えたところ、嬉しそうな顔になる。最近、龍神の表情の変化が分かるようになってきた。

「ほのか……おねーさん?」

 優がもごもごと呟く。まだ半分以上、夢の中の声だ。穂乃花は苦笑した。
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