あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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あったかシチューと龍神さま

(十七)

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 そのとき穂乃花の背後で音がした。振り返って、あ、と思う。龍神がいることを、すっかり忘れていた。

 忘れ去られて居心地が悪かったのか、今にも飛び立ちそうな龍神に、「あ、待って」と慌てる。さすがにこのまま帰らせるのは申し訳ない。それに、せっかくならという考えがあった。

「龍神さま、送ってくれてありがとう。一緒に、ご飯食べていきません?」

 龍神は不思議そうに止まって、顔を穂乃花に向ける。

「ほら、お供え物だと冷えちゃうでしょ。どうせなら、あったかいご飯食べて行ったらどうですか? 今日寒いし」

 ずっと冷めたご飯ばかりで、申し訳ないと思っていたのだ。しばらく、間があった。龍神は伸ばしかけた身体をするする縮めて、ぽんっと人の姿になる。何度見ても美麗な人間バージョンだ。ご馳走になるということだろう。そうこなくては。

「じゃあ三人分作らなきゃですね。雪斗さん、そういうわけなのでご飯はいつもより多めに――雪斗さん? 雪斗さーん? おーい!」

 雪斗が固まっていた。その目は見開かれて――、龍神を視ているような気がした。穂乃花は雪斗と龍神を見比べる。

「雪斗さん、もしかして、視えてます?」

 雪斗はゆっくり瞬きを繰り返した。

「……急に、きれいな男の人が」
「あ、それ! 龍神さま人間バージョンですよ。雪斗さんにも視えるんだ!」

 穂乃花はすごい、と手を叩いた。自分の姿を、ふつうの人に視せる隣人なんてはじめてだ。さすがは神。規格外。

「よかったですね、雪斗さん!」

 日ごろから隣人の姿を見たいと言っていた雪斗だから、きっと喜ぶだろう。穂乃花もはじめて本当の意味で雪斗と世界が共有できて、顔がほころんだ。だが、意外にも雪斗の反応は平坦だった。

「穂乃花さん」

 固い声で雪斗が言う。

「はい?」
「龍神さまに、誘拐されたんだよね」
「え? ああ、まあ……、そうですね」

 雪斗は「そう」と龍神に近づいていく。それを後ろから眺めていた穂乃花は次の瞬間、ごんっ、と鈍い音に目を見開いた。頭突きしていた。雪斗が、龍神に。龍神が頭を押さえて、ふらーっと倒れそうになる。

「勝手に穂乃花さんを連れ出すの、やめてください。穂乃花さんは風邪引いているんだし、無茶させないで。俺もめちゃくちゃ心配したし」

 棘のある声だった。

「いいですね」

 ぴりりと肌を刺す気配で念を押された龍神は、やがて、ゆっくり頷いた。

「……よし、ご飯作ろうか。龍神さまも、食べて行くんでしょ? 寒いから、ふたりとも早く中に入りなよ」

 雪斗はにこりと、玄関に消えていく。
 残された穂乃花と龍神は目を見合わせた。

「なんか、ごめんなさい。龍神さまは私のこと助けてくれたんだよ、って言えばよかったですね。ああ、でも雪斗さんもっと心配しそうだし……、ほんと、ごめんなさい」

 龍神は頭を抑えて、気にするな、と目で訴えた。
 今度のお供え物は、めちゃくちゃ豪華にしよう。
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