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あったかシチューと龍神さま
(十九)
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「穂乃花さん」
「はい」
「帰ってきてくれて、ありがとう」
「当たり前じゃないですか」
雪斗がいるのに、他の人からの求婚を受けるわけがない。心配なんてしなくていいよ、と言おうかと思ったけれど、恥ずかしいからやめた。ついでに台所を飛び出した。だって顔を合わせているのも恥ずかしい。
「結婚……、結婚ねえ」
家族って、どんな感じだっけ。父と母は、家でどんなやり取りをしていただろう。遠い記憶すぎて、思い出せない。父が死んだのは、穂乃花が小学生のころだった。遠いというほど過去のことではないか。いや、やっぱり遠いことだ。小学校のことなんて覚えていない。
やっぱり写真、すこしくらい残しておけばよかったかも。
穂乃花はスマホを手に取った。なんだか無性に、父と母の顔が見たくなった。叔母の家になら、一枚くらいは残っているだろうか。病気になった母の世話を最期までしてくれていたのが母の妹、つまり穂乃花の叔母だった。
穂乃花はすこしの間ためらってから、スマホを耳にあてた。三コールで出なければ、切る。
耳元で鳴るコール音。
出てほしいような、出てほしくないような。悩ましい時間がつづいたあと、
『穂乃花ちゃん?』
「……あ、叔母さん。えっと、お久しぶりです」
出てしまった。いや、かけたのは自分なんだけど。
叔母はとつぜんの姪からの電話でも、優しい声で出てくれた。
『どうしたの? もう、ぜんぜん連絡くれないから。元気?』
「元気です。あの、えっと……」
写真が見たいです、なんて。すごく今さらではないだろうか。あ、どうしよう。やっぱり電話を切ってしまいたい。でもそんな失礼なこともできず。それに今日はいろいろあって穂乃花もいつもとはちがうテンションなわけで。
この際だ、言ってしまえ。
「叔母さんの家に、お父さんとお母さんの写真とか、残ってないかな……と、思いまして……」
思いきりよくいくはずが、なかなか途切れ途切れの声しか出なかった。小心者め。
『写真? んー、どうかしら。姉さんの写真ならいろいろあるけど、お義兄さんのはあるのかなぁ。あんまり顔合わせなかったし。探してみるわね。あ、穂乃花ちゃん今なにしてるの? ちゃんと働いてる?』
「ニートにはなってないです」
『そう。あ、今度差し入れとかしようか? 住所変わってない? ご飯食べてる?』
「もう子どもじゃないのでお気になさらず。引っ越しましたし。今は岐阜の田舎にいます」
そういえば、叔母も岐阜に住んでいるんだったっけ。そう思い出すのと、叔母が声をワントーンあげるのが同時だった。
『あら、岐阜のどこ?』
「南風岡です」
『近い! 今度会いましょう。写真探して持っていくから!』
叔母は勝手に決めて、電話を切ってしまった。もしかしたら連絡をとらなかった間、心配をかけていたのかもしれない。
――まあ、あんまりいいイメージ持たれてないだろうしなあ。心配にもなるか。
たぶん、叔母にとっての自分は精神的に不安定で未熟な子どものままなのだろう。
「はい」
「帰ってきてくれて、ありがとう」
「当たり前じゃないですか」
雪斗がいるのに、他の人からの求婚を受けるわけがない。心配なんてしなくていいよ、と言おうかと思ったけれど、恥ずかしいからやめた。ついでに台所を飛び出した。だって顔を合わせているのも恥ずかしい。
「結婚……、結婚ねえ」
家族って、どんな感じだっけ。父と母は、家でどんなやり取りをしていただろう。遠い記憶すぎて、思い出せない。父が死んだのは、穂乃花が小学生のころだった。遠いというほど過去のことではないか。いや、やっぱり遠いことだ。小学校のことなんて覚えていない。
やっぱり写真、すこしくらい残しておけばよかったかも。
穂乃花はスマホを手に取った。なんだか無性に、父と母の顔が見たくなった。叔母の家になら、一枚くらいは残っているだろうか。病気になった母の世話を最期までしてくれていたのが母の妹、つまり穂乃花の叔母だった。
穂乃花はすこしの間ためらってから、スマホを耳にあてた。三コールで出なければ、切る。
耳元で鳴るコール音。
出てほしいような、出てほしくないような。悩ましい時間がつづいたあと、
『穂乃花ちゃん?』
「……あ、叔母さん。えっと、お久しぶりです」
出てしまった。いや、かけたのは自分なんだけど。
叔母はとつぜんの姪からの電話でも、優しい声で出てくれた。
『どうしたの? もう、ぜんぜん連絡くれないから。元気?』
「元気です。あの、えっと……」
写真が見たいです、なんて。すごく今さらではないだろうか。あ、どうしよう。やっぱり電話を切ってしまいたい。でもそんな失礼なこともできず。それに今日はいろいろあって穂乃花もいつもとはちがうテンションなわけで。
この際だ、言ってしまえ。
「叔母さんの家に、お父さんとお母さんの写真とか、残ってないかな……と、思いまして……」
思いきりよくいくはずが、なかなか途切れ途切れの声しか出なかった。小心者め。
『写真? んー、どうかしら。姉さんの写真ならいろいろあるけど、お義兄さんのはあるのかなぁ。あんまり顔合わせなかったし。探してみるわね。あ、穂乃花ちゃん今なにしてるの? ちゃんと働いてる?』
「ニートにはなってないです」
『そう。あ、今度差し入れとかしようか? 住所変わってない? ご飯食べてる?』
「もう子どもじゃないのでお気になさらず。引っ越しましたし。今は岐阜の田舎にいます」
そういえば、叔母も岐阜に住んでいるんだったっけ。そう思い出すのと、叔母が声をワントーンあげるのが同時だった。
『あら、岐阜のどこ?』
「南風岡です」
『近い! 今度会いましょう。写真探して持っていくから!』
叔母は勝手に決めて、電話を切ってしまった。もしかしたら連絡をとらなかった間、心配をかけていたのかもしれない。
――まあ、あんまりいいイメージ持たれてないだろうしなあ。心配にもなるか。
たぶん、叔母にとっての自分は精神的に不安定で未熟な子どものままなのだろう。
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