あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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大きなお鍋と迷子のアリス

(五)

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 ふっと、気配を感じて目を開けた。
 穂乃花は寝ぼけ目で部屋を見渡す。

 縁側ではまだ将棋教室が行われていて、ふんふんと頷く朱里の声がする。なんだかんだで、ちゃんと勉強しているらしい。穂乃花はぐるりと部屋を見渡してから、はっとして立ち上がった。

 優がいない。

 少女がいたはずの場所には、畳の上にぽつんと本が置かれているだけだ。なんとなく、いやな予感がした。襖を開けてとなりの部屋を見るが、いない。台所に続く廊下に出て左右を見渡す。

 黄金色が見えた。狐だ。三つ編み少女の後ろ姿も見える。
 ほっとするのと、まずいなと思う気持ちが混ざって眉が寄った。

 ――隣人と一緒か。

「そんなところで何してるの、優ちゃん」

 少女が振り向く。狐の瞳も穂乃花を見据える。とりあえず、今のところはまだ妙なことに巻き込まれていないようだ。穂乃花は優だけを見て口を開いた。

「優ちゃん、こっちに――」

 おいで。

 しかし、その言葉が出なかった。狐の尻尾が動いたのだ。大きな尻尾は、優の姿をすっぽり隠してしまう。そのまま白い煙が立った。あ、と思ったときには煙で視界が埋まる。

「優ちゃん!」

 返事はない。ただもくもくと煙がたちこめ、かすかに花の芳香がした。穂乃花は近くの窓を開ける。煙が外にもれていく。はやく、はやく、はやく……、はやくして。やがて立ち込めていた煙が消えた頃、優も狐の姿も、そこにはなかった。まるで最初から誰もいなかったかのように、ぽっかりとした空間が広がる。

 嫌な予感的中だ。

「あの泥棒狐め……」

 居間では三人がまだ将棋盤を見つめていた。

「雪斗さーん! ちょっと来て」

 手招きして、雪斗を廊下に連れ出す。何かがあった、とすぐ察してくれたのだろう。雪斗の眉が八の字になっていた。

「どうかしたの?」
「優ちゃんが隣人さんに誘拐されました」

 え、と雪斗の口が開く。

「隣人さんのほんの戯れだと思いますけど。優ちゃんを連れて行ったあの狐、悪い隣人じゃないと思うし、たぶん大丈夫なんだけど……」

 いつも雪斗に添い寝するくらいで、悪さをしない狐だった。とはいえ安心もし切れない。あの狐のこと、よく知らないし。こんなことならもっと仲良くしておけばよかった。あーでも雪斗にちょっかいかける雌狐だからなあ……。

「んんー、もうっ!」

 後悔と苛立ちでうなると、雪斗が「優ちゃん、大丈夫かな」と不安な顔になる。穂乃花は自分の頬を叩いた。今は自分がしっかりしなきゃ。視えるのは自分だけだから。
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