あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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あったかシチューと龍神さま

(二十)

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「あれ、穂乃花さんどうかした?」

 台所にもどると、雪斗が首を傾げる。

「いえ、なんでも。ちょっと、久しぶりに叔母と電話しまして」

 龍神は熱心に鍋をかき混ぜていて、こちらの話は聞こえていない様子だ。雪斗はこちらを気にしながらも、なにも聞かないことにしたらしい。

「和食じゃなくてよかったのかな、日本の神様なのに」

 雪斗が龍神を眺めて言った。

「大丈夫でしょ。今までのお供えものだって、餃子とかパスタとか、いろいろだったし。この前なんてハンバーガーだったじゃないですか」

 とつぜんファストフードが食べたくなって、夜ご飯に買いに行ったのだ。この家からだと、車で三十分先にやっとチェーンのハンバーガーショップがある。田舎は不便だ。やしろにハンバーガーというのは、なかなかシュールな光景だった。

「もうそろそろ、煮込めたかな。龍神さまお疲れ様です。あとは俺がやりますね」

 雪斗が鍋に塩コショウをぱっぱと振って、バターを一切れ加える。牛乳をふんだんに使った真っ白のルーに、黄金のバター。あわないわけがない。ルーの熱さにバターの固まりがとろっと崩れる。鍋をかき回すと、濃厚な香りが台所に満ちた。ブラウンの深皿にたっぷりとルーを注ぎ入れれば、もわもわと湯気が上がる。それだけで、なんだか幸せになれる。

 興味深そうに見ている龍神に、穂乃花と雪斗は笑った。

「はい、完成です!」

 龍神が初めて作った料理は、あったかくて身体にしみ渡る、特製シチューだ。

 三人で居間に移って、いただきますと手を合わせた。食卓にはシチューとサラダとロールパン。早速シチューをすくって、ふーふーと息を吹きかけ、一口頬張る。胸の底から、ため息がもれた。

「……あー、あったかい」

 ことこと煮込んだシチューは胃を温めて、その熱は指先までじんわりと広がっていく。牛乳とバターのコクが口の中に広がった。続けてじゃがいもをすくって、口に運ぶ。白いルーをまとったじゃがいもはホクホクして、驚くほど甘い。

「やっぱり雪斗さんが作るシチューは好きだなあ。龍神さまも、お口にあいまし――って、はや! もう食べたんですか?」

 ふと龍神を見ると、皿の中身は空になっていた。

「いつの間に……」
「龍神さま、おかわりいりますか?」

 龍神が頷くと、雪斗は嬉しそうに皿を受け取って台所に向かった。人にご飯を食べさせるのが好きなのだ。

「おいしいでしょ、雪斗さんのご飯」

 こくんと頷く龍神は、心なしか瞳が輝いていた。すっかりシチューのとりこになったらしい。穂乃花だって雪斗特製シチューが大好きだが、初めて自分で煮込んだということもあって、龍神にはおいしさもひとしおだろう。負けてられないな、と謎の対抗意識を燃やして、穂乃花もぱくりぱくりとシチューを掬っては口に運んでいく。

 雪斗はもどってくると、片手に龍神のシチュー、もう片手に別の皿を持ってきた。

「同じ味だとつまらないかなと思って。バケットも用意してみました。どうぞ」

 薄く切られて、狐色にこんがりトーストされたバケットだ。とろっとしたシチューを、バケットの上にたっぷり乗せる。こぼれないように慌てて一口かじると、ぱりっとしたバケットの食感が楽しい。香ばしい小麦の香りを、シチューの甘さが包み込む。

「んー、幸せ……」
「それはよかった。龍神さまもおいしいですか……あれ?」

 龍神は、一口食べて固まっていた。穂乃花と雪斗は目を合わせる。もしかして口に合わなかっただろうかと心配をした……が、どうやら違ったらしい。

 龍神ははっとすると、勢いよくバケットをかじり始めた。パリパリと小気味いい音がする。ひとつ食べ終えて、すぐ次のバケットに手が伸びる。雪斗がぽかんとしてから微笑んだ。
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